05話 「小屋? いいえ、屋敷です」
森の中を歩いて三十分。
辿り着いた小屋は小屋じゃなかった。
例えるなら、そうだな、修学旅行で見た北海道にあるスキー場のロッジに近いと思う。それの完全木造バージョン。
「……本当にここ?」
「フースケいい加減しつこいゾ。ここだって言ってんダロ」
見上げる程に大きな建物は、掘立て小屋なんて表現するには勿体ないくらい立派で。
俺はまさに「開いた口が塞がらない」状態だ。
建物の周りを一周してみると裏には小さな川が流れていて、水車まである。
中世ヨーロッパに近いって聞いてたけど、電気が通っているのか。
驚いて目を見張るが、すぐに思い当たって首を振った。
……これはきっとじいちゃんの改造だろう。
たくさんある、これまた大きな窓から中を覗くと――埃が少し溜まっているのを除けば――生活感溢れる素敵な住処であることがわかる。
ザ・日本人が憧れる洋風な暮らしっぽい。
すごく偏見だけどスイスあたりの雰囲気。
うわあ、テーブルクロスが赤のギンガムチェックだ。おっしゃれー。
「いいからさっさと中に入レ。イロイロ説明しなきゃなんだからナ」
「わ、分かった」
頷いて屋敷の正面にまわると、玄関の扉は両手開きだった。
*****
「オマエの先祖もモチロン日本人だからナ。向こうとそう変わらない生活はできるゾ」
ふよふよ浮かぶ麗音に先導されて、広い屋敷内を見て回る。
・風呂(大浴場と言っていい程でかかった)
・キッチン(もはや厨房だ)
・ダイニング(テレビでよく見る金持ちの家のでかいテーブルではなく、椅子と椅子の距離が近くて好印象。でかいけど)
・俺の部屋(でっかいテーブルがあった。クローゼットもベッドもでかかった)
・空き部屋(少なくとも十部屋はあった)
・武器、食糧、資材それぞれが沢山詰まった地下倉庫(一つ一つがでかい)
・床にでっかい魔方陣のようなものが描かれた部屋(術部屋、なんて呼ばれてるらしい)
……エトセトラ、エトセトラ。
俺ここに来てから『でかい』しか言ってないんじゃないか、というくらい何もかもがでかい。
あとオシャレ。すごくオシャレ。
パーカーにジーンズなのが急に申し訳なくなってくる。
……我が家はどちらかと言えば和風寄りだったため、全てが新鮮で年甲斐もなくはしゃいでしまった。
麗音がすごい目でこっちを見ているけど気にしない。
とりあえず、一旦落ち着いてコーヒーを淹れた。
馬鹿でかいテーブルの真ん中に麗音と向き合うように座って、強請られるまま大量に砂糖とミルクを入れてやる。
今まで本人も気付いていなかったみたいだが、どうやら麗音は甘党らしい。
「そういえば、なんでこの屋敷はどこもかしこもこんなにでかいの?」
「ココがフースケの仲間たちの拠点になるからダ。言ってなかったカ?」
「聞いてない」
そういやじいちゃんも『向こうで仲間を作ってウンタラカンタラ』とか言ってた気がする。
いやでも純粋な疑問なんだけど、そもそも仲間ってどうやって作るんだろう。
道端の人にいきなり『仲間になってください!』なんて言うわけにもいかないよな。
「マァ、仲間なんてスグできるゾ」
「……なんでそう言い切れるんだよ」
「ヒトには縁ってものがあるからナ」
「縁?」
首を傾げると麗音が前後に何度か揺れた。多分頷いたんだろうが一頭身なせいでヘッドバンキングにしか見えない。
「ウム、平たく言うと運命ってトコダナ。縁ってのは必ず誰かと知らないうちに結ばれてるものダ。急がなくてもフースケはフースケのペースでやればそのうち見つかるダロ」
「じいちゃんも同じようなこと言ってたけど……、ほんとにそうなのかな」
「そーだゾ」
「……そっか」
ありがと麗音。俺、これから頑張るからな。
グッと一度拳を握りしめてからまだ熱いコーヒーを啜る俺に、麗音は照れたようにそっぽを向いた。
「――――ところで麗音ってどうやってコーヒー飲むの? 俺カップ持とうか?」
「バカにするなヨ! 一人で飲めるに決まってんダロ!!」
「馬鹿にしてるんじゃないってば。その小さい手じゃ人間用のマグカップなんて持てないでしょ?」
ほら、と伸ばす手のひらは尻尾――未だに尻尾でいいのかよく分からない――でぺしんと叩き落とされる。
「いいカ! 見てろヨ!!」
鼻息荒く俺に指を突きつけた(正確には手だが)麗音は勢いよく目を見開いた。
ぴかり。麗音の楕円型の目があの白い光で満たされる。
残念だが光のせいで、どんな瞳をしているのかは分からない。
間髪入れず、ふわりと焦げ茶色のコーヒーごとマグカップが浮き上がった。
水面はテーブルに置かれていた時のまま、少しも波立っていない。
「えええ何これ! すごい!」
「ダロ?」
ふふんと得意げに笑った麗音はそのままコーヒーを飲み干す。
俺も持ち上げて! と頼んでみたが、どうやら小さいものじゃないと力の消費が激しいらしく速攻で拒否された。
******
俺もコーヒーを飲み干して、食料庫にあった野菜とパンで簡単なサンドイッチを作った。
俺は十分とかからず食べ終えたが、麗音は口が小さいためか食べるのが遅い。
もごもごと口を懸命に動かしていた麗音がようやく食べ終えて、後片付けを済ませる。
二杯目のコーヒーを淹れ終えた頃には、一杯目を飲んでから約二時間が経過していた。
「ンンと、フースケにはコッチの世界の説明をしなきゃだナ。最低限はフーゴから聞いてると思うケド」
俺がせかせかと働いていた間、ふわふわ宙を漂っていた麗音はマグカップの前に腰|(?)を落ち着けた。
たしんたしんと短冊尻尾が木のテーブルを一定のリズムで打ち付けて、「何から話すカナ」なんて思案している。
また長時間話を聞くことになるのかなあ。
だが、これもこっちの世界で仕事をこなすためだ。
俺も精一杯聞き逃さないように、ちゃんと覚えられるように、眉間に力を入れる。
「まず、コノ世界はダダっ広い大陸ダ。マダ世界の果ては分かってナイくらいのナ。
そのデカイ大陸の多分真ん中あたりニ、六つの国はひとかたまりにナって存在してル。
かたまりの外側は危険な魔物トカ血の気の多い原住民モドキがワサワサと住んでテ、領土を拡大しようにもソウ簡単にはいかないんダ。いわゆる未開の地ってやつダナ」
ココまでは分かったカ? と頭を傾げる麗音に「なんとか」と返すと、何度か頷かれる。
「ウム。次はざっと国を説明するゾ。
一つ目は永世中立国のアールベロ。住んでる人は物静かで、小さな国で穏やかに暮らしてるゾ。ところがどっこい、周りの国の侵攻を退けてるダケあって強かさはナンバーワン、ダ。
二つ目は一番デカイ国、スオーロ。王の権力が隅々マデ行き渡ってなくて、貧乏な国ダ。賃金は低いシ、治安も悪いカラ余程のコトが無い限り近づかないのが賢明ダナ。
三つ目、それと四つ目はロヴェーショとエルツィオーネ。この二国はスッゴク仲が悪くて、関わり合うと面倒ダゾ。よく似てイル癖に仲が悪いってコトは同族嫌悪なのかもナ。
五つ目はサエッタ。自由気ままで何考えてるカ分からない国だナ。武器の製造に力を入れていテ、軍隊がメチャメチャ強いってコトしかよく知られていないゾ。
――――そして六つ目がココ、ヴェント。ココ数十年、フーゴの新しいモノ好きのせいで最先端技術が発達しまくったゾ。新地開拓にも一番力入れてるカナ」
ということは、この世界に「マレビト」は俺含めて六人いるんだな。
「……せっかく説明してくれて悪いんだけど、国名とか特徴とかなんとなくしか覚えられなかったや」
「オマエの部屋にある机の引き出しの中に地図が入ってイル。それ見て覚えロ」
「分かった」
長く話しすぎて疲れたのか、ぐびりぐびりとコーヒーを流し込んで喉を潤す。
毎度のことながら体内器官はどうなってるのだろう。
俺もゆっくりと話の内容を咀嚼しながら、少しぬるくなったコーヒーに口を付けた。
「次はヴェントについて詳しく説明するんだケド……」
珍しく口ごもる麗音に小首を傾げる。
麗音はたっぷり二分ほどうんうん唸っていたが、どうやら考えがまとまったらしい。
がばりと顔を上げるといつもの高飛車な態度でこう言い放った。
「フースケ! 街に出るゾ!」
…………はい?
5話にして全登場人物の四分の一を人外が占めているというこの状況……。