40話 「鬼か蛇か」
先週の更新でこれを上げる予定だったものです!間違えましたすみません!!
今回は先週間違えてしまった話と二話まとめて更新します。
「ふわぁ~」
ぱかりぱかりと揺れる馬車の中。
ふかふかなソファー。ゆっくりと、しかし徒歩よりは格段に早いスピードで流れる窓の外の景色。
日の光を入れるために大きめに取ってある窓は白いレースのカーテンが引かれている。
静まり返っていた車内は、エレンが控えめに感嘆の声を上げたことで何とかいつもの空気を取り戻した。
「すごいね、あたしこんな馬車初めて乗ったよ!」
何となく察してはいたが、やっぱりこれは普通の馬車じゃないんだな。
立派な毛づやの馬が引いている馬車は艶々とした黒色をしていて、縁取りには鈍い金色が使われているし。
乗ってみれば、中も手入れをしっかりしていることも分かったし。
そりゃ馬車初体験の俺にだって金がかかっているのが分かります。
「二人は馬車に乗ったことあるの?」
「馬車って言っても乗合馬車だよー。大人数で一つの馬車に乗るの。それも、ギルドの用心棒的な仕事で何回か乗っただけ」
「へえ、用心棒みたいなこともするんだ」
「まあねー、ギルドの仕事なら一通りやったと思うよ。……流石に王直々に仕事を賜るなんてことは無かったけど……」
「ですよね……」
はは、と空笑いを漏らして、窓枠で惰眠を貪っている麗音を見る。
またこいつは一人だけ楽しやがって……。
じわじわと甘酸っぱいホットケーキの味と共に昨日のことを思い出して、俺は二人に聞こえないように溜息をついた。
******
「稀人だって王直属ダゾ。キシのヤツらとナニも変わらナイダロ」
麗音が呆れたようにそう言うと、ピシリと部屋の中の空気が凍ったのが分かった。
固まる二人に、俺は震える声でなんとか喉を震わせる。
「お、王直属……って……」
「ン? アー……違うナ、偉さダケで言うナラ王と同じくらいダナ」
エレンが息を呑んで、すすすす……とコンラッドの陰に隠れてしまった。
そのままちらりとこちらを窺いつつ、エレンは震えながら声を絞り出す。
「雲上人だったんだ……」
「い、いや、違うよ、俺は、そんな」
「ソウダゾ、偉いのは『稀人』トイウ役職であって、フースケじゃナイ」
「……そっか! ならよかった!」
未だ食べ終わってないホットケーキを口に詰め込みながら、麗音は飄々とエレンの言葉を否定する。
それを聞いて一気に顔を明るくしたエレンは、にこにこと椅子に座り直した。
コンラッドも僅かに眉間の皺が無くなったような気がする。
ちょっと待て。
別に偉ぶりたいわけじゃないけど、それだけで流されるのは何か釈然としないぞ。
「俺=マレビトのはずだよな……?」
「ナンダ、トクベツ扱いされたいのカ?」
「……結構です」
*****
はあ、ともう一度溜息をつく。
それに気付かないエレンはまたきょろきょろと車内を見回して窓に寄りかかった。
「ほんとにマレビトって偉かったんだねぇ……馬車乗り場でレーネがちょーっと話しただけで、まさかこんな馬車に乗れるなんて……」
「俺もびっくりだよ」
マレビトより麗音の方が偉かったってことに。
麗音が「馬車が来てるハズダ」とか言うから御者を探していた、馬車乗り場でのこと。
結構な時間をかけて広い施設内で見つけたその人は、その人は俺が話しかけても嫌そうな顔をするだけで、全く相手にしてくれなかった。
それがなんと麗音が「じれっタイ!」って叫んだ瞬間対応が変わって、あれやこれやとめぐるましく目前で高度な会話が繰り広げられて。
結局俺は確認に手の甲の印見せたぐらいしかしなかったような気がする。
……いや別に俺の方が麗音よりも偉いって思ってたわけじゃないけどね。
でもマレビトって一応名前の付いた役職で、麗音はそれの使者?ジュウブツ?なわけじゃん。
ぼんやりと遠い目をしていると、ずっと黙りこくって薄いカーテン越しに外を見ていたコンラッドが、ふと中に視線を戻した。
エレンがうつらうつらと、麗音がぐっすりと寝ているのを見て、仕方がないと言ったように俺に目をやる。
「これはどこで止まる」
「あー、えっと、とりあえず貴族街の中まで入るみたい。近くの町でこんな高い馬車から下りると怪しまれるから……」
「……あれぇ、首都まで行くんじゃないんだ」
「らしいよ。今の時期は多分首都から貴族街に入る人を警戒してるだろう、って」
「そっかぁ、格好とか普通の庶民のものだもんねぇ。武器も持ってるし」
「うん。俺の術式短縮器具も目立つし」
いつもとは違いむにゃむにゃと間延びして話すエレンは、眠たげな目を瞬かせて小さく欠伸を漏らした。
……全然関係ないけど今にも寝てしまいそうなのに頭がちゃんと働くってすごいと思う。俺じゃ確実に無理だ。
ふと真顔になった俺と、まるで猫のように目元を擦るエレンを一瞥して、コンラッドは続ける。
「騎士は」
「えーっと、変装させて近くの町に送り込んでるって言ってたかな。あの、麗音の言う、“闇”じゃないところの町で泊まってるって」
「馬は無いのか。来るまでに時間がかかるだろう」
「……そうだね。だから多分、麗音は『アジトの制圧か報告』って言ってたけど、本当の仕事内容は『制圧すること』なんだと思う。麗音なりに俺たちを案じてくれてて、最終手段で『騎士の人たちに任せるのもアリ』ってことにしてくれたんじゃないかなあ」
「…………」
あ、今ムッとしたな。
丁度良くカランと音を立てた弓へ落とされる冷たい視線に、俺は頬を引き攣らせる。
例えちょっとでも出来ないんじゃないかと思われたのがムカついたのかな。
俺的には事実そのおかげでプレッシャーが半減されたからとても助かったんだけどなぁ。
万が一、初心者の俺が失敗したせいで犯人取り逃がすってことも無くなったわけだし。
ムカつく気持ちは分からなくもないけどさ。
「しっかし二回目でこんなでかい仕事をする羽目になるなんて……」
「ンダヨ、ビビッてんのカ?」
「そりゃビビるよ……って、麗音。いつ起きたの」
「イマ」
くああ、と大きく欠伸した麗音はふわふわと浮き上がって俺の膝の上に乗る。
俺はスペースの空いた窓枠に肘をついて麗音を見下ろした。
いつの間にかエレンは寝入っていて、コンラッドも目を瞑っている。多分コンラッドは起きているんだろうけど。
「オマエ『アイキドウ』やってンダロ」
「やってるけどあれは一対一だしそもそも競技なんだって。その上、人身売買やってるのって組織だろ? 何人も同時に相手しないといけないんだろ?」
「コイツらだってイルし術式短縮器具もアルダロ」
「そうだけど」
「ソレに律儀に正面からオジャマシマスするワケじゃナイ」
「そうだけどー……」
麗音が頭を抱える俺の太腿を尻尾でぺちぺちと叩く。地味に痛い。絶対叩かれてるところ赤くなってる。
半目でねめつける俺を無視して麗音はフンと鼻で笑った。
「マダ町にも入ってナイってのに、ソンな心配してドウするんダ。気が早いゾ」
「……あとどのくらいで着くの?」
「ニジカンくらいダナ」
「うううう近い頭痛い」
「オマエナ……」
思いっきり溜息をついた麗音がじろりと俺を睨む。
そんな顔されたって心配なものは心配なんです。
だって実際被害にあった人間がいるわけでさぁ、失敗できるわけないじゃないですか。
近くに騎士がいてくれるから取り逃がすことはないだろうし、確かに騎士の存在には安心するけども、それとこれとは別なんだよ。
それにコンラッドの言うように駆けつけてくれるまで時間がかかるし。
「ナニもスグにソイツらブッ倒すワケじゃナイダロ。落ち着ケ」
「うん……落ち着く……」
今度はぽんぽんと柔らかい手で脚をそっと撫でられる。
飴と鞭のつもりかこのやろう。ほんの少し癒されるのが悔しい。
枠についていた肘を下ろして背凭れにぐったりと身体を預けると、麗音が呆れたように俺を見上げてきた。
「フースケ、サテはオマエ目の見えるトコロに相手がイナイと極端に弱気になるタイプだナ」
「……そうかもしれない」




