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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
1.一樹之陰
29/76

29話 「カニ+ライオン=」

「ふぅ、ごちそうさま」


シュガーバタートーストの最後のひとかけを口に押し込めてそう言うと、俺は立ちあがった。

エレンが向かい側でサンドイッチを頬張りつつ見上げてくる。

いつものように一番に食べ終えて周囲に視線を走らせているコンラッドに近づくと、何の用だとでも言うように軽く睨まれた。


「えっと、邪魔してごめん。ここからカニオンをどうやって見つけるのかなって思って。鳴き声を追いかけるのか?」


「枝が」


「え?」


「木の枝が減っている箇所があるだろう」


コンラッドが呟くのに首を傾げて辺りに目を巡らせてみれば、なるほど確かにわさわさと茂っている木の中で見通しが良くなっているところがある。

枝が少なくなっている木がひとかたまりになっているから、そう見えるのだろう。


「ほんとだ。道みたいなのができてる」


「カニオンは周囲の木々の枝を尻尾の鋏で切り取って進む習性がある。それを追う」


「っんん、フースケが言った鳴き声だけど、カニオンは基本的に威嚇のためにしか鳴かないからそれを頼りに追うのは難しいんだよね」


「そっか、なるほど……ありがとな」


サンドイッチに齧り付くために口を大きく開けたエレンがコンラッドの言葉を補足する。

むぐ、と口いっぱいに詰め込んだエレンを横目に、俺は敷物に座り直した。


遅くてごめんね、とすまなそうに謝るエレンに「女の子の方が俺たちより遅いのは当たり前だよ。気にしないからゆっくり食べて」と笑いかけて。

その女の子(エレン)よりもずっと食べるのが遅い麗音に視線を落とした。

飛び抜けて食べ終えるのが遅いくせに、まったりゆっくりとサンドイッチを食べているあたりやはり肝が据わっている。


「麗音はもうちょっと急ごうとしろよ」


「ムグ、食べたアトの、ング、小休憩も、ンンッ、必要ダロ」


「無駄に正論だからムカつくんだよなあ……。あと食べるか喋るかどっちかにしなさい」


「食べてル途中に話しかけてくるフースケが悪イ」


「開き直るな」


ちまちまとパンからはみ出したレタスとハムに齧り付く麗音に溜息をつく。

だが麗音の言う通り、食後は少し休まないと十分に動けないのも事実。

渋い顔をしつつもう一つ溜息を落とし口を噤めば、ふんすと満足げな鼻息が帰って来た。



******



「それじゃ、改めて出発するよー! 忘れ物は無いー?」


「はーい、無いでーす」


冗談めかして答えた俺にエレンがふふふと笑って「よろしい」と胸を張った。

腹がくちくなったからだろう、再びうとうととし出した麗音を頭の上に乗せてゴルフバッグを背負う。


朝よりも食糧分軽くなったはずなのに、背中のゴルフバッグは相変わらず重い。

エネルギーを充填したため、昼休憩の前よりはほんの少し軽くなったように感じるが……それ込みでも重い。うぅ。


……一人でうんうんと唸っていても当然肩にかかる重量は変わらない。

俺は一つ伸びをすると、諦めて足を踏み出した。



ぐるっと泉の周りを半周程歩いて、ようやくさっき見ていたカニオンの通り道に着いた。俺の目線よりいくらか高い所で枝がスパンと切断されている。

ということは、尻尾を持ち上げて歩いているとして、カニオンは俺よりちょっと大きいくらいだろうか。

手を難なく伸ばし自分の目の前の枝を手繰り寄せて何やら確認している様子のコンラッドに、何となく敗北感を抱きつつ地面に視線を移す。


地面には何か硬い物を引き摺った跡のような細い溝が二つできていた。

間は俺二つ分くらい。縦じゃなくて横に、二つ分。


「これは?」


「それもカニオンの通った跡だよ。カニオンは身体の、脇腹らへんからカニの足が四対生えてるの。それを引き摺った跡」


「うえぇ」


そういやそんな話を麗音から聞いたような気がする。

そんな恐ろしい動物、いや魔物か、魔物が俺と同じくらいの大きさだって? ひえええ。

ぴしりと固まった俺に頭上の麗音が「怖気づいたカ?」と欠伸交じりに問いかける。

ムッと口を尖らせた俺は見えない麗音に視線をやって言い放った。


「見てろよ麗音、絶対倒してギャフンと言わせてやる」


「やってミロ。マァ、赤毛娘とヘンテコは既にフタリでサンタイ倒してルんだケドナ」


「ぐぅ」


「様子を見ルに、コノ間初めて倒しタってワケでもなさそうだしナ」


「うぐぐ……俺をからかう時ばっかりイキイキとしやがって……」


そんなに元気なら自分で進め! と頭を横に勢いよく振るとふわりと浮き上がって、動きを止めた途端にまたふわりと着地した。


「――――ホラ、遠足再開みたいダゾ」


「遠足じゃない!」


ぺしぺしと後頭部を叩いて促す麗音に噛み付いて俺は二人に駆け寄る。

くつくつとおかしそうに笑ったエレンが行こうか、と歩き始めると一行は再び前に進み始めた。


「……ナンカ、赤毛娘がリーダーみたいダナ」


「ちょっと思ったけどそういうこと言わないで」


「稀人も形無しダ」


ぐうの音も出ない。

これから精進します、と項垂れれば麗音が「遅れてるゾ」と俺に追撃を掛けた。



「ん、近いね」


そうエレンが零したのは歩き始めてから二十分ほど経ったころだった。

え、と首を傾げると「見て」と地面を指差す。

そこには血の跡が点々と前に続いていた。


「多分カニオンが野生動物を狩った跡だと思うの。兎か鹿かな?」


「げっ」


「鹿」


「ほんとだ、蹄の跡がある。……これ、まだ乾ききってないよな」


ぽそりと呟いた俺にエレンは頷く。

そしてするりとメイスに巻いていた布を取り払って、剥き出しのそれを背負い直した。

コンラッドは既に弓を抜き身で持っていたので、矢筒の蓋を開けるだけで用意が終わる。

俺はというとバズーカをえいやと引っ張り出して、ゴルフバッグは木の根元に畳んで置いておいた。戦闘が終わったら取りに来よう。

俺がバズーカを手に持ったのを見て、エレンとコンラッドが視線を交わす。

それからエレンが殆ど囁きに近い声で話し始めた。


「カニオンは肉食だから物音や気配にはそこまで敏感じゃないの。もし茂みを揺らしたりとか枝を踏んじゃっても落ち着いて」


「うん」


「全員が一方向から襲い掛かるのは効率が悪いから、あたしは右ラドが左に移るね。フースケは武器が重いからここから少し前に進んで待機してて。できるだけあたしたちの始めの位置を把握しておいてくれるかな」


「……体力が減るのは得策じゃないもんな。分かった」


「飛び出す合図はラドの鳴らす笛ね。カニオンの鳴き声は低いから、ピーッて高い音がしたら笛だと思って大丈夫。あと、ラドは木の上から相手を狙うことが多いから矢の進行方向とか気にせずぶっ放しちゃって!」


「了解」


「……このくらいかな。よっし、頑張ろうね!」


エレンはグッと握りこぶしを作ると、俺の肩とコンラッドの腕を軽くはたいて右の方へと去って行った。

その背中を見えなくなるまで目で追って、振り向くと同じようにじっとエレンを見つめていたコンラッドが俺を一瞥して踵を返す。

その背中もしっかりと目に焼き付けて前を向いた。


「麗音はどうする?」


「『見てろ』って言ったのはオマエダロ」


「いや、まあ、そうだけど……そういう意味じゃないだろ」


「何でもイイカラ行け、フースケ! 全速前進ダ!」


「ちょっと、ちゃんと大人しくしてろよ!?」


「シテルシテル」


信用できない。

ようやく俺の頭から離れた麗音をじとりと睨み付けて、俺はできるだけ音を立てずに茂みに足を踏み入れた。



バズーカが突き出ないように縦に持って、摺り足で移動する。

突き当たった木に身を隠して周囲を見渡すと、左の大木にコンラッドが、右の茂みにエレンが見えた。どうやらここはほんの少しだけ高台になっているらしい。二人の位置取りをとりあえず頭に叩き込む。


そしてそうっと前を覗くと、カニオンが二体、きょろきょろと辺りを見回していた。

草食より鈍いと言えどやっぱり野生の魔物、何者かの気配自体には気が付いたようだ。

エレンが未だうっそりと移動中なのを視界に収め、今度はカニオンをじっくりと観察する。


身体の部分は思っていたよりもライオンに瓜二つだった。

相違点は体毛の色が濃く赤っぽいのと、耳が大きく尖っていることぐらいだろうか。

……ゆっくりとガチャガチャ開閉する蟹の脚と、尻尾の先に付いた蟹の鋏っていう決定的な違いはあるけどな!

わぁすごい、百獣の王ライオンが可愛く見えるぞ!

くしゃり、と顔を引きつらせれば麗音に後頭部をべしりと叩かれた。


くるるる、くるる、とやけに可愛い鳴き声――恐らく警戒しているのだろう――を聞きつつバズーカを肩に担ぐ。

思い出すのは数日前、不気味な鳴き声を聞いて恐る恐る駆けつけたらエレンとコンラッドと鉢合わせすることになったあの日。

あのときは焦っていて、改めて自分を思い返すと凄く見苦しかった。

父さんがあそこにいたら何発かぶん殴られていただろう。

心の中で苦笑しつつ、すぅ、はぁ、とゆったり深く呼吸をする。


取り込む酸素と吐き出す二酸化炭素を意識して幾度も繰り返し呼吸を整える。

最後に身体がしっかりと弛緩しているのを確認し、バズーカを握る手に力を入れると、麗音がふと何かに呼ばれるように顔を上げた。

それに釣られて俺もついと空を仰ぐ。

瞬間。


ピィ――――――――ッ!!!


コンラッドが鳴らす甲高い笛の音が、生ぬるい夏の空気を揺さぶった。

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