表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
2.二律背反
42/76

42話 「鬼に衣」

突然現れた男の人を見た途端、エレンが僅かに頬を火照らせて黙りこくってしまった。

どうしよう、と麗音を仰ぎ見ようとして、寸前で堪える。

この人には見えていないんだった。この人がどういう人かも分からないのに迂闊な真似はできない。


どうしよう。どうしよう。

だらだらだらと一人冷や汗を流していると、隣から小さく静かに深呼吸をする音が聞こえた。

驚いてコンラッドを窺うと、さっき瞳に浮かべていた仄暗い光をいつもの無表情にしまいこんで、まっすぐ前を見据えている。

そうして俺とエレンを背にずいと一歩前に出た。


「お久しぶりです」


「あぁ、久しぶり、コンラッドくん。元気だったかい?」


神父さん(仮定)はエレンから目の前に立ったコンラッドにパッと視線を移して、ニッコリと笑う。

対して頷くコンラッドの表情はここからじゃ見ることができない。


「おかげさまで」


「もう、『おかげさまで』なんて勝手に出て行ったくせによく言うなぁ」


「……すみません」


頭だけを小さく下げた背中に、むくむくと言いようのない違和感が湧き上がってくる。

露骨に眉を寄せてしまった俺が『目立つナ』という麗音の忠告を思い出し、「やばい」と思ったのも束の間。

神父さんにはコンラッドしか見えていなかったのか、ふふ、と悪戯気に笑みを溢した。


「冗談だよ。……ところでどうしてここに?」


「実はある人から仕事を貰って、こんな場違いな街に来ることになったのですが、」


その、対神父さん用のいつもより少し高いトーンは何なのか。

普段の底冷えするような低い声を知っている俺からすると不気味すぎて、思わずゾワッと全身に鳥肌が立つ。

ついでに頭の上に乗った麗音も「ウゲ」と居心地悪そうに呻いた。

分かる、分かるぞ麗音。俺も呻いていいなら呻きたい。


「あ、ええっと、すみません、今言ったのは忘れてください」


これは誰だ。

狼狽えて片手で顔を覆うコンラッドから視線が逸らせない。

さっきから一言も発しないエレンも心配だが、こっちも物凄く心配だ。


……でも、もしかして、誤魔化そうとしてくれてる、のか?


「ははは、分かった分かった。今のは聞かなかったことにするよ。ずっとエレンさんと?」


「そうです」


「その子は?」


ぽっかーんと目の前に立ち塞がる背中を見ていた俺は、神父さんの視線がコンラッドから俺に向いたのに気付き、慌てて背筋を伸ばした。


「あ、ええっと、はじめまして! フースケと言います!」


「彼とは前回の仕事の時に知り合ったのですが、」


俺が見えるように横にずれていたコンラッドが、俺を隠すようにごく自然と元の位置へ戻る。

それから言葉を言いかけて逡巡してみせて、神父さんに「どうしたの?」と問われてから、意を決したように顔を上げた。

あからさまに『周囲に聞かれたくない』と言ったように声のボリュームを落とす。

ものすごい会話のテクニック、なの……だろうが……。


もう一度言う。

これは誰だ。


「……ここだけの話、記憶喪失、でして」


「記憶喪失」


そして流れるように嘘をつきやがった。記憶喪失、ってそりゃまた何で。

驚いたのは神父さんも同じようで、目を見張っている。

そこでちらりとコンラッドが俺に視線をやったので、慌てて顔を引き締めた。


「おれたちもまだ探り探りの状況なのです」


「そうなんだ……彼が背負っているのは?」


「気が付いた時には持っていたそうです。中身はただの筒だったのですが、何故だか絶対に手放すのは嫌だ、と」


「結構な頑固者なんだね」


「はい。困ったもので」


いっつも困らせてるのはお前の方だけどな! と怒鳴りたいのを必死に我慢する。

コンラッドは多分、俺とエレンのために誤魔化してくれてるんだ。落ち着け。落ち着け俺。

できるだけ気配を消しつつ頑張って口を噤んでいると、麗音が「ヘェ」と感心したように呟いた。


「フースケを自然に『キオクソウシツ』にスルなんて、アイツナカナカやるナ」


自然に記憶喪失に?

頭上の麗音に向かって、なるべく周りから見て不自然じゃないくらいに首を傾げる。

確かにすらすらと嘘を吐けるのは肝が据わってんなー、と思ったけども。

俺を『記憶喪失それ』にする意味はよく分かんなかったんだよな。どういうこと?


「馬鹿だな、ソノくらいジブンで考えロ」


ごめんなさい。

小さく唇を尖らせてみせると盛大に溜息をついてから、麗音は喋り出した。


「ヨウするに、『キオクソウシツ』ってコトにしておけばオマエの無知を隠せルのに加え、警戒されにくくナルってコトダ。『キオクソウシツ』になっタというのは、ツマリ赤子同然に帰ったワケダロ?」


えーっと……?

常識とか土地勘とか、そういう“この世界で生きていくための知識”が抜け落ちているから、『記憶喪失』になった人は赤ん坊と変わらないと認識される、ってことで合ってる?


どうにかこうにか俺なりに麗音の解説を噛み砕いてみるが、生憎と俺も麗音もテレパシーは使えないため解釈が合っているかは分からない。

例の不思議パワーで何とかしてくれればいいのにな。

つらつらと頭の片隅で余計なことを呟いている間も、麗音の口は止まるはずもなく。


「マンがイチ、アノ優男に疑われタとしても、フースケはコッチのコトを未だによく分かってナイ。よって、ムダなぼろが出るシンパイもナイ。知っているコトを聞かれたトキは『フタリに教えてもらっタ』と言えばスム話だしナ」


そしてそれはその通りだから嘘をついたとき特有のちょっとした引っかかりも感じない、と。

なるほど。微妙によく分かってないところもあるけど、何となく凄いことは分かった。

あと割と隙が無いことも。


そう考えてみると、術式短縮器具バズーカについてのも意図がある胡麻化しだったのか。

記憶喪失な俺がどうしても離したくないと言えば、例えば「それを見せて」なんて言われた時にも「よく分かんないけど嫌です!大事なものなんです!」って強く断れるもんな。すごい。よく考えてる。


……ただし、本や漫画でお約束の『記憶喪失の人間は実は大物で、発見された時に持っていたものは宝物だった』パターンを怪しまれなければ、だな。

漫画とか読んでて記憶喪失キャラ出てきたら真っ先に疑うよな。あるある。


――――だけどちょっと待て。その前にこの人が敵か味方かも明らかになってなかった。これじゃ警戒しておくべきなのかどうか分からない。

んんん、とりあえず味方確定じゃないなら、コンラッドもああやって誤魔化してたし、疑って、おく、べきか?

一体どういう考えでコンラッドはあの応答をしたんだろうな……。

とりあえずはまだあの人の前で麗音と話さないでおこう。


久しぶりにフル稼働させてぼんやりとした頭を緩く振り、内心だけで溜息をついたとき、今までずっと黙り込んでいたエレンが「あの」と声を上げた。

一歩踏み出してコンラッドと肩を並べる。


「お、おひさしぶりです」


そのまま震える声で何とか言葉を紡ぎ、小さくお辞儀。

それと対照的に晴れやかな顔で微笑む神父さんと、ほんの少しだけ心配を滲ませた瞳でエレンを窺うコンラッドが二人の背中越しに見えた。


「はい。エレンさんも改めて、お久しぶりです」


身を屈めて言葉を返す神父さんに、エレンがわたわたと両手を落ち着かなく彷徨わせる。

そんなエレンを見て神父さんはますます笑みを深めた。


「あの、その、会えてとても、嬉しいんですけど、いま、仕事中なので、その」


「あぁ、ごめんね。邪魔しちゃったかな」


「いえ……」


声がどんどん尻すぼみになっていくエレンに、俺ははらはらと神父さんとエレンを交互に見守ることしかできない。心配と不安で俺まで頭痛くなってきた。

顔の血の気が自分でも分かるほど引いて行く俺に、麗音が「落ち着ケ!」と頭を叩く。そんなことされたって落ち着かないものは落ち着かないんです。

逆に日頃呆れるほど過保護なコンラッドはどうしてそんなに落ち着いていられるんだ……?


微動だにしないコンラッドと、目が合って緊張に身を震わせる俺、それから俯いているエレン。

神父さんはそんな俺たちを順々に見て、少し考えるように視線を揺らす。


「忙しいのは重々承知の上だけど」


それからついと柔らかく目を細めて神父さんは控えめに首を傾げた。

その顔にまたあの完璧な笑みが形作られる。


「よかったら少し、話せないかな」


ごきゅり、と強張った表情でエレンが生唾を呑み込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ