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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
2.二律背反
51/76

51話 「推考、そのいち」

「アーリックさんが、黒幕? でも、なんで……」


「何で、ってのは本人じゃなきゃ分かんねぇだろ。知りたければとっ捕まえて聞いてみるんだな」


混乱する俺のカップにアイスティーの入った瓶を傾けながら、ルカはやや乱暴に言葉を紡ぐ。そしてペンの背でこめかみをコツコツと叩くと、俺の肩周辺で漂っている麗音に問いかけた。


「にしても、牧師あいつに何の用があったんだ? 路地裏での動きを見た限り、コンラッドがそう簡単にエレンを連れて行かせるとは思えないんだが」


話を振られた麗音が「ンア?」と間抜けな声を出してテーブルに着地する。


「赤毛娘とソイツの生まれたムラにいた先生ダソウダ」


「……あー、そりゃ……コンラッド(こいつ)も辛いな」


しれっとした麗音に対し、ルカが背後で眠るコンラッドに視線をやって目を伏せた。

そうなんだよな、昼にアーリックさんは苦手、みたいなことは言ってたけど……。


「あんなに強いコンラッドでもやっぱり人間だし……昔から知ってる人を百パー信用しないようにするっていうのは、難しいよね」


「フン、甘っちょろいダケダ」


ギロリとコンラッドを睨む麗音に苦笑して、カップに口を付ける。麗音から言わせればそうなのかもしれないけど……。でも人間ってのはやっぱりそう簡単に情を捨てられないもんなんだよ。多分。

そんなことを思いながら麗音が紅茶にどばどばシロップを入れるのを眺めていると、何やら思案していたルカがゆっくりと口を開いた。


「お前、思ったより落ち着いているな」


「……そう、かな」


「玄関で見たお前は顔面蒼白でガタガタ震えていて、もう今日はこのまま休ませた方がいいか迷ったくらいだが……今はそうでもない」


「マ、フースケにはシッカリしてもらわないと困るカラナ」


「……だが、」


ルカがムンと何故か胸を張る麗音を押し退けて、心の内までも見透かすような目で俺を見つめる。部屋の照明に赤い瞳がギラリと浮かび上がり俺は居心地悪く背筋を伸ばした。部屋の温度がスゥ、と低下したような心地がする。


「お前には今無理して使い物にならなくなられても困るんだよ」


「そんな……大丈夫だって、ちゃんと動ける」


「…………」


「あの、明日さ、コンラッドが起きるまでに色々知っておきたいんだ。俺こっち来たばっかだし、貴族とか、牧師とか、全然分かんないし。二人にずっと頼りっぱなしだったから……。

家にまで押しかけて、迷惑かけてるのは分かってるけど、ごめん。もうちょっと手伝ってくれないかな。俺バカだから一人じゃ行き詰っちゃって」


へら、と笑う俺にルカが大きく嘆息して「悪かった」と呟く。それを皮切りにピンと張り詰めていた緊張の糸が断ち切れたようで、俺は強張っていた身体の力を抜くとアイスティーで喉を潤した。


「……オレは貴族だ」


「え?」


「だから、思ったように動けねぇ」


ぽつりと落とされた言葉におずおずと顔を上げる。ルカは激情を押し戻すように息を吐いてギリギリと拳を握った。


「それは知ってる、けど……」


「こんな状況になってお前らが大変なのは分かっているが……改めてこの件をよろしく頼みたい。オレももちろん協力は惜しまないから」


ルカの真摯な眼差しに、過剰に積もっていた焦りや緊張がちょっとずつ解かされていくように感じる。一人と一匹じゃなくなったからかな。

麗音と目配せをしてから、ルカの目をしっかりと見つめ返し頷いた。


「うん、任せて」


「仕事だカラナ」


ツン、と麗音がそっぽを向いて言う。それが昼間のコンラッドと同じことを言っていて、ルカとほんの少し笑い合った。





「その他に気付いたことは無かったか?」


「……他に……?」


少し間を置いて。

再び手帳を手にしたルカがペン先をインクに浸しながら訊いてくる。記憶力にあまり自身の無い俺はギクリ、として咄嗟に俯いた。教会……大きな音がして、コンラッドが駆けだして、その後に続いて行った先に見たもの。……他に、何があったっけ。

皺を寄せ過ぎて痛い眉間を揉み解しながら、必死に頭を絞る。


「えーっと、ステンドグラスが割れていたのはさっき言っただろ……それから、祭壇が割れてて、像が傾いてた……?」


「祭壇……」


「そう、そうだった。木製だったみたいで、割れたところから木材の断面が見えてた」


祭壇か、とまた小さく呟いたルカに、首を縦に振る。答える気が全くないらしい麗音は、ピッチャーの中のミルクを全て注ぎきって、さっきからカチャカチャとかき混ぜていた。


「それは、刃物で裁断したような?」


「いや、何か鉄パイプっぽい……じゃない、鈍器みたいなので打ち割ったような……。こう、バキッて凹んでて、」


「へえ、鈍器か」


「……何か分かったの?」


「まだ何とも。他には?」


他……他に……。教会の有様はこれで粗方話し終えたはずだ。それ以外となると……。


「……アーリックさんが、犯人なんだよね」


「断言はできねぇが、その可能性は限りなく高いと思う」


「……そっか」


その言葉を受けて、今度はアーリックさんについて思い返してみる。

栗色の髪。黄土色の瞳。銀フレームのシンプルな眼鏡を掛けていて、服は白一色。長身のコンラッドより背が高い。牧師。エレン達の村の先生だった。エレンの初恋の人で、コンラッドが苦手としている。ふかふかの白いパンを貰った。

それから、柔軟剤のような、芳香剤のような花の匂いがして……。


「あっ」


「ん?」


「昼会ったとき、アーリックさんから花の匂いがしたんだ」


「花?」


腕組みをして聞いていたルカの瞳が、鋭くキラリと光った。「どんな?」と俺に訊きながら、席を立って壁際の本棚に並ぶ分厚い本の背表紙を指で辿る。


「人工的っていうのかな。甘いんだけど、鼻にツンってくるような匂い。牧師さんがそんな匂いをさせてるなんて意外だったから、よく覚えてる。……そういや確か、さっき教会入ったときも同じ匂いがしたような……だよね?」


クソ甘いであろう紅茶をズズズと啜っていた麗音に同意を求めると、麗音はおざなりに頷いた。むぎゅっと顔を顰める。


「アァ、アレはキツかったナ。ハナが曲がるかと思ったゾ」


「鼻……?」


鼻、あるのか。麗音をまじまじと見つめても、それらしきものは見つからない。至近距離で目を凝らしたり引っ張ったりしているうちに思いっきり頭突きを繰り出され、俺はソファーに撃沈した。


「……何やってんだお前ら」


一冊の本を抜き出して来たルカが呆れた声を出してソファーに座り直す。そしてその本をテーブルに広げるのに、俺も慌てて身を起こした。本は新書のようで真新しい糊と紙の匂いがするのに、既に開き癖がついている。


ルカは速いペースでその本をぺらぺらと捲っていったが、あるページで手を止めた。こっちに見えるようにテーブルの真ん中に滑らせてくれる。

ページには一本の植物が根から白い花の先まで描かれていたが、その白い花弁には黒い斑点がぽつりぽつりと付き、葉脈も赤くてどこか毒々しく見えた。


「この花は、シツシンソウという」


「シツシンソウ?」


「睡眠薬の素になる花だ」


「……っ!」


ルカの一言で沈黙が落ちた室内に、俺がハッと息を呑み込む音だけが響いた。

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