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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
1.一樹之陰
31/76

31話 「肩の荷を下ろす」

「でも案外あっさり終わったな」


ゴルフバッグに収納したバズーカを背負い直し、俺はぼそりと呟く。

地面の血痕と足跡を踏み消しているエレンとコンラッドには聞こえていなかったようで、麗音だけがくしゃりと顔を顰めた。


「カニオンは最下級の魔物だゾ。レベル最底辺のオマエも討伐に参加デキルくらいにナ」


「あれ、そうなの? でも肉食なんでしょ?」


「アレだ、猫みたいなモノダ。鼠を食ウ」


「……ネコがあんなに大きいのか」


「魔物だカラナ」


魔物だからか。

小さく復唱すると麗音がくるりと宙返りをした。それを捕まえて肩に乗せる。

足元の血痕を砂で覆い隠し二人に歩み寄ると、エレンがこちらを向いてへらりと控えめに笑った。


「フースケ、氷砂糖舐めてエネルギー補給しておいてね。ギルドの調べではカニオンは二体だけど、万が一まだ近くに居たら連戦になるから」


「げ……分かった」


神妙に頷きポーチから氷砂糖を取り出し口に放り込んで、ついでに麗音の口にもカケラを押し込んでやれば満更でもない顔でモゴモゴと口を動かした。

俺はガリガリと口の中の氷砂糖を噛み潰しながら麗音を見やる。

小さな口内の氷砂糖が溶けきるのには結構な時間がかかりそうだが……まあ、麗音が戦うわけでもないし。急いで食べるようにわざわざ促さなくても別にいいか。

静かな麗音に違和感を覚えつつ、歩き出した二人の後にぴったりと続いて木々の枝を掻い潜った。



******



フラグが折れた……だと……。眼前にそびえ立つ屋敷を仰いで俺はあんぐりと口を開けた。

ごきゅんと唾を飲み込めばまだ舌の上に氷砂糖の甘い味が残っている。


「何をソンなに驚いてるんダ。カニオンはニタイって最初カラ聞いてたダロ」


「いや……それはそうなんだけど……」


フラグは折れるものだという固定概念があったから……。

気を張っていた自分が居た堪れず、ついと麗音から目を逸らし溜息をついた。……でもこれでギルドの情報は信用できると分かったわけだから。

うん、結果オーライ。


遠い目をする俺の隣で、鼻歌交じりに手甲を外していたエレンが上機嫌に笑う。


「いやぁ、無事に帰って来れてよかったねー!」


「はは、ほんとにね……」


今更ながらカニオンの相貌と咆哮を思い出し、空笑いと共に一度ぶるりと身体を震わせる。

時間の感覚なんて吹っ飛んでいたが、客観的に見ればあれは正味三十分くらいの戦闘だったのではないだろうか。


――――いや、どうだろうな。二人の連携が凄かったから実はそんなにかかってなかったのかもしれない。

ふむ、と意味の無い自問自答を繰り返す俺へと唐突にコンラッドが鍵を押し付けた。


……んん? これは、屋敷の鍵?

俺が首を傾げる暇もないうちにコンラッドは踵を返し、ズタ袋を壁に立て掛けて置く。

そんな彼を、ガチャン、と手甲を外し終えたエレンが振り返った。


「ラドってばもうギルド行くの?」


「あぁ」


「えっそれならあたしも行く!」


「駄目だ。ネルはここに居ろ」


「えー」


「居ろ」


「…………はぁい」


不満げな声音にそっと斜め後ろからエレンを窺うと、少し膨らんだ頬と尖った唇が見えた。

それに麗音がぷすりと笑って、エレンのその頬をつついてやろうと傍へふよふよ移動する。

ほどほどにしとけよ、と麗音に囁けば「誰に言ってんダ」とふんぞり返られた。お前だから言ってるんだよ。


やれやれと俺は軽くなった頭をぐるりと回し、ふとコンラッドに顔を向ける。

コンラッドは既に弓と矢筒を下ろして身軽になっていた。

多分もう、すぐにでも出発するのだろう。


「あ、待って俺」


「来るな」


「…………はい」


遮られた。

かなり食い気味でバッサリ断られた。

「俺も行く」すら言わせてもらえなかった。このやろう。


ぐぎぎぎと睨み付けるがあっさりとスルーされて、コンラッドが颯爽と歩き出す。

それでも麗音につつかれながらひらひらと手を振るエレンを視界に収めると、ほんの小さく頷くのが見えた。

この対応の差よ。分かってたけどな。

フンと鼻息荒くコンラッドの背中から視線を外し、彼が立て掛けたズタ袋と弓と矢筒をそうっと持ち上げる。


「麗音ー俺両手塞がっちゃったから代わりに玄関開けてー」


「ハァ? 自分でヤレ」


「やだよ、弓とか手荒に扱いたくないもん。麗音は手が開いてるじゃん」


「フザケんナ! 赤毛娘、オマエがヤレ!」


「麗音がエレンにちょっかいかけてるんだろ!」


エレンの頬をつつくのを止めてグイグイと赤毛の束を引っ張る麗音に、俺はあわあわと狼狽えることしかできない。

やめて、それ女の子の髪の毛! 髪は女の命だってばあちゃん言ってた!!


麗音を止めようと腕を動かせばカタンと弓が矢筒に触れるのに固まり、またすぐに動かそうとして固まり……を繰り返す俺に、エレンは「そんなに痛くないから大丈夫」とはにかんだ。

麗音を髪に引っ付けたまま地面に落ちていた手甲とメイスを拾い上げる。

そうして俺が力無く手のひらに握りこんでいた鍵を受け取ると、屋敷の扉を手早く開錠した。


「ごめんエレン、助かった」


「んーん。それよりラドの荷物を大切に扱ってくれてありがとね」


「いいカラさっさと入れヨ!」


にへにへと破顔している俺の背中に頭突きをかまして麗音が怒鳴る。

がんがんがんがんと止まない頭突きで押し出されるように細かく咳が漏れた。


「わるっ、悪かった、待て、痛いってば!」


「早くシロ」


「もう退けただろ!」


「オマエの背中で見えナイ」


自業自得!と叫ぶ俺を更に尻尾で隅に押し退けて、麗音はふわふわとダイニングへ向かった。

俺は弓や矢筒が揺れてぶつからないように細心の注意を払い、急いで内履きに履き替える。


エレンと二人でダイニングに駆け込むと、なんとテーブルの上に置かれたクッションの上に麗音がごろんと寝っ転がっていた。

早い。早すぎる。そしてふかふかとしたそれを一体どこから持ってきたのか。


もう口煩く言う気力も起きず大きく息を吐くだけに留め、とりあえず椅子の上に持っていた弓と矢筒を安置する。

続いてテーブルの脚に立て掛けるようにズタ袋を腕から下ろし、部屋の隅にゴルフバッグを置いた。

あー……ようやく楽になった。


ぐるぐると首と肩を回しもう一つ腹の底から息を吐き出した。

まだ肩か腕に何かが乗っているような気がする。

ぐぐぐと伸びをしてからようやく周りと見渡すとテーブルの上に二つの手甲、ゴルフバッグの丁度対角に鞄とメイスが立て掛けてあり、エレンの姿が見えなかった。

……あれ、いつの間に。


意味もなくすやすやと反復運動を繰り返す麗音に視線を移し、辺りに耳をそばだてさせてみる。

僅かな沈黙の後ピィピィとキッチンから薬缶が控えめにを沸いている音が聞こえた。

ちらりと麗音を気に掛けてからダイニングを出てキッチンのドアを開ける。


「エレン」


「あ、フースケ。今紅茶淹れるから待っててね」


「分かった、じゃあその間にちょっと荷物整理してくるから」


言い終わってから眉を顰めたエレンに気付き、慌てて言葉を付け足す。


「と言ってもこっちに持ってきたのは服だけだし、さくっと終わるんだけど」


エレンは更に眦を下げて「そっか」とくぐもった声を出す。


「ん?」


「ホントに帰るんだなーって」


「……大丈夫。またすぐ戻ってくるよ。麗音も何かとうるさいだろうし」


「……うん、寂しいけど待ってるね」


エレンがにこりと笑みを零すなり、沸いた薬缶が騒がしく鳴り出した。

あたふたと薬缶をコンロから下ろすエレンを尻目に俺はキッチンを出る。


一人になった途端湧き上がる一抹の寂しさをゆるゆる首を振って追い払った。

そんなことより片付けしなくちゃ。

とりあえずは術部屋に寄って術式短縮器具バズーカをちゃんと仕舞って来よう。

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