52話 「推考、そのに」
これからどこまで続けられるか分かりませんが、火曜日にも投稿していきたいと思います。
「この花が睡眠薬の……麗音、知ってた?」
「……イヤ」
驚いてふるふると頭を横に振る麗音に、ルカは「だろうな」と溜息をつく。
「これに催眠効果があることが発見されたのは最近だ。根までの丸ごと一本をすり潰すと強く甘い香りを発し、それを嗅いだ人間を気絶させる、らしい。この花を栽培するのは難しく、自生しているものも少ないそうだ」
「それがどうして?」
「発見した奴が研究所を辞め、裏の方に寝返ったんだ。買収されたか、軟禁されているのか……。詳しいことは知らんが、ほぼそいつしか人工的に栽培させることができないみたいで、そいつを有する組織が薬をばら撒いている」
俺はふとカップに頭を突っ込んでいる麗音を横目で見やる。そしてちらりとコンラッドに視線を移せば、まだぐっすりと寝こけていて。麗音は一体どうやってコンラッドを眠らせたんだろう。
それから、エレンは薬を嗅がされて攫われたんだろうけど、副作用とか大丈夫なのかな。
俺が悶々としていると、ルカは険しい顔でアイスティーを喉に流し込み、濡れた口元を拭って窓を睨み付けた。
「とりあえずまぁ、エレンが売られるのは今夜じゃねぇだろうから、安心しろ」
「根拠ハ?」
「一番は馬車の音が聞こえないことだな」
どういうこと?
一緒に首を傾げた俺と麗音に、ガシガシと後頭部を掻き回したルカが少し口籠る。
「防犯対策だから、あんまり人に言うのはアレなんだが……」
ちらとドアの方を見て溜息をつくと、ギリギリ俺たちに聞こえるぐらいに声の大きさを絞った。多分廊下に執事さんたちが張り付いているのだろう。ルカも大変だな、と僅かに同情する。
「オレはこの家の正統な跡継ぎではあるんだが、当然、まだ当主じゃない。言うなれば半人前なわけだ。そんなオレ一人に本家並みに人を付けるわけにもいかねぇんだよ。だから――確かにお前がさっき脅した奴も防犯対策の一環だが――別荘自体にも細工がしてある」
「だから脅したのはごめんなさいって……細工?」
「あぁ、廊下の絨毯が薄いのには気付いてたか? あれは忍び込んだ奴にすぐ気が付けるように、わざと廊下に足音が反響するように作られているんだ。それ以外にも仕掛け一つで玄関ホールのシャンデリアが落ちたり、ダミーの本棚の後ろにスペースがあったりな。そして、」
中身が無くなった陶器のシロップを手早く何枚かの紙に包んで、壁に向かって放り投げた。ぶつかったピッチャーはコン、と軽い音を立て、床に転がる。
「こんな感じで、外壁の内側は空洞になっている。どんなに静かに馬車を動かしたとしても、外の音は筒抜けってわけだ。……まぁ、若干睡眠妨害にはなるが」
「なるほど」
忍者屋敷みたいだ。カップの中身を飲み干しながら感心する。麗音がばびゅんと転がったピッチャーの元へ飛んでいき、ふわりとそれを浮かせ始めた。コツン、コツン、と何度も壁に当たる音がする。
「ちょっと麗音! 壁傷つけるなよ!?」
「別に穴開けなきゃどんなにぶつけてもいいぞ。……で、ここからが本題」
自由な麗音とそれに焦る俺を見てほんの少し苦笑したルカが、顔を引き締めた。俺も真剣にその赤い目を見つめ返す。
「お前、顧客はこの街の貴族、ってのは知ってたっけか」
「あぁ、うん。コンラッドがそんなこと言ってたっけ」
「貴族という生き物は平民相手にはとことん足元を見る人間だ。多分一対一で売買してもきっと、売人にとってそんなに得にはならねぇと思う」
とぽぽぽ、と空になった自身のコップにピッチャーを傾けながらルカはゆっくりと言葉を選ぶ。壁を鳴らすのに飽きた麗音がふよふよと近づいてきて、俺の頭の上にのしかかった。
「だからきっと、いっぺんに複数人を相手にして、売りつけるはずだ。いい商品ならそれをどうしても手に入れたい奴同士が競い合ううちに、値段が吊り上がっていく。……あいつら余分な金ならいくらでもあるからな」
自分を棚に上げた貴族が心底忌々しいと言ったように顔を歪める。同じ貴族なのに「あいつら」って言ったり、蔑むような目をしたり……よく分からないが、家の格の違いってやつなのだろうか。
「じゃあやっぱり、でかい劇場か何かに仮面付けた貴族がわらわら集まるの?」
「オマエは人身売買にどんなイメージ持ってんだヨ」
馬鹿にしたような声音と共に、ベシリと後頭部を麗音の尻尾で叩かれる。
それを綺麗にスルーしてカップを持ったルカが、斜め上あたりの宙を見上げて、もう片方の手を口元に当てた。
「劇場とまでは行かねぇだろうが……そうだな、候補はオレがいくつか挙げといてやる」
「えっいいの?」
「あぁ。現場は早いうちに特定しておいたほうがいいだろうし……」
「オマエやるナ!!!」
「うわっ!」
ぴょん、と俺の頭からルカの頭に飛び移った麗音が、小麦色の長髪をわしわしと撫でまわす。あっという間にさらりとしていた細い髪の毛は逆立ち、ぐしゃぐしゃになってしまった。
「バカ! 何やってんだ!」
捕まえようと伸ばした手はひらりと避けられ、顔面に尻尾ビンタを喰らう。
蹲る俺を引っ張り上げたルカの目には諦めの色が浮かんでいて、凄く罪悪感が湧いた。
「ごめん……麗音がごめん……」
「……別にいい。だがそろそろ離れろ」
面倒臭げにパッパッと頭の上を手で払ったルカは俺の頭に麗音が戻ったのを見て、深く息をついた。……本当にごめんなさい。
それから暫くぼさぼさになった頭を手櫛で整えていたルカだったが、顔を引き攣らせて麗音を叱る俺をふと振り返る。
「あー……だから、今日はもう寝ろ。寝不足になったんじゃ見つかるもんも見つかんねぇよ」
「え、泊めてくれるの?」
「……逆に帰るつもりだったのか? 未だに起きねぇコンラッド連れて?」
「……いや、さすがにもう外の予約してた宿には行けないから、それは麗音に取り消してもらったけど……」
「じゃあ別にいいだろ」
まごつく俺にけろりと言い放ったルカは、壁際に落ちたままになっているピッチャーを拾い上げた。
べたべたと手に付くシロップに顔を顰めてから、背後の扉に向かって顎をしゃくってみせる。
「客室にはそこの扉に張り付いている奴に案内してもらえ」
「あ、えっと、コンラッド……」
おそるおそるコンラッドに視線を移すも、規則正しい寝息は乱れることなくぐっすりと眠り込んでいて。流石にちょっと一息ついたとは言え、一人で運ぶのはキツいぞ。
また手伝ってもらおうとちらりと麗音を見ると、思いっきりしかめっ面をされた。
「モウ起こすカ?」
「自分でかけといて面倒臭くなるなよ」
「ああいや、コンラッドはこっちで運んどくぞ」
ぴしりとオレと麗音の動きが止まった。ギギギ……とぎこちなく振り返ると、ルカが「何だよ」と眉をひそめる。
「一部屋に一人分のベッドしかねぇからもう一つ部屋を用意する必要があんだよ。ついでにその部屋に寝かせといてやる。……あ、でも弓とかはお前らが持ってってくれな」
「…………いいの?」
「言っただろ、お前らには動いてもらわねぇと困んの」
呆れたように溜息をついたルカが神様に見える。ほんと、重ね重ね感謝。もう二度とルカに足向けて寝られないです。
極度の緊張状態から脱し、人の優しさに触れると何だか涙腺も弱くなるようで。涙は出ないまでも、ぐず、と鼻が鳴った。
「ありがどう……」
「おいバカ、感極まるな。礼を言われるのはまだ早ぇっての。――――それと、レーネ」
「ンァ?」
「お前コンラッドと寝てやれ」
「ハァァァア???」
麗音が凄い顔になった。
情けなくも目頭を熱くしていた俺でさえ真顔になるくらいに凄い顔をしている。
麗音がコンラッドを何故か苦手に思っているのは知ってるけど……今ならこいつ開眼するんじゃないか。
「……ナンデ?」
「何でも何も、起きたら見知らぬところに居たなんて普通に怖ぇだろ。それで別荘壊されたりしたらこっちが堪んねぇよ」
「……フースケがいるダロ」
「ベッドは一部屋一つって言ったよな?」
「~~~~ッ!!」
バタン!と騒音がして部屋の扉が突然開いた。寄りかかってた物を失い幾人かの男の人がドサドサと部屋の中に倒れ込んでくる。
「オマエやっぱヤなヤツダナ!!!」
「れいっ、! ……っとと」
「待ッ……」
捨て台詞を吐いて部屋を出て行く麗音を呼び止めようと口を開くが、他の人には見えていなかったんだ、と思い直し黙り込む。それに同時に気が付いたルカもハッとして口を押さえると、目を細め周囲をぐるりと見渡して声を張り上げた。
「お前ら! フースケを下の階の左端の客室に案内しろ! そして、こっちの寝てる奴はその隣の部屋に運んでやってくれ!」
分かりやすくハッキリと大きな声で出された指示に別荘の人たちは首を傾げる。
そして、壁の向こうからはとっくに見えなくなった麗音の大きな舌打ちが聞こえてきた。




