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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
2.二律背反
41/76

41話 「エンカウントゾーン」

間違って更新してしまった方の話です!

内容自体は先週と変わりありません!

がたごとん、と重い音を立てて馬車が止まる。

ふと窓を覗くと、多分どこかの屋敷裏に停まったのだろう、すぐ近くに裏口が見える。カモフラージュのつもりだろうか。

辺りには大きな建物が迫り来るように立ち並び、道は薄暗い影に覆われている。


まず麗音がふよふよと出て行き、周りを見渡した後「降りて来イ」と(あご)をしゃくった。

頷いて革靴を鳴らしながら石畳に降りると、そこはもう異世界のようで。いや異世界なんだけど。

馬車の中から見ても大きかった建物は拠点の屋敷に負けないくらいに大きく、それが見える限り何軒も続いている。


拠点は木造なのもあるだろうが、大きくてもどこか素朴で何となく落ち着くような、そんな屋敷だった。庭も柵も無く、ただデンとでかい家があるだけだったからかな。

比べて、ここの屋敷群は凄い。重厚感っていうか、門とか庭とかも立派で、バリバリ人工物!って空気を醸し出している。金掛かってるーって感じがひしひしと伝わってくる。


「オイ、ナニ呆けてルんダ」


「あ、ああ」


慌てて道路脇に寄る。

そしてエレンが降り、最後にコンラッドが降りた途端、空っぽになった馬車は焦ったように走り出した。

ちょっとびっくりして振り返るも、あっという間に馬車は角を曲がり視界から消える。

……あの御者、俺たちと関わりたくないオーラ凄かったもんな。どこに雇われたのか知らないけど、あんなんであの馬車とやってけるのかね。

ま、余計なお世話か。

内心呆れていると、エレンが死角になっている関門を振り返って茫然と呟くのが耳に入った。


「すごいね……門を素通りしたよ……」


「武装兵いたのにな。どんだけ高い馬車だったんだっての」


それに頷いて返す。

それからちらりとコンラッドに目をやれば、剥き出しだった弓と矢筒に布を軽く巻きつけているところだった。

流石に貴族街だと弓でも目立つもんな。俺も念のためバッグのチャックが閉まっているか確認しておこう。

後ろに首を何とか捻っていると、麗音がそんな俺たちの視線を集めるように何度か咳ばらいをした。


「サテ、ブジに“ハリ”に潜入したワケダガ……」


「ハリ?」


「オマエはイチイチ出鼻を挫くナ! ……ココの名ダ。ウラガーノの“ハリ”」


「貴族街で通じるから外では誰もちゃんと呼ばないけどね」


ハリ。……針?

こっそり首を傾げると目敏い麗音から「流セ!」とお叱りを受けた。……すみません。

口を噤んで聞く姿勢を取る俺に、麗音がふんすと頭を反らす。


「ココカラが本番ダナ。マズは情報収集カラカ」


「そういやギルドは? ギルドに行けば……」


「それが、私兵を持ってる家が多いからこの街にギルドは無いんだよ」


「あー……」


そういやギルドには治安を守るだとかって役割もあったっけ。

魔森から遠いから魔物も出ないんだろうし、ギルドがあっても逆に邪魔になるだけなのか。

どんなに強くったって冒険者も所詮庶民だし。野宿生活だってするしいつも綺麗なわけじゃないし。

俺が唸って納得してしまうと、今度はエレンが麗音を仰ぎ見る。


「……近くに貧民街があるんだよね? 情報屋とかを探すのは?」


「情報屋に行くと情報は等価交換ダ。敵にコチラの情報も流されかねナイ」


「むむむ……」


エレンまでも唸ってしまった。

呻きながらも頭からなんとか案を絞り出そうとする俺とエレンを尻目に、コンラッドがふと顔を上げる。


「例の村に住んでいる、ある程度事情に詳しく、聡い……子供は」


「フム」


「なんで子供?」


「どれだけ狡賢くても淀みに慣れきった大人よりはましだろう」


「ふむ」


「マァ、一理アルナ。ソレで行コウ」


麗音のGOサインが出たところでぞろぞろと歩き出す。

手始めに、レストランの近くでうろついている子供を探してみるそうだ。


「貴族は基本ソトに出て来ナイガ、食事処はベツダ。目立たないヨウに気を付けろヨ」


「何でそういう怖いことを直前に言うかなー……気を付けます……」


口を尖らせながらも、麗音のナビゲートに従って表通りに出る。

日陰から急に日なたに身が晒されて、眩しさについと目を細めて俯けば、麗音から「シャンとシロ!」と檄が飛んだ。

なんでも、胸を張って何も考えずに歩くのが結局は一番目立たないのだそうだ。

始めからそう言え。


やっと慣れてきた目を大きく開いてきょろきょろと街並みを眺める。

……と、「キョロキョロすんナ!」とまた怒鳴られたので、こっそりと視線だけ巡らせた。


道の真ん中にはぽっくりぽっくりと馬車が通り、道路脇にはお屋敷で雇われているのだろうお手伝いさんたちがしずしずと歩いている。

石畳はゴミ一つ無く、日光に照らされて心なしか輝いているように見えた。

拠点周りの大通りと同じように店がずらりと並んでいるが、どの店も声を張り上げて呼び込みをしていたりしていない。

それどころか本当に店員や客がいるのか? というレベルで人の気配がない。


「本当の金持ちって買い物しないのかな」


「そりゃあ自分で買いに来たりはしないでしょー」


「それにしても人が少なくない?」


「『店に行く』じゃなくて、『店が来る』んだったりして」


「ひえー」


「ソコ! 私語をしナイ!」


小声で喋るくらいいいじゃんか。

そうは思いながらもエレンと揃って「はぁい」と返事を返す。

先頭の麗音に見えないようにこっそり舌を出すと、後ろから矢筒がカランと鳴る音が聞こえたので慌てて姿勢を正した。



*****



きらきらと光る道路をぞろぞろと一列になって歩く。

貴族は馬車で移動するからか、建物と建物の間隔が広い。ついでに建物一つ一つがでかい。

ついつい落としそうになる肩を麗音に叩かれながら何度か直す。

歩いた距離的には多分拠点からギルドまでの道のりと変わらないくらいだと思うんだけど、それよりも格段に疲れた。気力を使うからかな。


「麗音、まだー……?」


「ンー、モウチョイ頑張レ」


「うぃー……」


「フースケ、マタ背中曲がってるゾ」


「ううう……」


ぺしん、と尻尾が背中を覆うゴルフバッグを叩く。

背中を伝う僅かな振動に、俺はのろのろと背筋を伸ばした。


「ナンダ、オマエら元気ナイナ」


「一瞬たりとも気を抜けないんだぞ、そりゃ疲れるだろ……」


これまた麗音に「目立つカラ」と言い含められた結果、きっちりと上げていた足が凄く重い。確かにこんな街で足を引き摺って歩いてたら目立つんだろうけどさあ……。

ばれないようについた小さな溜息に被さるように、麗音が俺の頭上でくるりと旋回した。

そうして、一際大きく声を張る。


「ホラ、オマエらソノ暗い顔もヤメロ! ソコの角ガ、」


「――――おや、もしかして、エレンさん?」


明確に俺たちに――正しくはエレンに――向けられた言葉に俺たちは振り返る。

そこには一人の背の高い男性が立っていた。


栗色のつややかな髪は短く切り揃えられており、さらりと頭の形に沿って流れている。

金色にグレーを混ぜ込んだような黄土色の両の目は、日の光の下では黄色みが強く見え、理知的な光を宿していて。それを丸ごと覆うように、銀フレームのシンプルな眼鏡が鎮座している。

服装は白一色。ストンとしたワンピースのような服を着ていて、胸元には太い鎖で首からぶら下がった十字架が光っていた。

神父さん、なのだろうか。

彼が動くのに合わせて、肩に掛かっている薄く柔らかな長いタオルのようなもの――ごめんなさい絶対タオルじゃないけど全然何なのか分からない――がふわりと揺れている。


そして何よりも目を引くのはその表情。

彼は、非の打ち所がないくらいに、とても綺麗に微笑む人だった。

振り返ったエレンを見て、その笑みは深まる。


「久しぶりだね」


「…………あ、」


せんせい、とエレンの唇が微かに震え、コンラッドがふと暗い影を瞳に映したのが見えた。

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