47話 「棒をふるって月を打ち」
重々しく開かれた大きな玄関扉を潜るとシンプルなシャンデリアに迎えられる。それを横目に吹き抜けになっている玄関ホールを抜けて応接間へ向かっていると、歩くたびに廊下がカツカツと甲高く鳴るのが耳に衝いた。どんなに足をそうっと下ろしても音が出てしまう。
もっとお金持ちってふわふわの絨毯の上歩いてるイメージだったけど。
一人首を傾げていると、きょろきょろと周りを見渡していたエレンが口を開いた。
「国外から来てるくらいだからルカの生家って凄くお金持ちなんでしょ。だからもっと豪華絢爛な別荘だと思ってたんだけど、何というか、無駄なものが無いし住みやすそうなところだね」
「あぁ。オレはギラギラしてるのは好かねぇから」
「ふぅん、ルカって不思議な感じ」
「……よく言われる」
むすりと唇を尖らせながらルカは応接間に続く扉を押し開けた。
応接間には白いシンプルな壁際に本棚が並び、小さめのシャンデリアが天井からぶら下がっている。それと濃灰のふかふかな皮製ソファーに、白で縁取られているつやつやした黒のテーブル。
そこに座れ、と片側のソファーを指し示してルカが正面に座る。俺たちも大人しく腰を下ろすとどこからか執事がすかさず紅茶を人数分持ってきた。一緒に高そうなクッキーも用意される。
その紅茶を一口啜ってルカは溜息をついた。
「本当はこんな立場だって放り出したいぐらいなんだ」
「坊ちゃん!」
「うるせぇなあ」
目を眇めてクッキーを齧る主人に今度は執事が溜息をついて、こちらを振り向いた。
「失礼ながら御客人、お持ちになっている武具をお預かりさせていただきます」
「へ?」
「いくらルカ様が招待した御方と言えど、危害を加える可能性のある人間をみすみす見逃すことは出来かねますので」
それもそうか。頷いてゴルフバッグを下ろすと、隣にいたエレンがメイスを握りしめて執事の方を見据える。
「すみませんが、あたしたちもあなたたちを完全には信用できません。部屋の隅に置いておく、というのは駄目でしょうか?」
「……まあ、それなら」
渋々と頷く執事に小さく頭を下げてエレンは腰を上げようとする。それをコンラッドが遮ってメイスと自身の弓を持って立ち上がった。俺もそれに続いて部屋の壁にバズーカを立て掛ける。
……というか、こんな部屋の中じゃ弓は使えないから意味ないんじゃ、と思っていたらすかさず「短剣も置いてください」と注意され、苦々しい顔でコンラッドは太腿のベルトから鞘ごと短剣を抜いて弓の横に置いた。
そのウエストポーチにも武器が入っているのは知っているのだが、ルカが何も言わないので俺も黙っておく。
そうして席に戻ると、ルカがしっしっと虫でも払うかのように執事と後ろについていた何人かに片手を振った。
「お前ら邪魔だから出てろ。そんなに心配ならドアの外に張り付いてていいから」
「……では」
家従は戸惑いつつも主人の言いつけに従って部屋を出て行く。最後に俺たちに鋭い目線を向けた執事が出て扉を閉めると、俺とエレンの口から重い息が吐き出された。
「気を抜くナ」と麗音に尻尾で叩かれる。お前随分今まで静かだったな。ちろりと目配せをするとそれだけで何が言いたいのか伝わったらしく、「チョット考えチュウ」という返事が返ってきた。それならいいんだけど。
「あの、えっとね、さっき『こんな立場放り出したい』って言ってたけど……」
多分俺が記憶喪失になっているという設定をギリギリで守ろうとしてくれているのだろう、またエレンがルカに話しかける。コンラッドは話そうともしないし、俺はこっちのこと全く知らないから正直助かる。
ルカは紅茶のカップから口を離して顔を顰めた。
「別にそんな意味があるわけじゃねぇよ。ちょっと色々あって……いや今はどうでもいいことだ」
首を横に振ったルカが「今度はオレから聞いていいか」と紅茶のカップをソーサーに置く。
「まずお前らの名前と正体、それから……そこに、何がいるのか聞きたい」
ぎくり、と身体が強張る。そこ、とルカが視線を向けたのは丁度麗音がいる位置で。
何て言えばいいのかぐるぐると混乱する俺に麗音が大きな溜息を吐いた。
「ホラ、バレてタ」
「き、気付いてたのか!?」
「オマエが露骨に見てくるカラダロ」
「ごめんなさい……」
怪訝そうなルカが見られなくて思わず両手で顔を覆う。
それから、もう言い訳のしようがないのでエレン越しにコンラッドをおそるおそる窺えばチッと舌打ちをされた。本当にごめんなさい。
「……俺は風介で、こっちはエレンとコンラッド。ハンターギルドに所属している冒険者だよ。それで、えーと、これは絶対他の人に言わないでほしいんだけど」
「あぁ」
「……ルカは、『マレビト』って、知ってる?」
「こことは異なる世界から来た不思議な力を使う人間だろ、ロヴェーショにもいる。……ってことはお前、マレビトなのか」
こくりと頷くと、なるほどな、とルカは脱力してクッキーを一つ口に含んだ。さく、と軽い音が響く。
「それじゃ、そこにいるのは」
「俺をこっちの世界に連れて来た生き物?みたいな。麗音って言うんだ」
「なっ!?」
ルカにも麗音が見えるようになったのだろう、跳ねるようにルカが立ち上がる。まん丸く見開かれた目にエレンが「分かる分かる」と頷いて紅茶を啜った。コンラッドは何も言わないが諦めたようにクッキーを貪っている。
ひらひらと宙を舞った麗音が「ヨッ」と軽く片手を挙げた。
「何だその珍妙な生物は!」
「『チンミョウな生物』じゃナイ! レーネという立派な名がアルんだゾ!!」
「れ、レーネ……」
「オウヨ」
ルカが声を張り上げたせいで扉から慌てたとようなノック音が聞こえたが、それにルカは「何でもない」と震えた声で返しストンとソファーに座り直す。
「マレビトってすげぇな……まさかロヴェーショのマレビトより先にヴェントのマレビトに会うとは思わなかったが……」
「俺もこっちに来て初めて正体を明かすのがロヴェーショの人だとは思ってなかったよ」
マーカスさんは初めから見えていたから別として。
それから、暫く全員無言で喉を潤しクッキーを口にした。
「……そうだ、そう、連続誘拐事件だが」
そうだった。漸く入る本題に居住まいを正す。
麗音もクッキーを食みつつ俺の肩に腰を落ち着けた。ぼろぼろと零れる欠片が俺のベストを汚すが、それを気にしていてもキリがない。
そのうちにルカが一冊の大きなカバー付きの本を本棚から抜き取りテーブルの上に載せた。
カバーを外すと中がくり抜かれていて、走り書きの資料が詰まっている。
それらを取り出し、ルカはまず地図を広げた。どうやらハリ周辺の地図のようだ。ところどころに赤い印が付いている。
「赤い印は誘拐された奴らの住居だ」
「うーん、ハリの外に住んでる人ばかり狙われているのかな」
「だろう。そして被害者の共通点はハリに来ていた、ということ」
「つまり、この街に敵の本拠がある?」
「おそらく」
ごくりと生唾を飲み込む俺とエレン、口元に手を当てて目を細めるコンラッド、クッキーをやっと食べ終えた麗音を順々に見て、ルカは資料の束を捲った。
「だが、これだけの人が攫われているのに何故表沙汰にならないのか。……オレは犯人が複数なのは当然として、さらに睡眠薬を使って人攫いをしているのだと考えている」
「睡眠薬?」
「悲鳴が一つも上がっていないんだ。この静かな貴族共の街は夜なら尚更声もよく通るだろう。しかし翌日に仲間が被害者を探しに来ても、ほんの少しの違和感を持った人間すらいない。……かく言うオレも何度か夜に外を歩いているが、一度も聞こえたことがなくてな。次の日になってまた一人攫われたのだと知る」
「ルカはどうして誰かが攫われたって分かるの?」
「さっきいたような裏路地を見て回ると、たまに幾人かがしきりに辺りを見渡して何かを探している様子を見かけることがある。初めは何をしているか分からなかったが、調べていくうちにあれは攫われた奴を探していたのだと、」
そこでルカの言葉が詰まる。ギリ、と奥歯を噛み締めるのが分かった。
俺はその痛ましさに眉を下げるが、それを全く意に介さずコンラッドがぼそりと呟く。
「事件現場は」
「っあぁ、そこまでは、まだ……だが」
「ダガ?」
急かすような声を上げた麗音に、まだ慣れないらしくびくりと肩を揺らしたルカは小さく咳払いをして、顔を上げた。
「分かっている内では攫われたのは十を一つの子供から十を二つ少し越えたぐらいの大人まで。それから……男女問わず見目の良い人間ばかりだったという」
「……それじゃ、人身売買は確定、でいいのかな」
「だろうな。……同じ立場として情けなく思う。できればオレの手で息の根を止めたいところなんだが、あいつらが煩くてな。情報ですらこんな少ない量しか集められない」
あいつら、で扉に目をやったルカは悔し気に唇を噛み締めると、こちらに向き直ってじっと赤い瞳で俺たちを射抜く。その気迫に思わず背筋が伸びた。
「だから、よろしく頼む」
「言われなくても精一杯頑張るよ!」
「もちろん!」
「仕事だ」
ルカがほっとしたように少し笑みを浮かべる。
意気込む俺とエレン、ティーカップに手を伸ばすコンラッドを見て、麗音は「オマエらチョットは合わせロヨ」と呆れた声で吐き捨てた。
……悪いけど麗音、お前にだけは言われたくない。




