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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
2.二律背反
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49話 「烈々と眠る」

耳を劈く騒音に気圧されて俺は空を見上げたまま、コンラッドは麗音の頬に指を突き刺したまま、麗音も抵抗した姿勢のまま、俺たちの動きが止まる。

それを嘲笑うようにもう一つ続けてガシャン、と破壊音。バキッ、ガタガタ、ドシン。


凭れていた壁から伝わってくる振動に暫く唖然としていたが、コンラッドが一番初めに我に返った。ガバリと身を起こすと一目散に教会の中に飛び込んでいく。


「ちょっ、ちょっと待って!」


それを慌てて追いかけて開きっ放しの扉に手を付いた。身を乗り出すように教会内を覗いて、俺はハッと息を呑み込む。むわり、と生温く甘ったるい花の匂いがやけに鼻についた。


そこには変わり果てた景色が広がっていた。

何かに傷つけられ割れた木が剥き出しになった祭壇。緩く傾いた像。幾何学模様のステンドグラスには大きく穴が開いていて、外に散らばったガラスの欠片がきらきらと月明りで輝いている。二度鳴ったガシャン、と言う音は十中八九これが割られた時の音だろう。

そしてアーリックさんはというと、今にも外に出ようと全開にした窓に足を掛けていた。

嫌な予感にサッと顔の血の気が引いたのが自分でも分かる。

…………エレンは?


「……ネル……?」


俺の思考と同時に漏れたコンラッドの力無く掠れた声に、アーリックさんがこちらを振り向いた。その瞳に焦りの色が浮かぶ。

しかしアーリックさんは一瞬でそれを取り繕うと、足を止めることなく地面に降り立って窓枠に手を添えた。


「……エレンさんが攫われた」


「!!」


「詳しいことはまた今度、僕は犯人を追いかけるよ。君たちは気を付けて帰ってね。送ってあげられなくてごめん、おやすみ」


「待てッ」


「待つのはオマエダ」


言うだけ言って窓をぴしゃりと閉め、去って行ったアーリックさんにコンラッドは手を伸ばす。その手を麗音の小さな手が掴んだ。

ギッと射殺されそうなほど強く睨まれるのを受け流して、麗音は俺に向かって声を張り上げる。


「フースケ、火! 明かりを点けロ!」


「わ、分かった」


頷いてぐるりと教会内を見渡すが、壁に埋め込まれた燭台は高く、量も多い。マッチだと時間がかかりすぎるし本数が足りるか分からない。


…………初めて使うから自信ないんだけど……でも迷っている暇はないよな。

大急ぎでゴルフバッグから術書を取り出す。悠長にページが捲られるのなんて待っていられず、自ら『火球』のページを開いた。とにかく早くしないと。

俺の逸る気持ちを無理矢理押さえつけるようにゆっくりと陣が展開され、風が吹き上げた。焦っているからか、やけにのんびりとした動きに思えてくる。


「ネル、ネルが、」


「オイ!」


「ネルがいない……いない? ネルが一人でいると、いや、おれが、ネルがいないと、」


「落ち着ケ!!」


コンラッドの震えた声と麗音の大喝が耳を通り抜けて反響する。早く、早く。

ぐわり、とようやく陣が上がり切り、グローブに隠れた甲の印に収束された。腹の底から何かがこみ上げる様な感触は何とも言い難く、歯を食いしばって目を瞑る。

ああもう!


「お願いだから早く! 点け!」


痺れを切らし声を荒げたと同時にカッと右手に溜まっていた熱が散る。火を点けたとき独特のボッという音がして、球が教会の内壁を舐めるように旋回するのが伝わった。それは全ての蝋燭に火を点けたと同時に消え失せる。


やった、できた。ほっと息を吐くのと同時に膝が震えた。エネルギーを直接体内から吸い取られたかのように力が入らない。だけど。

明るくなったばかりで慣れない目を凝らしコンラッドと麗音を見やれば、丁度コンラッドが麗音の拘束を撥ね退けるところだった。

ブン、と空を切る音がして麗音が吹っ飛んでいく。


「っ離せ!」


「ガッ……」


「麗音!?」


点いたばかりの燭台の真下に麗音が叩きつけられた。ゴム毬のように小さく跳ねて床に落ちる。どさり、と小さな落下音まで聞こえてくるようだ。術の射出で温まったはずの身体が、再びじっとりと冷えていく。


「れっ、れい、」


「ヘーキダ! ソレよりアイツを止めロ!」


プルプルと頭を振り身を起こす麗音に駆け寄ろうとした足を止め、ふとコンラッドを振り返って……目を見開いた。

ゆらゆらと揺れるロウソクの火に短弓を振りかぶったコンラッドが照らされ、影を作る。俺が面食らって一瞬きするうちに、彼は一切の躊躇いもなく割れたステンドグラスに弓を力一杯振り下ろした。

耳を塞ぎたくなるような破壊音がオレンジ色の建物内に響き渡る。


「コンラッド! 何やって……!」


何度も何度も短弓を叩きつけているうちに、どんどんガラスに開いていた穴が広がっていく。終いには穴の周囲を蹴り割ってまで自分が難なく潜れるぐらいの形に整えると、コンラッドは教会の外に身を躍らせた。


「待てって!」


もう後れは取らない。俺もすぐさま穴をすり抜けると走り出そうとしたコンラッドの腕を両手で掴む。すぐにグイと力強く振りほどかれそうになるが、何とか取り縋って固く握りしめた。


「離せ」


「今追いかけたって相手もアーリックさんもどっちに行ったか分かんないだろ!」


「離せ」


「離さない! なぁ、絶対見つけるから! 取り戻すから! だからお願い今は待っ、ぐぁっ」


ガツン、と側頭部に弓が当たって目の前に火花が散る。よろけた足元がガラスを踏み潰して小気味いい音と共に光る跡を残した。それを見て思わず唇を噛み締める。

……一瞬引き倒して拘束してしまおうかと思ったけど、こんな場所でやったらコンラッドを傷つけるだけだ。逃がさないようにするにはこうやって捕まえておくしかない。

ぐわんぐわんと響く頭をそのままに、緩みかけた手に力を入れ直して全力で縋り付く。


「やみ、くもに探しまわっても、体力が削られる、だけだから!」


「離せ」


「また、あしたに、」


「っおまえまで! おまえまでおれ、の、……ぁ」


そこまで言って急に傾いたコンラッドの身体を慌てて支えた。重力に従う身体と一緒にそっと腕を下ろしていき、地面に膝を付かせる。ちゃんと長ズボンを履いているのでガラスが刺さる心配はしなくてもいいだろう。多分。

靴裏でガラスの破片を鳴らしながら俺も正面にしゃがみ込むと、麗音がふわりと目の前に姿を現した。


「フースケ、無事カ」


「麗音……麗音こそ大丈夫?」


何も言わず頷いた麗音がちらりと動かないコンラッドに視線を移す。


「寝てルナ」


「そうだ、麗音どうしよう、突然コンラッドが気を失って」


「アァ、眠らせタ」


「えっ……麗音がやったの?」


「ソウダ」


麗音は一度ガラスの破片が飛び散った地面を見下ろして、フゥ、と面倒臭そうに息をついた。驚いている俺の周りをくるりと一周してすっかり昇った月を仰ぐ。


「仕方ナイ、一時撤退ダナ。帰るゾ」


「うん」


「ホラ、立て」


「……ごめん麗音」


「ナンダ」


「た、立てない」


「ハァ?」


両腕だけで支えているコンラッドは物凄く重く、実はさっきからもう腕が限界だ。どうして意識が無い人間って重くなるんだろう。ましてやコンラッドなんて背丈と筋肉があるから尚更。

プルプルと震える腕の筋肉を抑え込み、何とか立ち上がろうと膝と腰に力を籠める。


そのとき、麗音の目がピカリと光り、腕に掛かっていた重圧が若干和らいだ。いきなり軽くなったコンラッドに思わずつんのめる。……え、あ、これ麗音のサイコキネシスか。

「何やってんダ!」と怒鳴った麗音に促され肩にコンラッドの腕を回すと、俺はその身体を半分背負うように立たせた。


「ありがとう」


「今日ダケだカラナ」


「うん。……麗音」


「ナンだ! マダナニかアルのカ!」


ぴかぴかと瞳を光らせっぱなしの麗音がジタバタと腕を振り回す。それに軽く謝りながら周囲を見渡せば、貴族街だけあって屋敷から豪勢な明かりが漏れ出しているのがところどころに見える。よかった、道は分かりそうだ。


「あの、宿の予約って、キャンセルしたりできるのかな」


「?」


「迷惑になっちゃうのは百も承知だけど、行きたいところがあるんだ」


その言葉に合点がいったのだろう、麗音は少し考えたのち「イイダロウ」と肯首して、道路をふよふよと渡っていく。

俺もそれを見て一度だけ教会を振り仰ぐと、ずり下がるコンラッドの身体を背負い直し、麗音の後を追ってゆっくりと歩き始めた。

滑り込みアウト。

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