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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
1.一樹之陰
24/76

24話 「幻影手引き」

「『風弾(フウダン)』」


開いたページの呪術を声に出して反復する。

脳の中の術書に尋ねるまでもなく、回答はずるりと目前に表れた。

風弾とは、風塊フウカイを何度も連続して飛ばす術、だそうな。

――――ようするに、基本である風塊の上位互換ってことでいいのだろうか。


「なんだ、まともな呪術じゃん、よかったー。これ連続で何発飛ばせるんだろうな」


「……チッ」


「ちょっと待て今何で舌打ちした」


面白くない、とデカく顔に書いてある麗音をぎゅぎゅっとおにぎりの刑に処すと、即座に反撃の尻尾アッパーを喰らう。

ぷんすこと手の届かないところまで浮かび上がってしまった麗音を尻目に、もう一度術書を開いた。

もっと詳しく、できれば何発連射できるのかくらいは知りたい。



目を閉じて深く集中すれば、脳裏に見たことのない森の景色がぶわりと広がった。自分は今さっきからまるでその中に立っていたようで。

頭を、視線を動かせばその通りに視界が動く。

何かの重みに手元へと目を落とせば、両手に例の術書が収まっていた。


あれ、と思う間に術書が淡い光を灯して足元に陣を展開する。

呆けて眺めているうちに、それが術部屋の床と同じ陣だと思い当たった。

術書と同じ色で輝くそれから柔らかな風が吹き上げて、髪が乱される感覚が伝わる。

術書のページが風に煽られるようにぱらぱらと捲られ見覚えのあるページで止まった。


『風弾』


誰の声でもない声が響く。

俺と言われれば俺かもしれないし、麗音と言われれば麗音の声かもしれない、そういう声だった。

今のは自分だったのだろうか。

喉に手をやろうとして、俺は意識がしっかりとしているのに身体が自分の意思で動かせないことに気が付いた。さっきまでは普通に動けたはずなのに……。

言いようのない恐怖が背筋を走り抜けるが「俺」は止まってくれない。

びしり、とまっすぐ前を「俺」の人差し指が差した。

手の甲に刻まれた淡い水色のマレビトの印が目に映る。


『備え』


また、あの声だ。

おいおいおいおいちょっと待って、まだ、そんな。完全に腰が引けてしまっている意識のみの俺が騒ぐが、知ったことかと足元の陣がゆっくり回って上昇を始める。

俺が叫ぼうとしようが喚こうとしようが滑らかに昇ってきた陣は、肩のあたりであっさりと動きを止めた。ほっ。

……と、息をつく暇もなく陣は光の筋となって印に吸い込まれ、陣を吸収した印はぼんやりと光を帯びた。その光は段々と強くなっていく。

だから待ってってば。


『放て』


声に反応したのだろう。カッと燃えるように印が熱を持つ。

加えて何かが腹の底からこみ上げてくるようなのも感じた。

叫びたい衝動がけたたましく身体を駆け巡るが喉がつっかえたかのように声が出ない。

そして――――――――。



ハッと瞬きすると、いつの間にかオレンジの炎と碧い光が混じる薄暗い術部屋の中に俺は立っていた。

……いや、違う、多分ずっと俺は術部屋にいたんだ。

呆然と己の右手を見つめていた俺の耳元で麗音が意地悪そうに笑う。


「何発だっタ?」


「……三発」


はあ、と先程までの余韻を吐き出せば身体の力がへなへなと抜けてしまった。

俺は屈みこんだ姿勢のまま、無理矢理顔を上げて麗音を見据える。


「あれは脳に術書もどきが入ったのと関係ある、んだよな?」


「オウヨ。さながら、オマケってトコだナ」


「あれがオマケ……」


がっくりと頭までも抱え込んで深く細く長く息を吐いたとき、木製の扉が三度硬い音を響かせた。

……ひとまず俺は落ち着いて「何やってんだヨ」と怒鳴ってべしべしべしと頭を叩いてくる麗音の尻尾を鷲掴む。


尚も繰り出される攻撃に身体を反らし、そのままえいやとドアを振り返った。

声を軽く整えて、どーぞ、と声を張り上げればエレンがひょこりと顔を出す。もちろん後ろにはコンラッドも控えていた。

俺は右手で暴れる麗音を放し、ゆっくりと立ち上がった。


「フースケ、今大丈夫?」


「……ある意味ナイスタイミングだよ。どうしたの?」


「あのね、今からちょっと買い出しに行こうと思ってて」


「……買い出し?」


「ここまでの旅で切らしてたものとかがあるから、一旦ここで補充しておこうかってラドと話してたの」


「なるほど」


俺が軽く頷くとエレンは「それで」と緩く首を傾けた。


「フースケはついでに何か買ってきてほしい物とかある?」


買ってきてほしい物……買ってきてほしい物かあ。

ふむ。それ明日の依頼(クエスト)で必要になる物ってことだよな?

宙を仰いで自分の装備と屋敷の備品を思い出す。

うーん……食糧はまだ大量にあるし、動きやすい服もあるし、当たり前だけど武器の類もいらないし。


「麗音、水筒とか小型ナイフとかはあるよな?」


「先代のお古がアルゾ」


だよなあ。

きっぱりと言い放った麗音から目を逸らし、俯いて顎に手を当てる。

ほんっと俺サバイバル用品とか分かんないんだよ。

例えばじいちゃんがいた時より劣化してそうなもの、とかか?


「それだったら……とりあえず救急セットかなあ」


「ソレもアルゾ」


「でも劣化してたら嫌だろ」


「ムウ」


「分かった、じゃあ多めに補充しておくね!」


エレンが外出用のポーチから、自身の小さな手のひらに収まるくらいの薄い紙の束を取り出して、ちょこちょことメモを取る。

そんなエレンと場所を入れ替わるように前に出たコンラッドは、持っていた赤茶のバスケットを俺にぐいと押し付けた。


「……これは?」


「あ、それはお昼ごはん。サンドイッチとホットドッグが入ってるから二人で食べてね」


レパートリー少なくてごめん、とメモをしまいつつ苦笑するエレンに麗音の分までしっかりと感謝する。

本当に毎度毎度ありがとうございます。


受け取ったバスケットを机に置こうと背を向けると、ちくりとコンラッドの視線が背中に刺さった。

これは警戒されてるのだろうか。

気付かないふりをして向き直れば、二人が部屋のドアを開き部屋から出て行こうとしているところだった。

ドアノブから手を放したエレンがにぱっと笑って振り返る。


「じゃ、行ってきます!」


「いってらっしゃい」


片手を振って玄関へ歩いて行くエレンの背中を笑顔で見送って、ふと目の前に視線を戻すとコンラッドが未だドア付近で突っ立っていた。

え、なに? どしたの?


「コンラッドも、い、いってらっしゃい?」


首を傾げつつもへらりと笑ってみせると、コンラッドは冷たく目を眇め何も言わず踵を返す。

エレンよりもずっと速い速度で遠ざかっていく背中を見えなくなるまで眺めて、やっとドアを閉めると知れず重い溜息が零れた。


「うーむ……俺なんもしてないよなあ……? 『いってらっしゃい』って言ってほしかった、なんてのは絶対ありえないし……」


悶々としつつも黒いゴルフバッグからバズーカを取り出して、陣の上に立てて置く。

ぼんやりと光る二つの陣を前に術書に手を伸ばすが、意識が飲み込まれたさっきのこともあり、何となく素直に開く気にならない。

緩く息を吐いて持ち上げた手を後頭部に回しガリガリと掻き乱した。

そんな俺の頭の上を麗音がくるりと一周する。


「オマエ、やけにアイツを気にスルナ」


「えっ、そう? ……エレンは感情表現が分かりやすいしいっぱい喋ってくれるけど、コンラッドは無表情の上にあんまり口を開いてくれないからかなぁ」


「マァ、分からなくもナイ」


続けて宙返りする麗音を仄かな碧い光が照らす。

麗音の白いつやりとした身体に反射し、薄まる碧を俺は目で追った。


「確かに寡黙なヤツほど気にはなるよナ。ソレはよーく分かル。

 ケドな、あんまり喋らないヤツってのは案外何も考えてないバカが多イ。……ソンなのを気にスル暇があるナラ、赤毛娘みたいなヤツの方を警戒シロ。

 アアやってペラペラ喋ってコロコロ表情を変えられるヤツの方が、実は腹の中が真っクロだったりスルんだゾ」


「エレンはそんなんじゃない」


「例えダロ。――――ダガ、オマエは稀人マレビトダ。稀人になったカラには人を見極めるチカラを、必ず、身に付けなけレバならナイ」


「人を見極める、力」


「ソウダ」


「……難しいなあ」


「デモ、ヤレ」


いつになく機械的に呟いた麗音に気圧されたように頷く。

ああでも、そうか、俺がダメダメだと皆に迷惑がかかるのか。

麗音にも、仲間にも、俺より前のマレビトにも。


俺はまだマレビトになって一週間も経ってないへなちょこだとか、そんなことは関係なくて。

マレビトを受け継いだ以上、俺の尻拭いをするのは麗音なんだ。

マレビトがどのくらい偉い役職で、どんな役割で、どんな仕事をすればいいのか全く分かっていないけれど、それでも。


「……うん、俺頑張るから」


数日前のように両手で握りこぶしを作り麗音を正面に見据えれば、麗音は「当然ダロ」と鼻で笑った。

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