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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
2.二律背反
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44話 「夢はでっかく、根は深く」

エレンが白パンを食べ終わり、押し黙ったと同時にコンラッドが腰を上げる。

ひそひそこそこそと麗音とくだらない会話を繰り広げていた俺は驚いて隣を見上げた。

あれ、コンラッドどしたの?


「行くぞ」


「え、あ、うん」


ぐい、とアーリックさんたちの方を顎でしゃくるのに慌てて頷いて立ち上がる。服を払ってパンくずを叩き落として。

その時に俺の膝から転がるように飛び上がった麗音はどこかへ避難したようだ。膝の上に乗ってたの、すっかり忘れてた。

ごめん、と胸の内だけで謝罪をして、俺は小走りでエレンに駆け寄る。俺をけしかけた当人は遅い足取りで後ろから付いて来ていた。


「エレン、ええっと、そろそろって」


「そ、そうだね、分かった」


「引き留めてしまってごめんね」


慌ててメイスを背負うエレンを見て、アーリックさんは少し眉を下げてふわりと笑う。

急ぎながらも何か反応を返そうとしているエレンの代わりに、俺はアーリックさんに向かって首を振った。


「いえ」


しかしコンラッドの話を聞いた後だと、ほんの少しだけ不気味に思えてくるな。

物腰も柔らかく、言葉も丁寧で、良識もある。顔もいいし、背も高いし、地方で学校の先生ができるくらいに頭が良くて。

『非の打ち所がない』ってこういうことかって感じ。

普通に短所がありまくる俺から見てみれば、確かに弱点が一つも無いっていうのは怖いかもしれない。まるで自分とは違う生き物を前にしているようで。


つらつらとそんなことを考えているうちに、三歩ほど離れたところでそっぽを向いていたコンラッドが、何気なくを装ってアーリックさんと視線を合わせる。

その表情はいつもと全く変わりなく、逆に事情を知っている俺の方が緊張してくるぐらい、彼はごく自然に口を開いた。


「あの」


「ん?」


きらりと一瞬鋭く光った金の瞳が自分に向けられていないのにも関わらず居心地悪く、微妙に目を逸らしその頭の上を見やる。

たまたま見上げたそこがもそりと動き、まさかと目を凝らすと麗音が乗っていることに気が付いた。お前、ここに避難してたのか。

ってことはコンラッドはおおよそ、麗音に急かされて仕方なく話しかけたのだろう。


呆れて麗音を見やる俺を放ってコンラッドの麗音曰く猿真似は続く。

まずコンラッドは言おうか言わまいか迷ったようにちょっと目を彷徨わせて、もう一度アーリックさんを見据えた。


……さっきは凄いと思ったその演技も、ぐいぐいとその黒髪を引っ張っている麗音が見えるだけでこんなにシュールな絵面になるとは。


「首都からこっちに来るときに思ったんですけれど、やけに警備が厳重でしたよね。先生は何があったのか知っていますか?」


「あれ、そうだったのかい? 僕は初めてここに来るから、いつもあんな感じなんだと思っていたよ」


「……そうですか。すみません、依頼人に不都合なことがあったらと気が気でなくて。何が原因なのか分かれば、と思ったのですが」


「ごめんね」


コンラッドは眉を下げて、さっきの俺よりもゆっくりと首を振る。

自身の丁寧な言葉遣いと俺の喋り方が混じった口調にほんのちょっとの違和感はあるものの、よくあんなにスラスラと嘘がつけるもんだ。特に、「首都から~」の下りはヒヤッとした。俺たちは違う関門を通過してきたから、ほんとに首都と貴族街の間がどうなってるかなんて分からないのに! もしもいつも通りだったらどうするつもりだったんだ。


ハッタリがバレないか心配で不安で潰れそうになるのを、必死に繕ったポーカーフェイスに仕舞い込む。コンラッドがいくら詐欺師並みにハッタリが言えても俺の態度でバレてしまっちゃ元も子もない。

そんな俺の緊張もアーリックさんがコンラッドから顔を背けた途端、舌打ちでもしそうな凶悪な顔になったコンラッドに思わず脱力してしまう。お前なあ……。全く、とんだ詐欺師だ。


「あぁそうだ。エレンさん、君さえ良ければ今夜また会って話したいな」


「ふぇ!? ええと……」


にこにこと言葉を紡ぐアーリックさんの言葉に飛び上がったエレンがこちらをちらりと窺う。

ふよふよとコンラッドの頭から移動してきた麗音を頭で迎えて、頭を掻くふりをして機嫌取りに撫でていた俺はびくりと肩を跳ねさせた。慌てて手を下ろして、それからちょっと逡巡する。


コンラッドはアーリックさんが苦手って言ってて、確かにそうかもしれない、と俺もさっき思った。

でもエレンにとっては初恋の人で、そうでなくても先生で、多分旅を始めてからだから六年?は会ってないはずで、それなりに積もる話ってやつもあるんだろうし。

夜に一人で出歩くのは流石に心配だけど、待ち合わせ場所まで俺とコンラッドが付いて行っていいなら……。


「別にいいんじゃない、」


「…………」


「かな……と、俺は、おもい、マス」


ちりちりとうなじがひりついて、ピシリと身体を強張らせる。

普通に話し始めたのに終わりになるにつれしどろもどろになっていく俺に、エレンが少しおかしそうに笑い声を溢した。

それは俺のよく知っている笑顔で。ここ数時間でまるで別人のように見えていたけど、ちゃんとエレンはエレンだった。

思わずほっと胸を撫で下ろした俺と対照的に、コンラッドは難しい顔をしている。

そんな彼をじっと真剣な目で見上げるエレンに、麗音が「ハァ~~」と呆れたような、苛ついたような声を上げる。


「面倒臭イ。アイツもイヤなら素直にイヤって言えばイイのにナ」


麗音もさっきのコンラッドの話、聞いてただろ。


アーリックさんがこちらに背を向けていることをいいことに、イチかバチか唇だけで麗音に話しかけてみる。伝わるか分からないが、まあ伝わらなかったら伝わらなかったで。

ふ、と息を吐くと、麗音にグイと髪の毛を引っ張られて「続けロ」と返される。読唇術なのか不思議パワーなのか知らないけど、とにかくちゃんと伝わっていたようだ。

それじゃ遠慮なく、と俺は口をぱくぱくと動かす。


ネルの行動を制約する気はない、ってやつ。そんで、麗音も前言ってたよな、そんなに大事なら閉じ込めておけばいいのにって。


「オウ」


多分コンラッドとしては、エレンに対して過保護にしてるのは完全に自分のエゴだと思ってるんじゃないかな。エレンのため、というか、エレンにやってやりたいことを俺が勝手にやってるだけ、みたいな。


「ハァ?」


だからエレンを力尽くで止められないんだよ。あの拠点にとどまるのすら最後まで渋ってたコンラッドが、夜に人と会いたいなんてあっさり許可できるわけないだろ。

いくら貴族街ったって夜に人が全くいないわけじゃないだろうし、ましてやコンラッドさんはアーリックさんが苦手なんだから。

でもそれを突っ撥ねるのは、自分勝手なワガママだと思ってる、んだと思う。


「ソレならイマは全くムダな葛藤をしてイルのカ……」


どうせ許す以外の選択肢は無いくせにな。


「ウワァ」


ま、俺から見てそう思ったってだけだから違うかもしれないけど。


「マスマス面倒臭イ……」


そうだな。


地を這うような麗音の声に思わず苦笑したとき、コンラッドがとうとう根負けしたように眉間の皺を解き溜息をついた。

麗音の尻尾がべちりと俺の頬に当たる。どうやら俺の推測も良いとこ突いてたみたいだ。


「…………好きにすればいい」


「!」


「だが、おれも付いて行く」


「あ、俺も俺も」


「うん! ありがとう!」


どういたしまして、と返す俺と嬉しそうに笑うエレンにコンラッドはぷいと顔を背ける。

過保護な幼馴染だなあとは前々から思ってたけど、どうやらこれは思ったよりも根が深そうだ。自分で麗音に言った言葉を反芻しつつ考える。

アーリックさんに取られるのが嫌だとか嫉妬だとか、そういうのじゃなさそうだもんな。ただ単に、エレンが物凄く心配なんだ。

コンラッドがもうちょっと子供っぽい性格だったなら、もっと話は簡単に済みそうなんだけどなあ。


とりあえず、もう一度ぼそりと「面倒臭イ」と溢す麗音に俺は心から全力で頷いておいた。

あまりにも話が進まなくて唸ってます。そろそろ動かさないと……

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