27話 「黎明」
むくり。目が完全に覚めるより早く、俺は上体を起こした。
「がばっ」ではなく「むくり」である。勢いよく目覚めたわけではないのに何故か布団を跳ね除け、身を起こしていたのだ。
身体に思考が追い付いていない俺はベッドの上に座ったまま瞼を瞬かせる。
今までも目覚めはすっきり爽やかだったのだが、それの比ではない。
ふと脇に目をやれば麗音は未だすぴすぴと寝息を立てていた。
ふむ、麗音のサイコキネシスでもなさそうだ。
なんだかなあ。
傾げていた首をまっすぐに戻し、ぐいと一つ伸びをする。そうして両肩を軽く回しながら息を吐いた。
まぁ、転移の術や喋る風鈴とかと比べればこんなの謎でも何でもないか。
どうせ遠足気分で早く起きてしまった、とかそんなところだろ。……だってほら。
ちらりと正面の壁にかかっている時計に落としていた視線を上げると、長針は昨日起きた時間より三十分も前を指していた。
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風呂場から出てくると、湯を浴びたばかりの肌にひんやりとした空気が触れる。
元々朝の気温が低いのもあるが、風呂場は蒸気で蒸していたからな。身体を冷やさないようにしないと。
わしゃわしゃとタオルで髪の水気を吸い取りながら、そんなことをぼんやり考える。
ぱすんぱすん。
微かに内履きを鳴らして廊下を歩いていると、すぐ横のドアがそうっと開いた。
「あれ、おはよ」
「おはよぉ……フースケ早いねぇ」
「…………」
「エレンとコンラッドこそ」
ふあ、と欠伸を零すエレンに苦笑いで返す。
俺はいつもより随分早く起きた上に一人稽古も軽めに済ませたんだぞ。
二人が起きてくるまで、まだ結構時間があると思っていたのに。
「今何時くらい?」
「六時ちょっと前くらいだったよ」
「まだそんな時間かー」
じゃあ、と風呂場及び洗面所の方へ向かって行く二人に頷いて背を向けて、ぱすんぱすんと止まっていた足を動かす。
髪はもう大分乾いただろう、と手櫛でおざなりに整えると、冷たく湿った髪の毛が指先の体温を奪った。
思わず顔を顰め、もう一度タオルで頭を掻き回す。
そのまま自分の部屋のドアを開くと、麗音がゆっくりとベッドから浮き上がった。
「お、珍しい。麗音おはよ」
「フースケ……」
「どしたの」
恨みがましく揺れている麗音を横目に、肩にかけていたタオルを椅子に放る。
代わりにそこに掛かっていたパーカーを羽織ると、麗音は脇腹に頭突きを繰り出してきた。
「い゛っ」
「オマエふとん畳んで出てったダロ!!」
「えっうそ」
「ホント!!!」
「それはごめん」
「許サン!!!!」
「ほんとごめん」
どうやら俺は今朝、目が覚めた状態のままベッドを放置して部屋を出て行ってしまったらしい。
そのためにまだ寝ていた麗音が寒さで目を覚ましてしまった、と。
……完全に無意識だった。麗音ごめん。
ぎゃんぎゃんと怒鳴る麗音を肩に乗せて、粛々と床に置いていたゴルフバッグを持ち上げた。
それを麗音が乗ってるのと反対側の肩にかけて部屋を出る。
……結局、昨日はじいちゃんが使っていたと思われるバッグを発掘することができなかった。
仕方がないのでゴルフバッグに貰ったもの全部詰め込んでみた次第である。
思っていたよりゴルフバッグはかなり大きく楽に詰め込むことができたから、もしバッグが見つかっていたとしても一緒に持てなかったかもしれないな。
結果オーライ、ということで。
「フースケ! 聞いてんのカ!」
「聞いてる。ごめんて」
「許サン!!!!」
麗音をいなしつつ、ぎっ、と高い音を立てて開いたキッチンのドアから頭を突っ込んで中を覗くが二人はまだいなかった。今も洗面所にいるのかな。
身を起こしてドアを閉める。
……どうしよう。
初めはダイニングにゴルフバッグを置いておこうと思っていたのだが、ぶっつけ本番で魔物相手に術を撃ち込めるだろうか。
あの幻覚はバズーカを使ってないのでノーカンだ。
急にふつふつと底から湧き上がってきた不安に俺は顔を俯かせる。
いや今までも決して遠足気分でいたわけじゃないんだけど。
「…………」
ぶつりと黙り込んだ俺に麗音が訝し気に顔を覗き込んでくる。
「フースケ?」
その麗音の、閉じてるんだか開いてるんだか分からない目をじぃと見つめた。麗音も口を噤んで、ただ俺と目を合わせている。
見つめ合っていたのは正味三秒ほどだっただろうか。目を逸らすのも俺からだった。
頭を傾ける麗音をもう一回ちらと見て、頷く。よし。
何も言わず踵を返す俺に何を思ったのか、もしかしたら何も考えていないかもしれない、麗音は俺の頭の上に大人しく座り直した。
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外はさっき俺が稽古をしていたときよりも僅かに気温が上がったものの、未だ涼し気な風が吹いている。
重いゴルフバッグを芝生の上に置いて、パーカーのチャックを首元まで引き上げた。
一応シャワーを浴びたばかりだからな。風邪を引くと動きが鈍るし、咳やくしゃみが出ると隙ができてしまう。鼻水なんかも集中力を削いでしまうから厄介だ。
「スナオに風邪引きたくナイって言えヨ」
「風邪引きたくない」
「……」
素直に復唱してやると、麗音が舌打ちをして何か言いたげな顔をする。
なんだよ。
ちょっとムッとしつつ、ゴルフバッグのチャックを開けて術式短縮器具を取り出した。
「何スルんダ?」
「試し打ちしとこうと思って」
よっこらせ、と持ち上げた重い鉄の塊を肩に乗せて支える。
一人で森に向かっていたときは焦っていて気が付かなかったが、よく見ればスコープのようなもの――円の型に嵌められたレンズに十字の線が引かれているといった簡単なものだったが――も付いていた。
おお、これはかなり助かる。
早速、スコープを覗き込んで森を見た。
どのくらいの威力か分からないので近くの木を狙うのは避けておこう。万が一折れたりなんかしたら大変だ。
こちら側から二、三本向こうの木に照準を絞る。
「……い、いくぞ」
ドン! ドン! ドン!
擬音にするとバカっぽいが、実際は物凄い迫力だった。
腹の底から揺さぶられるような感覚。ドォン、って音が空きっ腹に響く。
はー……と放心していると、森の方からミシミシという音がした。
慌ててスコープを覗けば、当たった木が傾げている。
あと一発撃ち込めば折れそうだ。ひええ。
長くて重い息を吐く。
立てて置いたバズーカに上半身を傾けてやけに冷えている頭を預けた。心臓がバクバク言っている。
あんなに凄い威力だとは思ってなかった。幻覚では当たった感じしなかったし。
ゆっくりと深呼吸して身体の調子を戻しつつ、ふと瞑っていた目を開く。
と、地面に溝が二つできているのが見えた。
どうやら俺の靴の跡のようだ。反動で後ろにずり下がっていたらしい。
そういや、本物のバズーカは撃つと肩が持っていかれることがあるとか聞いたことがあるような。
これはじいちゃんが作った偽物で、プラス術を撃ち出しているだけだからずり下がるくらいの反動で済んだのかもしれない。
……じいちゃんもそんな怖いもん作るなよ。
再び大きく息を吐いた俺の後頭部に麗音がずしりと乗っかった。重い。
頭を振って麗音を振り払う俺と、それでも乗っかって来ようとする麗音とで無言の攻防を繰り広げていると、後ろでガチャリと扉の開く音がした。
「……何かおっきい音したけど、フースケ?」
ぱちぱち、と目を瞬かせてエレンが顔を覗かせている。
それに首肯を返して、俺はバズーカに預けていた頭を起こした。
ついでにバズーカに付いた土も払って、ゴルフバッグに仕舞い直しておく。
「一回試しに撃っておきたかったんだ。カニオン、だっけ? それ相手に初めてでちゃんと撃てるか分からなかったから」
「そっか。凄い威力なんだね、それ」
ゴルフバッグを背負う俺から森の方へ視線を向けたエレンが呟いた。
俺も振り返って傾げている木を目に焼き付ける。
間違っても狙いを外すなんてことは無いようにしよう、と改めて思った。
じ、っと思考に沈みかけた俺に、一転してエレンは明るく笑うとぱちんと手を叩いてみせる。
「それはそうと! フースケ、レーネ、ご飯出来たよ!」
朝ご飯にしよう! 高らかに宣言したエレンに俺と麗音は目を合わせて一つ笑うと、頷いて玄関扉へと踵を返した。




