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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
2.二律背反
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46話 「またしても」

ルカ、と名乗った青年は心底困ったというように溜息をつく。


「オレとしてはそこの伸びてる不甲斐無い奴らを今すぐ返してほしいんだが……そのためにはまずオレが信用されないと駄目だよな」


やれやれと肩を竦めるルカは何から話すべきか迷っているようだった。

そりゃあ、お貴族様だから何でもかんでもペラペラとむやみに話してはいけないものなのだろう。

ガリガリと後頭部を掻いて言葉を探しているルカを見て、俺の肩に乗っていた麗音は身を乗り出した。


「フースケ、生家を聞ケ」


「……ルカ、さんはどこの家の人なんですか?」


麗音の言葉に頷き尋ねた途端、ルカの両端にいた黒服がルカを隠すように前に出てきたのに慌てて両手を胸の前で振り言い訳をする。


「ちがっ、違うんです! 俺は家とか全く知らないんですけど、でも、えーっと、貴族様って自分の家に誇りとかがあるから生家に関する嘘はつかないー、みたいな偏見があって!」


麗音が何故生家を聞けって言ったのか全くその真意が分からないなりに必死に捲し立てた。

いつもなら援護をしてくれるだろうエレンは倒れ伏している男たちを注視していて、こちらの会話に入ってくる気配はない。コンラッドは未だパチンコを下ろしてすらいない。


……麗音! 助けて麗音!

俺が狼狽しているのは十二分に伝わっているだろうに、ルカを食い付くように見つめて動かない麗音にやきもきする。

そんな俺の様子に気付いているのかいないのか、ルカは「ふぅん」と呟くと毅然として口を開いた。


「ロヴェーショだ」


「坊ちゃん!」


両脇の男が窘めるのを右手を振るだけで黙らせる。その目は俺を見据えたままだ。


「オレの本家はロヴェーショにある。ここには友人に会いに来ていて、今はこの街にある別荘に滞在中。場所も言った方がいいか? ここから三本先の角を曲がって二軒目だ。他の家より小さめだからすぐに分かるはずだ」


ロヴェーショって言うと……エルツィオーネと仲が悪くて似た者同士な国だっけ? そうとしか教えてもらってなかった気がする。

ちらりと麗音を見るとルカをじっと見つめたまま、もぞりと身じろぎをした。


「ドウしてココにいたのカ」


「……何で、そんな人がここに」


「調査だ」


調査?

首を傾げれば、浅く頷いたルカの視線が何かをなぞらえるように宙を彷徨う。


「この街近辺で誘拐事件が多発している」


「!」


「オレにもやるべきことがあるから本当はこんなことしたくないんだが……友人そいつはそういうゴシップが大の好物でな。毎日毎日その話を聞くのもいい加減飽きたから、だったらオレが犯人を捕まえてやろうと思った。……で、この辺りをうろついていた奴らを怪しんだんだが」


それが俺たちだった、と。

俺が内心頷いていると、ルカはもう一度深く溜息をついて転がっている三人の男を見やる。


「お前らやりすぎ。オレは『逃がすな』とだけ言ったんだ。勝手に襲い掛かろうとして返り討ちにされるなんて無様にも程がある。罰として減俸」


「……坊ちゃん、貴方に四六時中振り回された上に減俸は流石に厳しすぎるかと。ただでさえ今の給料でも足りないぐらい働かされているのに」


「うるせぇ!」


右隣に立っていた男がルカを真顔で諭す。左隣の男もそれに同意するようにうんうんと頷いていて。ルカもさっきまでの落ち着きはどこへやら、ギャンと怒鳴る。目元がほんの少し赤くなっているのは、自分でも分かっていることを指摘されたバツの悪さからだろうか。

ぎゃあぎゃあと急に騒がしくなったルカたちから目を外し、二人の方を振り向いた。


「……エレン、コンラッド」


「うん、ちゃんと聞いてたよ。この人たち、解放しても良さそうだね」


「…………」


「それどころか味方かも」


嬉々として拘束を解いていくエレンを見て、コンラッドが渋い顔をして男から足を下ろす。

それを眺めながら俺はそっと麗音を窺った。


「麗音はどう思う?」


「……とりあえずオマエはモット気を配るコトダナ」


「……え?」


「イイんじゃナイカ? 一般庶民ヨリ得る情報は多そうダロ」


「麗音? さっきのどういうこと?」


俺が麗音を鷲掴もうとするのと同時に、わたわたと倒れていた男たちがルカに駆け寄る。

エレンもそれを追いかけるように俺の隣に立ち、再びメイスにぐるぐると布を巻きつけていた。更にその隣に並んだコンラッドもどうやらパチンコをウエストポーチに仕舞い込んだようだ。


「……ええっと、ルカ、さん」


「どうせただの愛称だ、ルカで構わない。あと畏まるのもやめろ。こちらは素性を隠していたにも関わらずあっさりとそれを看破した挙句、一丁前に貴族扱いされても不愉快だ」


「……そうなの?」


「『お友達になりたいから楽にしていいよ』ってことですよ」


「違う! オレはただオレよりも強い人間を傅かせて悦に浸る趣味は無ぇってだけだ!」


「そっちが素なの?」


「……」


思わずこぼれた俺の言葉にルカがグッと唇を噛み締めた。図星だな。

……なんだ、案外話しやすい人じゃないか。

ホッと胸を撫で下ろした俺の頬を「気を抜くナ、アホ」と麗音が尻尾で打つ。

いつものやりとりにエレンが苦笑して、一歩前に進み出た。


「あのね、実は私たちもその事件を追っかけてるの」


「……なに?」


「と言っても、今日この街に着いたんだけど……でも近いうちにケリはつけるつもり」


「どうやって」


「アジトを壊滅させて、かな!」


「はあ? んなことお前らにできるわけ……」


エレンの言葉を一蹴しようとしたルカは、急にムグと口を噤んだ。それからぐるりと周囲に立つ男たちを見回して半目になる。


「……できそうだな」


「でしょ!」


ふふん、と胸を張るエレンに脱力したルカが「それで」と今度は俺たちを見渡した。


「お前らについても聞きたい」


「え?」


「こいつらが急に襲い掛かろうとしたのは、その……悪かった。だが図らずもオレ達の目的は同じ。それなら、オレはお前らをできるだけ手助けしたいと思っている」


「坊ちゃん!!」


諌めるように叫ぶ男をそのままに、真摯に俺たちだけを見つめる赤い目は強い光を宿している。

多分、ルカは友達がうるさいから事件解決に乗り出したのではないと思う。本当に誘拐事件に心を痛めて、何とかしたいと思ったんじゃないかな。……何となく思っただけだから根拠は無いけど。


「坊ちゃん、相手は素性も分からない冒険者ですよ!? 今すぐにでも坊ちゃんを引き摺ってこの方達から離れたいぐらいなのです!!」


「大体メイス使いの女子(おなご)に遠距離万能野郎、それから変な光を放った小僧もいるじゃないですか!!!」


「あ゛――、ごちゃごちゃうるっせぇな。オレはそこそこ人を見る目があると思うんだけど?」


そうじゃなかったら、お前らなんて即刻クビだ。

ギロリと男たちを睨み付けるルカを前に、俺は必死に笑いを押し殺していた。

遠距離万能野郎。そのネーミングセンスはどうなんだ。いやきっとコンラッドが背負ってる物体を弓だと見破った上での発言なんだろうけど。堪えられずに小さく噴き出すと二つ隣から殺気が飛んできたので、何とか笑いの波を落ち着かせた。


「あー、その、分かった。俺たちについても話すよ」


「! 本当か」


「その代わりさ、場所変えない? ここだと落ち着いて話せないっていうか……」


ね、とエレンを窺うと頷いて返される。ルカもそれは思っていたらしく「それなら」とジャケットの埃を払い踵を返した。


「付いて来い。オレの家に招待してやる」


すたすたと歩いて行ってしまうルカを呆然と眺めながら俺は密かに溜息をつく。

ありがたいけど、またこういうパターンか。なんか恵んで貰ってるみたいで申し訳なくなるんだよなあ……。

ちろりと隣を見やると二人は既に歩き出していて、慌ててそれを追いかけた。

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