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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
1.一樹之陰
26/76

26話 「咀嚼」

ややこしい部分なので分かりにくい表現などがあるかもしれません。今後も叙述を工夫していきますが、説明不十分な点がありましたら教えてもらえると嬉しいです。

本日の晩飯。

米が黄色く色付いたピラフ、トマトとマッシュルームのサラダ、いつもより大きめのスープ皿に入ったスープ。

どれもほかほかと温かく、胃を直接揺さぶるようないい匂いをダイニングに充満させている。

俺はごくりと唾を飲み込んで席に着いた。


いただきますと声を揃えた後、早速ピラフを一口。

何となく色で勘付いてはいたが、やっぱりカレーピラフだった。

日本で食べられている米よりは雑穀に近く、さらさらぱらぱらとした食感だがこれはこれでアリだな。

それに噛んでいるとカレー味に頼りきりではなく、ちゃんと味に深みがあるのが分かる。

ころりとした肉を食むと旨味が凝縮された味がした。

よく炒められた野菜も甘い。美味い。


ピラフの山を半分ほど崩して、今度はサラダにフォークを伸ばす。

生のマッシュルームを薄切りにしたものに、ドレッシングのようなものをかけてトマトを添えたものだ。

ふわっとした食感のマッシュルームはちょっとすっぱくて、ピリリと効いている胡椒をオリーブオイルがマイルドにしている。

すっぱいのはどうやらレモンと酢のようだ。家によくあるあの酢より甘みがあってトマトの味も引き立てている。

うーん美味い。

皿の半分ほど一気に食べ進めてフォークを置いた。次はスープだ。


スープは豆――豆はどうやらレンズ豆という種類らしい――とソーセージ。

昼のホットドッグにも使われていたソーセージだが、煮込むことによって独特の脂っぽさが抜けたような気がする。それでいて、歯を立てるとじゅわりと肉汁が溢れ出てくるのだ。

やっぱりこれも美味い。

スープを啜ると、塩と胡椒じゃどうやっても出せないような野菜のうま味がして。

あれ、何か他に調味料あったっけ。

思わず首を傾げると、エレンが余った野菜のくずを溜めておいてブイヨンを作ったんだ、と教えてくれた。

へえ、ブイヨン。聞いたことあるような無いような。

とりあえず、そうなんだ、と頷いておく。


言い方は悪いかもしれないが、庶民的でいて温かい食事。

エレンとコンラッドが作ってくれる食事がなければ俺は今頃ホームシックになっていたかもしれない、と独り言ちる。

……まあ、当の片割れは「味なんて知るか」みたいな勢いで食事を掻き込んでいるわけだが。


俺はスプーンを置いてげっそりと斜め前のコンラッドを見やる。

視界に入ったもの全てを食い尽くすような勢いで食べ進める様子はまだ見慣れそうもない。

よーし、俺も負けてられないぞ! なんて張り合えるような速さじゃないのだ。見ていても口周りの筋肉が疲れてくるような気がする。

…………しかし、俺もあれを真似すれば背が伸びるのだろうか。

目測十センチに思いを馳せつつソーセージを口に詰め込んでいると、正面のエレンがもぐもぐごくんとトマトを飲み込んで口を開いた。


「そういえばフースケってどうやって元の世界に戻るの?」


「……うん?」


「あ、食事中にいきなりごめんね。急に居なくなられたら困るから聞いておけ、ってラドが言っててさぁ」


そうか、コンラッドが。依頼クエストの後処理とかかな?

ピラフを嚥下し思考を潜らせる。

――――そういえば俺、元の世界への戻り方も分からないどころか、向こうが今どうなっているのかすら知らないな。

こっちにいる間、向こうの時間経過とかどうなってるんだろう。

じいちゃんが帰って来れることを仄めかしていたから、全く気にも留めていなかった。

少し顔を曇らせて、麗音、と一つ名前を呼べばスープ皿に頭を突っ込んでいた麗音が顔を出す。


「ン? フースケの戻りカタ?」


「そうだよ、麗音ってば何も教えてくれてなかったろ」


「ソリャ聞かれなかったカラナ」


麗音は面倒臭そうに顔を顰めると、ぐいとスープを一気に飲み干しテーブルに置く。

汚れている口元を布巾で拭ってやれば、うざったそうに俺の手を潜り抜けてテーブルの真上にふよふよと浮かんだ。


「フースケはいつでも帰るコトが出来るゾ」


「えっ」


「黙って聞ケヨ。イイカ、稀人がコッチに来ルには使者の許可が必要ダってのはフースケも知ってルダロ? コッチから戻るのも同じコトダ、転移の術を使えばスグにだって帰れル」


「使者……っていうのは麗音のこと、なんだよね?」


「『レーネたち』ってのが正しいナ。稀人はオマエだけじゃナイって話ハ前に聞いてルはずだゾ馬鹿」


「あっ、バッ、そんぐらい覚えてるよ!」


思わず立ち上がって麗音の尻尾を掴もうとするもスルリと躱される。

ギリギリ届かない指の先で麗音がこれ見よがしに尻尾を揺らすのに、俺は地団太を踏んだ。

そんな俺と麗音を見比べてエレンは首を傾ける。


「んん、フースケはいつでも帰れたんだよね。じゃあフースケはどうしてここで寝泊まりしてるの? 夜の間だけ戻るってことも麗音が許せばできるんじゃないの?」


「稀人を元の世界に戻すノハ仕事を一つこなしてからって決まってルんダ。……厳密ニハ規定ってワケじゃナイ、モットフワッとした、アンモクの了解ってヤツなんだけどナ」


しらっとした顔で嘯く麗音を俺は動きを止めてじぃと見つめる。


「……本音は?」


「オマエの送り迎えでイチイチ体力削られてたまるカ」


「そんなことだろうと思った」


(むね)を張った麗音に溜息をついて椅子に座り直す。

一口啜ったスープは少し温くなっていたが、それでも十二分に美味しかった。

マッシュルームサラダを残りの半分ほどフォークで攫ってから「でもさ」と麗音に改めて顔を向ける。


「仕事が一つ、って俺はまだ何の仕事も受けてないよな? ギルドの依頼はこれからこなすけれど、それはマレビトの仕事じゃないし」


「今回ハちゅーとりあるってコトでくえすとを終えたら帰すツモリだっタ」


「初耳」


俺が口端をひくりと引き攣らせるのと同時に、目前の食糧を全て腹に収め終えたコンラッドが麗音を仰ぎ見てぼそりと呟いた。


「いつまで」


「オマエ阿保カ? ぎるどに報告スルマデがくえすとダロ」


「……どう考えてもそういうことじゃないだろ。もっと具体的にだってば」


「フースケ、オマエまで何様のつもりダ。……ぎるどカラ拠点に帰って来たらダナ」


コンラッドは麗音から満足のいく答えを引き出すと、あとはどうでもいいとでも言うようにテーブルの中央に置いてあるポットに手を伸ばす。

入れ替わるように、俺と麗音とコンラッドの問答の間ずっと何かを考え込んでいたエレンがおそるおそる顔を上げた。

もさもさとピラフを頬張っていた俺はエレンに視線を移す。


「じゃあさ、フースケとは次いつ会えるの?」


「っんん、そ、そうだよ! 向こうの時間とかどうなってるんだ!?」


「落ち着ケ」


俺が尻尾を狙うのを諦めたと知るや、さっさと席に戻って食事を再開させていた麗音が吐き捨てる。

そのままモグモグと何口か食べ進めて、きちんと飲み込んでから口を開いた。


「アッチとコッチの時間にズレは無イ。術で何とか縮めればコッチでの一週間を三時間くらいにするコトが出来ルガ……アッチでの時間をコッチで縮めるコトは出来ナイ。オマエらが次に会うノハ約一週間後ってところダナ」


「……えーっと? つまり?」


「ホンットにオマエは馬鹿ダナ。馬鹿中の馬鹿ダ」


「否定はできないけど今のは麗音の説明も下手だと思う」


「ムグ…………ツマリダ。コッチでの時間を三時間に縮めたとスル。で、フースケは学校とやらがアルから次に来ルのは週末になるダロ? ソレマデの五日間をコッチでの三時間に縮めるコトは出来ナイ、というワケダ。

 コノ説明ナラ流石に馬鹿フースケでも分かったダロ!」


「その『馬鹿フースケ』ってのやめて」


「?」


「何のことか分からないって顔もやめろ!」


俺と麗音のやりとりを正面で大人しく聞いていたエレンは、ふと思い詰めたような顔をして眉を寄せる。


「レーネ、フースケがいない間あたしたちに出来ることって何かあるかな」


「無イ。せいぜいくえすとをこなして小遣い稼ぎをスルくらいじゃナイカ。――――小遣い稼ぎって言っテモぎるどのくえすと程度だカラナ。今はマダあり得ないコトダガ、今後今代稀人フースケが有名になっタとしてモ、『稀人の仲間』個人宛の依頼は受けルなヨ」


エレンは麗音の言葉を咀嚼しようと口元に手をやって宙に視線を彷徨わせる。

そんなエレンをちらりと見て、麗音はピラフに顔を埋めた。


「えーっと要するに、『エレン(あたし)』宛の依頼はいいけど『マレビトの仲間』の『エレン(あたし)』宛の仕事は受けちゃ駄目ってことだよね? 分かった!」


エレンが素直に麗音に頷く横で、カップを置いたコンラッドが流し目で俺を睨み付けてくる。

「まだマレビト(おまえ)の仲間じゃねーよ」ってことですかね。

コンラッドさん、喋ってくれないと分からない上に怖いです。

あと「マレビトの仲間」発言したの俺じゃなくて麗音だからな。

鋭く光る金の眼からそっと目を逸らし、俺はソーセージの最後の一欠片を口に放り込んだ。

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