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34話 「いきさき、ゆくさき」

ぼーっとしてたら16時過ぎてて焦りました

「……じいちゃん、入っていい?」


「ん、風介か? いいぞ」


じいちゃんの返事にカラカラと控えめな音を立てて障子を開くと、テーブルの上に広がったプラモデルが見える。

散らばった部品と組み立てられている形からして、どうやらバイクのようだ。

片そうとするじいちゃんを「触らないからこのままでいいよ」と制し、素直に差し出された座布団を尻の下に敷いて腰を落ち着けた。


「おかえり、であっとるか?」


「うん……ただいま。どうして分かったの?」


「昼メシん時お前を呼びに行ったんさ。音もしねぇ上に気配もねぇときたらそりゃ分かんだろ」


向こうを知ってんだから、と溜息と共に吐かれた言葉に肩が跳ねる。

……知ってる、か。

じいちゃんはどこまで知っているんだろう。

あの冷淡な麗音の声のこと、麗音を通じて感じた第三者の存在のこと、屋敷にかかっていたであろう術のこと。


ぐるぐると頭が急速回転して自分でも眉間に皺が寄るのが分かった。

カニオンの血は赤いこと、ハンターギルドの長は見た目怖いけど優しくて大らかな人だったこと、歓楽街の裏路地は思ったよりも綺麗で夜の空気が充満していること、屋台のラズベリーパイは高いこと。

それから仲間の作ってくれる飯はとても美味しくて温かいこと、麗音と居るとムカつくけど何でもできそうな気がしてくること、……麗音は先代に会えないこと。

じいちゃんは、知ってるんだろうか。


俺が俯いて自分の思考に溺れていると、じいちゃんが急須にお茶の葉をさらさらと入れながら、こちらにちらりと目線を送った。


「お前、向こう出たの何時ぐれぇだ」


「え? 夕方よりちょっと前くらいかな」


「ふぅん、じゃあ時差ボケじゃぁねぇな」


呟いたじいちゃんに俺は慌てて顔を上げて大きくブンブンと首を振る。


「そういうのじゃっ、」


「ほう」


「……ほんとそういうのじゃないから大丈夫。ただ、こっちに戻って来た現実味がちょっと無いって言うか……」


「ふむ、こっちかあっちのどっちかが夢なんじゃねぇかってか」


「……まぁそんな感じ」


「そうかそうか、最初の方はそんなもんかもしれんなぁ。何度も行くうちに慣れんだろ。今はあんまり気にすんじゃねぇや」


がしがしと頭を撫でられるのを払って控えめに頷いた。

この、ふわふわとした感覚と落ち着かない思考は『今はそんなもんだ』って思っておいた方がいいらしい。

確かに俺の頭でいろいろ考えすぎると知恵熱が出そうだ。


麗音のことやら何やらも一旦横に置いておいて、じいちゃんが淹れてくれた緑茶を口に含む。


「それにしてもお前、向こうに行くの随分早かったな」


「は、はは、まあね」


急に痛いところを突いてきたじいちゃんに、俺は反射的に明後日の方を向いた。

まさか「たまたま持って行ったシュークリームのおかげだ」なんて誰が言えるか。

はははと空笑いを溢して、誤魔化すように緑茶を喉に流し込む。熱い。

じいちゃんが苦笑しておかわりを注いでくれている間に、話題を逸らそうと声を張り上げた。


「そ、そうだじいちゃん、あのバズーカすっごく重かったよ!」


「おぉ、アレ使ったんだな。便利だったろ」


「……まぁ、術がバカスカ撃てるのは役に立ったけど、歩いてるときはひたすら重かった」


「何と戦った? 山賊か?」


「えっ山賊なんているの!? ……魔物だよ。最下級らしいけど」


「ほぅほぅ」


じいちゃんは満足げに頷くと、「アレ使ったってことはマーカスにも会ったのか」と楽しそうに問いかけてくる。

俺はあの鍛冶屋とおじいさんを脳裏に浮かべながら大きく頷いた。


「会ったよ、優しそうなおじいさんだった。あの屋敷の管理もしていてくれたみたいで」


「そんじゃあ、今あそこらへんにいるのはもうマーカスくらいなんだな」


昔を懐かしむように遠くを見つめるじいちゃんに、今代のマレビトたる俺は居心地悪げに目を伏せる。

じいちゃんがゆっくりと緑茶を啜る音が部屋に響いた。


「……じいちゃんは仲間、何人くらいいたの?」


「うん? そうさな、四人いたぞ」


「ってことはじいちゃん含めて五人か」


まだエレンとコンラッドしか知らないため、それ以上の人数で暮らす日々が想像できない。

でも近接攻撃がエレンしかいないからそこは早めに対処してあげたいなあ、なんてぼんやりと考える。

仲間になってくれる人を選り好みする気は無いけど、でもやっぱり心配だから。

無意識にまた思考を巡らせていた俺に、じいちゃんはにっこりと笑いかけた。


「その分じゃ、風介にも仲間ができたみてぇだな」


「うん、二人」


「いっぺんに二人もか。よかったな」


「……うん。本当に、よかった」


二人のことを思い出してへらりと笑うと、柔らかい笑みを浮かべていたじいちゃんがニヤリと意地悪気に口端を吊り上げた。

俺の笑みもあっという間に強張っていく。

こういう顔のじいちゃんは、大抵面倒臭いことを考えているんだ。


「で、どんなやつだ?」


「え……っと」


「お? 言えねぇのか? ん?」


「言えるよ!

 ……二人は幼馴染で、片方はいっつも無表情で無口気味で幼馴染に対してすっごい過保護で俺との態度の差が本当に凄くて『天才』って呼ばれるぐらい滅茶苦茶強い男子。

 もう片方はいつもにこにこしてて人懐っこくて優しくて……でもやっぱりその男子のことを大切に思ってるような女の子だった。

 二人とも多分俺と同じくらいの歳で、あとめっちゃ料理上手」


「ほう、男と女一人ずつか。惚れたか?」


「惚ーれーてーまーせーんー! 

 ……あの二人は、なんというか二人の世界があるみたいで。それは幼馴染だから仕方ないのかもしれないけど、俺にはそれが危うく感じてて……ちょっとだけ心配、みたいな」


「そーかそーか」


「二人とも俺よりずっとしっかりしてて(マレビト)の存在意義も危ういんだけど! ……でも」


わしわしとさっきよりも力強く頭を撫でられ、視界がぐらぐらと揺れる。

ちょっとじいちゃん首痛い。

振り払おうとした腕は、じいちゃんのしんみりした声でぴたりと止まった。


「それはいいご縁があったんだなぁ」


「……うん」


「大事にしんさい」


「…………うん」


「いつ会えなくなっても後悔が残らんように」


「……そんなの、まだまだ先だって」


俺の子供ができて、その子供が十八歳になるまでだろ、とじいちゃんの止まらない手に唇をほんの少し尖らせる。

そうすると不意に上から重くて温かい手が離れて行き、顔を上げれば真面目な顔をしたじいちゃんがいた。


「風介、確かにお前があれを引き継がせるのはまだまだ先かもしんねぇ。先代の俺がこんな歳だしなぁ。……だけどな、向こうに渡れなくなる可能性はもう一つある」


「もう一つ?」


「お前が向こうで『死ぬ』ことだ」


死ぬ。

その言葉にぞっと全身から血の気が引くのが分かった。

恐る恐るまじまじとじいちゃんの双眸を見返すと、じいちゃんは優しくも厳しい瞳で滔々と言葉を続ける。


「お前はあっちでは『死なない』。致死量のだめぇじを受けるとこちらに強制送還されて二度と向こうに渡れなくなるのよ」


「待って、『死ぬ』けど『死なない』ってどういう意味?」


「向こうで死ぬときに死ぬ(その)感覚はある、ってことだ。死にゃしないが痛みや感覚は実際の死と変わんねぇ。

 ただし、向こうに死体は残らない。お前のモノは何も遺らない。死んだ時点でこっちに無理くり全部戻されて向こうへの扉は閉ざされる」


「扉?」


「そこらへんは俺も又聞きだから何とも言えん。ただ、本当に気を付けんさい。向こうに行けなくなる云々も嫌だろうが、俺は何より風介に『死』を味わってほしくはない。それは人生で経験しなくていいことだからな」


「わ、かった」


バクバクと心臓が煩い。

カニオンを倒したときは緊張と興奮が織り交じった熱い鼓動だったが、これはその真逆。

心臓が全身に血液を回す端から冷えて行く感覚。

むしろ身体中を巡る血が全て冷たくなったような、そんな気がした。


生きているのに死ぬ。

現実世界では死なないが向こうでの「俺」は死ぬわけだ。

死体すら、生きていた証すら残さずに。


「…………気を付ける」


ふとごうごうと煩い耳の奥で、あの冷え切った麗音の声が聞こえた気がした。

俺が死んだとしてもあの麗音ならきっと嘆きも悲しみもしない。

ただ次のマレビトを待つ、それだけなのだ。

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