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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
2.二律背反
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45話 「一難去ってまた一難」

夕飯を食べてから会うこと、集合場所は教会にする、などということを決めて、アーリックさんとは一度別れた。そのまま当初の予定だったレストランへと向かう。

さっきと同じように気を張りつつ歩くはずが、どうしてもエレンの頭が項垂れてしまっていて、これ見よがしに麗音が溜息をついた。


「うう……役立たずでごめんなさい……」


「い、いや、俺ももしこっちで向こうの友達と会ったりしたら話し込んじゃう自信あるもん。気にしないでいいって、な!」


とうとうワッと顔を覆ったエレンに慌ててフォローを入れる。コンラッドを仰げば、同意するように一つ大きく頷く。

そんな俺たちの必死の慰めを総スルーし、尚も呻くエレンの頭に麗音が腰を下ろした。コラ、と俺が口を開く前に麗音は心なしか真面目な顔で「フム」と俯く。


「もうコノ際ガキとか言っていられナイカモナ」


「……つまり?」


「質ヨリ量。ドンナ情報だろうが一度片っ端カラ聞いてみて判断したホウが手っ取り速い、カモしれナイ」


真偽はともかく、この街の状況について知らなければならないってことか。聞いていくうちにもしかしたら嘘とか違和感とか、そういうのが浮き上がってくるかもしれないし。

……まあ、俺たちに情報を提供してくれる人が都合よくいれば、の話になるけど。


「難しいなあ」


「大丈夫! 聞き込みなら任せて!」


いきなりキッと宙を睨んで握りこぶしを作ったエレンを覗き込めば、俺たちを振り返って「いつまでもヘコんでられないもんね」と勝ち気な笑みを浮かべた。

やっぱりエレンは強い。そうじゃなくっちゃな、と段々と調子が戻って来たエレンに頬が緩む。


「いつもみたいに、こっちが女ってだけで油断してくれるといいんだけど」


思ったよりも強かなエレンさんのお言葉に背筋に冷や汗が伝った。



そんなことを話しているうちにレストランの角をぐるりと回った。表通りとは違う薄暗さとじめじめとした空気に少し尻込みしてしまう。歓楽街の裏道から市場に出たときも思ったけど、本当、ちょっと道を逸れるだけで雰囲気ががらりと変わるんだな。

あまりにも表通りが綺麗だから尚更ここの陰湿さが際立っているような気がする。


「オイ、モウ普通にしてイイゾ」


やっとか。

麗音の言葉に、はぁぁあ、と深く息をつき足を止める。そのまま道の端に寄り、それぞれ荷物を一旦道に下ろした。

俺もバズーカを置き、全身を脱力させる。首と肩を回せばゴキリと音が鳴った。

目の前でエレンもメイスを手に思いっきり伸びをしている。その隣のコンラッドはいつもと同じく涼しい顔をしているが、微かに安堵したような息を吐いたのが聞こえた。


いいだけ伸びをしてから、ゴルフバッグのチャックを開ける。本体と、術書が入ってるところ。

お貴族様が相手なら何とかなるかもしれないが、多少場慣れしている人相手に素手での戦闘は避けたい。……なるべく使いたくはないけど。

エレンとコンラッドは万が一貴族に見つかったときのために、武器の布を外さないようだ。

俺は見られても他の人には武器だってどうせ分からないし、いいよな?


皆が身なりを整え終わると、すぐに麗音に急かされて再び歩き始める。今度は俺が先頭になって麗音と並び、その次にコンラッド、エレンが続いた。

しんと静まり返る道の端でナァ、と鳴いた猫を目で追いかけつつ、ふと思う。


「裏路地も結構広いんだな」


「マ、腐っても貴族街だからナ」


「……ふーん」


周りを見渡せば錆びたガラクタや小汚い犬猫がちらほらと見えている。まさに、きらびやかな世界の裏側、って感じ。

ハンターギルド近くの歓楽街の裏の方が汚かったけれど、何だかそこを歩いていた時より欝々としてくる。

思いっきり顔を顰めたのに気が付いた麗音が俺の額を強く叩いた。





赤くなっているであろう額をさすりつつ日陰を歩いていると、唐突にピリ、と空気が張り詰める。例えるなら、そう、まるで結界か何かを踏み越えてしまったような。


何だ。何があった。


不意に襲った違和感にエレンとコンラッドも気が付いていたようだ。足を止めた俺たちに何も言わず、麗音が俺の肩に下りてくる。

周囲の気配を探っていると前方から微かに革靴の足音がして、思わずそちらを注視した。


と、真後ろからブンッと空を切る音。ガッ、と何かにそれが当たって、その何かがドサッと倒れる音。

真後ろってことは、


「エレン!?」


「前ッ!」


ガン、とメイスの石突がレンガの壁に勢いよく突き立てられた振動と鋭い声にハッと前を見ると、三人の男がいつの間にか立っていた。黒のロングコートに深く帽子をかぶった二人の男が、一人の青年を庇うように前に出ている。俺は歯を食いしばって、男達から目を離さずに手だけを後ろに回した。


バズーカを抜き出す時間はない。止むを得ず術書だけを掴み取り表紙を開くとページが勝手に捲られていった。見なくても、もっと言えば何も考えなくても、どの術を使うつもりなのか脳に浮かんでくる。

基本の術の一つ。


息を深く吸って、吐いて。マレビトの印が刻まれた右手を術書の上に乗せる。

瞬間、それはぶわりと淡い光を放って俺の足元に陣を展開した。陣から風が吹き上げて髪を乱す。


俺に対峙している三人は凍り付き、動けなくなっているようだった。そりゃそうだよな。俺だってこんなの初めて見たらきっと動けない。

ちょっと同情するけど、こっちからすれば好都合。

俺の思考と同調して陣がゆっくりと回り出した。そしてそれは緩やかに上昇し始める。


「フースケ!」


突然呼ばれた名前にびくりと肩が跳ねた。集中が切れたのと同時に吹いていた風が止み光が消える。

現状が飲み込めず、一つ、二つ、瞬きをした。

ぺし、と麗音に軽く腕を叩かれ、我に返った俺はようやく振り返る。


「……え、あ、そうだ、エレン大丈夫? なんか凄い音したけど……」


「うん、私は何ともないよ。……ごめん、シメてみた感じ、敵意が思ったよりも無いような気がしたからつい止めちゃった。私が『前!』って叫んだせいだよね。ほんとごめん」


「し、シメっ……あーいや、それなら止めてくれてありがとう。あんまり大きい音立てて目立ちたくないもんな。ごめん、こっちこそ早とちり」


苦笑して、初めのあの音の正体を探るべく視線をそうっと下に向ける。

しょんぼりと肩を落とすエレンの足元には、あの黒コートを着た男が二人転がっていた。とりあえず、といったように手と足を雑にロープでぐるぐると縛られている。


ひくりと口端を引き攣らせそこから目を逸らし、次におそるおそるコンラッドを見る。と、倒れた一人の胸を足で踏みつけ、前に照準を合わせてパチンコを構えていた。パチンコと言っても安っぽいものではなく、ちゃんとした武器のようなもの。それに銀色につやつやと磨かれた玉をつがえている。

……弓だけじゃなくて遠距離なら何でも得意なのだろうか。


どこを見ても道に伏している男しかいないので、なるべくそれを視界に入れないようにしてエレンに話しかけた。


「えーと、あの、随分反応速かったね……?」


「うん、えへへ、名誉挽回しなきゃ、って気を張ってたから一番に反応できたのかも」


「……いや、ほんと助かったよ……」


照れたように笑うエレンは可愛らしいけどその足元とのギャップがやばい。

ははは、と空笑いを溢すと、誰かの革靴がカッと地面を打ち鳴らした。


「貴様ら!」


怒号と共にカキンッと壁を軽く石が打つ音がして慌てて三人の男の方を振り返る。声を発した青年は顔を青ざめさせて半歩こちらに踏み出したまま身動きが取れずにいた。

コンラッドが金目をギラリと光らせてパチンコに再び玉をつがえる。


「次は当てる」


「ッ待て、貴様ら、こちらの人間を傷つけておいて謝罪の一つも無いのか!」


「急に後ろから近づこうとしたのはそっちじゃん! 血は流してないし正当防衛だよ!」


何とかコンラッドに反抗した青年はエレンの言葉に、ぐぅと唇を噛み締めた。それから何かを考え込むように眉を寄せて顎に手をやる。

いろいろとツッコミたいところはあるが、俺は青年の観察を優先させた。


青年は喪服かってぐらいに全身真っ黒である。

黒コートの人たちは前もぴっちり留めてまるで軍隊か何かのようだったが、この青年は黒シャツにダークグレーのベストを着て、その上からまた黒のジャケットを羽織っていた。ズボンはもちろん革のブーツまで黒。シャツの襟から覗く鎖だけが辛うじて金色だ。

周りの男が大きいから分かりづらいが、背丈は多分コンラッドより何センチか小さいくらいだと思う。脚も腕もスラッとしているから全身一色でも野暮ったくならないのだろう。

それから黒にちょっとだけ浮いて見える小麦色の髪。正面からは見えないけれど、どうやら長いらしく後ろで一つに纏められている。

そして何よりも、切れ長で真っ赤な両の目。血の色にしては明るく透き通っているそれは、昼に見たステンドグラスを想起させた。


こんなところにいていいような人間じゃない、と直感的に思う。仕草から何から、ここの雰囲気に全くそぐわない。そして護衛らしき人が五人もいることから、ちょっと考えれば誰にだって分かる。

つまりこの青年は。


「あなたは貴族……ですよね?」


静かに尋ねる俺の声に目を、そして顔を上げた。その中に先程浮かべていた怯えは影も形もない。

初めに俺たちの足元に転がっている三人を見て、コンラッド、エレン、俺を順番に赤の瞳に映す。

そうして青年は、ふぅ、と一つ息を吐いて組んでいた腕を下ろした。


「…………そうだな。ルカ、とだけ名乗っておこう」

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