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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
1.一樹之陰
30/76

30話 「カニオン」

笛の音を聞きつけたカニオンたちの行動は早かった。


すぐにコンラッドの潜む木の付近に当たりを付け、うっそりとにじり寄る。

挟み撃ちにでもするつもりなのか、一体がエレンに、もう一体が俺に背中を向けている格好だ。

……早くもこれはチャンスなのか? 今のうちに撃ってしまうべきなのか?

いやでも、万が一避けられて延長線上にあるコンラッドが潜んでいる木に当たったらどうしよう。


妙な静けさの中俺がほんの少しだけ逡巡していると、ガサガサっと素早い音がしてエレンが隠れているはずの背の高い草むらが揺れる。

思わず視線を移すと、エレンがそこから勢いよく飛び出してきて、自身に背を向けていた方のカニオンにメイスを思いっきり叩きつけた。


ぐらりと打撃を受けたカニオンがバランスを崩し、二体のカニオンがコンラッドからエレンへと標的を変える。

エレンも後ろに跳んで間合いから外れるとメイスを構え直した。


一瞬の膠着状態ののち、ギャオンとエレンを煽るように吠える。

それと同時にカニオンが一歩踏み出すと、その進路を阻むように地面に先の鋭い木の枝がザクリと突き刺さった。


一体が枝の飛んできたコンラッドの木の方へとまた視線を戻す。

カニオンはどうやら獲物を分担することにしたらしい。



めぐるましく変わる戦況に、俺は眩暈を起こしてしまいそうになる。

きゅるきゅると脳が融けそうなほどに熱を持っていた。

……駄目だ駄目だ、二人の役に立つんだろ。麗音をぎゃふんと言わせるんだろ。

内心で自分を叱咤して一つ息を大きく吸い込むと、俺からも二人からも十分に距離を取った木の一本にバズーカを向ける。


ドン、ドンドン、と重い音が連続して響いた。よし、全弾命中。

ミシミシガサガサと木が揺れると、二体のカニオンの注意がそれぞれエレンとコンラッドから逸れ、そちらへ向いた。

続けて、木に唸っているカニオン――エレンを狙っていた方だ――の脇腹に術を撃ち込む。ギャンと叫喚の声を挙げて吹っ飛んだカニオンを尻目に、俺は茂みから躍り出た。


ギュオオォン、と吹っ飛ばされていない方のカニオンが俺を正面に捉えて吠える。

ビリビリと大気が震え、覚悟していたはずなのに思わず身体が竦みそうになったとき、その真後ろで金の双眸がギラリと鋭さを帯びて光るのを見た。

あ、と思う間もなく、すっかり二人から注意が逸れたカニオンのうなじを的確に矢が射抜く。


細く鋭利な矢先には立派な(たてがみ)も意味を成さず、一射、二射と連続して矢が突き刺さった。最後にコンラッドがとどめとばかりに強烈な一矢を後頭部に撃ち込むと、その衝撃でぐらついた隙を逃さずエレンがカニオンの横っ面にメイスを振り抜く。

堪らずカニオンはギュエーッと断末魔を残すと、どうと地に伏せた。そうか、あのとき街で聞いたのは断末魔だったのか。


……感心している場合ではない。俺はエレンの後ろでのろのろと立ち上がったカニオンの脚に狙いを定めてバズーカを撃つ。

面白いほど綺麗にすっ転んだカニオンに、体勢を立て直させる間も置かずその眉間を矢が貫いた。

ギャァアアンとカニオンが吠え、それでも再び立ち上がろうと震える脚に力を入れる。

しかし木を折らんばかりの力を持つ術を二度も撃ち込まれ、急所を矢に貫かれていればまともに立てるはずがない。

ガクッと足を折り地面に鬣を擦りつけるカニオンの頭上に、茜色が閃いた。


ギュエ――ッ! と一際大きく鳴いたカニオンに、辺りの鳥が一斉に舞い上がった。

鈍い音を立てて背骨を叩き折ったエレンが、暫く時間を置いてメイスをそっとカニオンから退かせる。

カニオンはピクリとも動かない。エレンも顔を上げずにいた。

……ああ。

詰めていた息を吐き、バズーカを下ろして宙を仰ぐと、空はどこまでも高く澄んで伸びやかな天色を映し出している。

――――まだ、俺の頭の中ではジリジリと甲高い笛の音が脳を焼いていた。



******



近くの木陰に移動して、安堵したように息を大きく吐いたエレンが地面にめりこませ安定させたメイスに寄りかかった。

それを尻目に俺もバズーカを隣に立てて置きへなへなとしゃがみ込む。

ふよふよ俺の周りを旋回していた麗音も、バズーカの上にちょこんと腰を落ち着けたようだ。

ばくばくと未だうるさい心臓を治めるべく深呼吸を繰り返していると、エレンがゆっくりと口を開いた。


「フースケ、おつかれさま」


「……エレンこそ、お疲れさま。エレンはメイスの扱いがほんとに上手いんだな。見くびっていたわけじゃないけど、ここまで凄いとは思わなかった」


「ほんと? フースケも、初戦闘とは思えないくらい術式短縮器具それを使いこなせてたね」


「そうかな」


そうそう、とエレンが笑って白い肌を伝う汗をタオルで拭う。

……頬を上気させたエレンは無邪気なようでどこか煽情的だ。

緊張状態から解放されてぼうっとする頭でそんなことを考えていると、背後からがさがさと枝葉が擦れる音がする。


俺は反射的にギクリと肩を震わせたが、エレンがタオルを取り出したズタ袋が地面に落ちているのを見つけてはたと思い出す。

そういやここはコンラッドが登っていた木の下だった。

ちらと振り返ると思い浮べたとおりの相手が弓と矢筒を背負ってしれっと立っていた。



こちらに歩み寄りつつ、コンラッドは微かな金属音を立てて短剣の刃を鞘から覗かせる。

いつかと違って俺はビビらずにまっすぐコンラッドを見ることができた。それは多分、これから短剣を向ける相手が俺じゃないからだろう。

……だってほら、全く殺気を感じない。


案の定コンラッドはこちらを一瞥しただけで、すぐに淡々とした足取りで木陰を出て行く。

向かう先にはとっくに動かなくなったカニオンが二体、ぽつりと転がっていた。

コンラッドは二つのうち近い方の死骸の傍らに片膝を付く。


「あれ、何するの?」


「えーっと……フースケは血とか、嫌い?」


「いや、まあ、好きではないけど」


「……だよね。だったらあんまり見ない方が、」


口ごもるエレンの肩越しにコンラッドが死骸に短剣を突き刺すのを見た。

ぐちゃ、びちゃ、と粘着質な音が小さく聞こえてくる。

どうやら心臓に刃を突き立て腹を捌いているらしい。

サーッと青ざめる俺からエレンが目を逸らす。


「……確認なんだって。カニオンは、ほら、鬣があるから……」


「そ、それって、普段は首を落としてるってこと……?」


「…………まぁ」


「…………」


血液がまだ完全に凝固していないのかコンラッドの腹に、顔に、血飛沫がかかる。初めて会ったときに血塗れだったのはこういうことか。

ポイ、と茂みの中に抉り出した心臓を投げ捨てるコンラッドを見て、俺は溜息をついた。


「野蛮ダナ」


「麗音っ」


「ま、確かに野蛮だよね」


飄々と呟いた麗音に俺の咎める声は聞こえない。

からからとエレンが笑って頷く。


「でもね、あれはあたしのためなの」


「エレンの?」


「うん。旅に出てすぐの頃、魔物に襲われたことがあったんだ。あたしたちはもちろん迎え撃って何とか倒せた、と思ってたんだけど、実は仮死状態だったらしくて。

 次の、次の日だったかな、その魔物がまた不意打ちで襲い掛かってきたの。そのときにあたしが綺麗に吹っ飛ばされちゃって。……今思えば、油断してたんだと思う」


「なるほど」


「それから、ラドは魔物を倒したときにああやって念入りに確認してくれるようになったの。だから決して、ラドが元々野蛮ってわけじゃないんだよ」


そうだったのか。

相変わらず過保護だなあと思うが、まあ実際ちゃんと死んでるかを確認するのは大切だよな。次のカニオンへと短剣を突き立てるコンラッドを横目で見やる。


……しかしコンラッドの行動理念が常にエレンってのはどうなんだ。ちらりと麗音を窺えば露骨に「面倒くせえ」という顔をしている。

それをエレンが気付く前に片手で鷲掴んでやめさせようとするが、手の届かないところまで飛び上がってしまった。くそう。

俺が麗音をギリギリと睨んでいると、色濃い影が俺たちを包む。

それにエレンがくつりと笑い声を溢しゆっくりと立ち上がった。


「ラド、終わった?」


「あぁ」


「ちゃんと整えた?」


「あぁ」


整えた、って『掻っ捌いた腹をちゃんと閉じておいた?』ってことだろうか。

知らず知らずのうちに半歩後ずされば、それに気が付かないエレンが「それじゃ、帰ろっか」と荷物を背負った。

コンラッドがエレンからズタ袋を受け取って矢筒と一緒に肩に掛ける。

俺も麗音が座り直していたバズーカを持ち上げ、二人の後に続いてほんの少し傾いた太陽に背を向けた。

確認ボタンの謀反にあいました。次からはもっと余裕を持って投稿しないとダメですね。

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