39話 「金と塵はなんとやら」
昼食は野菜サラダとホットケーキ。
字面にして並べると何だか少なさそうだが、ちゃんとたくさん作ったので腹は十分に満たせるはずだ。
野菜サラダには新鮮な野菜が彩り良く器に収まっており、旬なせいか仄かに甘い。
レタス――いつものごとく俺がちぎった――まで甘い。
エレンの焼いたホットケーキはジャムがたっぷりと使われていて、ちょっとすっぱい苺の味がする。
ふむ、こういうホットケーキも美味しいなあ。
ホットケーキをもう一口分、ナイフとフォークで切り分けて、だらだらと大量にメープルシロップを垂らしている麗音を横目に見て口を開いた。
「それでさ麗音、今回の仕事って何?」
「ン?」
「『ン?』じゃなくてさ、それをやるために俺はこっちに呼ばれたんだよな? そんなことこの間麗音言ってなかった?」
え、違った?
こちらを見て頭を傾ける麗音に俺も首を傾げる。
そのまま麗音は固まってしまった。
切り分けた分のホットケーキを口に放り込んで、飲み込んでも麗音はまだ動かない。
エレンとコンラッドが揃って紅茶を啜る音がダイニングに響いて、やっと麗音が「アァ」と言葉を零した。
「オマエ馬鹿ダカラ、マサカ覚えてルとは思わなかったゾ」
「すごく失礼」
「ダガ、確かに、サッサと教えておいたホウがイイナ。フースケ、地図持って来イ」
調子を取り戻した麗音に急かされて、慌てて俺は術部屋へ向かう。
さっきまで呆然としていたくせに、何て人使いの荒い。
薄暗く埃の舞っている部屋でくしゃみをしつつゴルフバッグから地図を取り出し、ついでに机からペンも引っ掴んで。
そうしてダッシュで戻ってくると、コンラッドのウエストポーチに入っていた地図がテーブルを占領していた。
「地図あるんじゃん!!」
「フースケ、うるサイ。オマエの地図にもシルシを付けておくカラナ、広げロ」
がさごそとテーブルの端に寄せられる使い古した地図の隣に、言われるがまま新品の折り畳み地図を広げた。
その上に麗音が腰を落ち着ける。
そのまま麗音が話し出したので、綺麗に折り目が付いている俺の地図を全員で覗き込んだ。
「イイカ、今回の仕事はココダ」
仕事の話をしているとは思えない軽い声音で、麗音は一つの地名を指し示した。
そのふにふにした手の先をなぞり読む。
余計な装飾が多すぎて、まだここの文字をサラサラと思うように読めないのがもどかしい。
んんん、この微妙に見たことのあるような地名は……。
「……ウラガーノ? ……ってここじゃん」
「うーん、一口にウラガーノって言っても、すっごく広いんだよ」
「そういや麗音が『ヴェント最大の都市』だとか言ってたっけ」
補足してくれるエレンに頷くと、「重要なのはココカラダ」と麗音にじろりと睨まれる。
そして地図の上で小さな手を滑らせた。
「コノ地図で見ると、拠点はココ。目的地はココ、ダ」
「遠っ」
「拠点は魔森ギリギリだカラナ。防衛線も兼ねていル」
へえ、ここってウラガーノのそんなに端なんだ。
それなのに大通りとか凄い人だよなあ。『最大都市』って言うぐらいだしやっぱり人が多いんだなあ。
なんだか感心しながら麗音が指差したところにぐるぐるとペンで丸を書く。小さく『拠点』とも書き込んだ。
エレンは興味津々で漢字を見つめた後、「そういえば」と麗音に視線を向ける。
「目的地って貴族街の近くじゃない?」
「アァ」
「貴族街?」
貴族。貴族がいるんだ。
ぱちくりと目を瞬かせると、エレンが「フースケの世界にはいないんだね」と頷いた。
どこか興奮しているように見えるのは気のせいか。
「貴族街って言うのはここ。王様のいる首都に近いところ、ウラガーノぎりぎり。
なんでも、首都では王様が絶対的に偉くて貴族にとっては生きづらいんだって。王様は賢い御方だから」
ほえぇ、王様もいるんだ……。
少々唖然としながら、貴族の数少ない知識を脳の片隅から何とか引っ張り出そうとする。
「……でも貴族って、でっかい敷地を治めてたりするイメージだけど」
「うん。ウラガーノとチェレステ……首都以外はみんな貴族が治めてるよ。この二つの主要都市は王様の直轄地ってわけ」
「それじゃあ貴族街は?」
「そこは王宮勤めの貴族が仕方なく住居を構えてる、って感じかな。それでも大きなお屋敷ばっかりらしいけど」
なるほどなー。ふんふんと頷いた後、チェレステに『首都』と注釈を付けておく。
それにしてもエレンは博識だなあ……。
ぼそりと呟けば、エレンは照れたように頬を掻いた。
「ギルドとか戦いはラドに頼りっきりだからね。ちょくちょく勉強してるんだ!」
「そうなんだ」
ちらりとコンラッドをに目を移せば、彼は居心地悪げにそっぽを向いていた。
お、照れてるの? ねえねえ照れてるの?
にまにまと笑って心の中で煽っていると、鋭く一睨みされたので慌てて頬を引き締める。
これ以上調子に乗ると久しぶりに短剣を抜かれるかもしれない。
話がひと段落したところで、まるで興味無さそうに紅茶をちびちびとやっていた麗音が「終わったカ?」とカップから顔を上げた。
頷いた俺はサラダのレタスとパプリカを頬張りつつ、浮き上がった麗音を仰ぐ。
「ンじゃ、仕事の話に戻るゾ。ソノ貴族街の近くの町デ、誘拐事件が多発していル」
「誘拐事件?」
「それって、まさか……!」
何となくピンと来なくて眉を寄せた俺に対して、エレンが椅子を鳴らして身を乗り出す。
それに動じず、コンラッドは静かにカップを置いて目を細めた。
冷えた声がぽつりと落ちる。
「人身売買」
麗音が「ソノ通りダ」と頷いた。
コンラッドは視線を逸らし、エレンは言葉を失っている。
俺も思わず息を呑んだが、つうと背筋を冷や汗が流れ落ちる感覚に慌てて我に返った。
「……ちょっ、ちょっと待って、なんで貴族街の近くで人身売買?
そういうのって、もっと治安の悪いところとか、なるべく人目に付かないような寂れたところでやるんじゃないの?」
「顧客が貴族だからだろう」
「!」
衝撃だった。
貴族による人身売買。歴史の授業やらで奴隷だの何だのは習ったけれど、まさか自分で目の当たりにする日が来るなんて。
俺はとりあえず落ち着こうと紅茶を口に含んだ。
カップの陰からそっと二人を窺うと、エレンは青ざめ、コンラッドは僅かに眉を顰めている。
麗音はそんな俺たちに気が付かないのか、淡々と言葉を続けた。
「華やかな街には大体ヤミがアル。見ロ、貴族街に隣接スル……ココダ。ココは浮浪者やらの溜まり場ダ」
「……ええと、どうして貴族街の横にそんな場所が?」
「……貴族は贅沢三昧で気まぐれだから。もしかするとレストランとかで残したものとか貰えるのかもしれないし……バッタリ会ったりなんかしたとき、運が良ければ、お金が転がり落ちてくるかもしれない。
自分より格下の存在に『恵んでやった』って優越感を得る、それだけのためにお金を渡す貴族もいるらしいし」
「……そっか。でも、自分より格下の存在だと思ってるってことは、ストレスとかの捌け口になるかもしれないんじゃないの? それこそ殺されるかも……」
「ソウいうのを分かってテモ離れられナイんダロ。ツイてれば得スルのも確かだカラナ」
「……はあ……何というか、別世界……」
喉がカラカラに渇いている気がして、冷めかけた紅茶を流し込んだ。
そうしていると、説明はもう終えたとでも言いたげに頭に麗音が乗っかってくる。
むっつりと口を噤んだエレンの隣で、コンラッドが「それで」と麗音を見据えた。
「誘拐事件をどうにかしろ、と」
「ウム。アジトを突き止めて、できレバ制圧。例え制圧はムリでも報告は絶対ダナ」
「報告先は警備兵か」
「イヤ、ムコウに着いたらマズ王宮と連絡を取るコトカラだナ。稀人カラの連絡が来シダイ、隣町でキシの連中が待機するコトになってルらしいゾ」
「お、王宮……? 騎士……?」
「オウ。簡単に言エバ王直属のセイエイ兵ダ」
ごきゅんと紅茶味の唾を飲み込み、震える手でホットケーキを口に詰め込んだ。
二枚目は何か他のジャムが使われていたようで、さっきまでの苺とは違う味がしたが、味の情報が全く脳に伝わって来ない。
騎士。王直属。精鋭兵。
サーッと俺の顔が青ざめていくのが自分でも分かる。
ということは、それって、つまり……。
「依頼主って……」
「王ダゾ。厳密に言エバ、宰相カラだケドナ」
「うわあ」
「ひえっ」
直前まで険しい顔をしていたエレンと声が揃ってしまった。あんぐりと口を開けているところまでお揃いだ。
ふと横を見ると、コンラッドまで目をまん丸くしている。……そうだよな、流石のコンラッドでも驚くよな。
そんな俺たちが見えていないのか、どうでもいいのか。
もしゃりもしゃりと野菜を咀嚼していた麗音は「ソンなにカジョウ反応するコトカ?」と呆れたように告げた。
「稀人だって王直属ダゾ。キシのヤツらとナニも変わらナイダロ」




