23話 「『呪術』が悪いものとは限らない」
ちょっと術部屋に篭ってくるね、と何やら部屋でごそごそやっていた二人に言い残し、屋敷の廊下を奥まで進む。
麗音が珍しくも二度寝せずにふよふよと後を付いてきたが、指摘すると戻ってしまいそうなので止めておいた。
あの暗い部屋に一人はなかなか寂しいものがある。
麗音に意識をやりつつ甲高い音を鳴らして木の扉を開くと、案の定どっぷりと暗い室内から冷たい空気が流れ込んできた。
「前は気が付かなかったけど、ここ換気孔あるんだね」
「ハァ? 無けりゃロウソクの二酸化炭素でアッという間に窒息死ダロ」
「た、確かに……」
麗音の言葉にひくりと口端を引き攣らせつつ部屋に足を踏み入れると、陣が仄かに碧い光を発する。これも三回目にもなればもう慣れたものだ。
陣の光を頼りにマッチを擦り、壁に埋め込まれている燭台に一つ一つ火を灯していく。
ぐるりと部屋を一周して麗音が目の前に戻ってきたところでマッチの火を吹き消して、念のため靴で踏んでからブリキの缶に放り込んだ。
さて。
「術式短縮器具に記憶させる術を選ぼうと思って来たわけだけど……魔物に効きやすい術とかある?」
「特に無イ」
「そっかぁ」
やや肩を落としながらゴルフバッグを開けて、とりあえず術書だけを取り出す。
バズーカはとりあえず後回し。
触れるとどちらもぼんやりと光り熱を持ち始めるが、バズーカの方は手を放すとすぐにおさまった。
どういう原理なのかはまだよく分かっていない。
青磁の飾り模様が光を帯びている皮の表紙をぺらりと捲る。
ロウソクを点け陣が光を放っても薄暗い室内だが、これもマレビトの恩恵なのか術書を既に頭の中に取り込んであるからか、難なく読むことができた。
術書にはページ毎に一つずつ術が記されてある。
はじめの六ページには基本の術である砂礫、火球、水球、蔦枷、電縛、風塊。それぞれ順番に目くらまし、攻撃、攻撃、拘束、麻痺、攻撃の術である。
空気砲のでかいバージョンみたいなやつを攻撃と呼べるのかは分からないけど。
その他は殆どが風の術で、風――というか空気だろこれ――を刃みたいに鋭くスパッと斬れるようなもの変えて飛ばす術とか、相手やその武器を搦めとって竜巻みたいに噴き上げる術とか、変わり種なら柔らかい風を起こして味方をフォローする術とか。
ちなみに術名は順に風刀、辻風、追風――――……あっ今なんか我慢してたのが一気にゴリッときた。
「麗音ぇ、この術名って何とかならないの? 『ぼくのかんがえた異能の技名一覧』みたいな感じが中学二年を思い出して物凄く居た堪れないんだけど……」
「ハァ? オマエの先祖が付けてった名前ダ、ガキの即興なんかとは重みが違うゾ」
「うぅ……そうかもしれないけどさぁ……」
眉根を寄せる麗音に頭を抱える。
凄いよ。確かに凄いんだ。こんな術を俺が使えるんだと思うとすっごくわくわくするんだけど、それと同時に何かがガリガリと削れていくんだよ……。唯一の救いは術名を叫ばなくていいってところだよ……。
遠い目をしていると、麗音がやれやれとでも言うように溜息をついた。
「そんなに嫌ナラ別にオマエが一新してもイイんダゾ?」
「いや、俺の付けた術名が代々受け継がれるとか羞恥で死にたくなるから結構です」
「ソウカ」
「うん」
ゆっくりと息を吸い、吐き出して、もう一度術書に向き直る。
えーっと他には? 風を今度は槍のようなもの変えて飛ばす「風鉾」に、それの上位交換でそれをいっぺんに沢山飛ばす「風真槍」と…………うぐぐ、キツい。
大体、何でも「風」が付けばいいってもんじゃないだろ……。
思い出し羞恥と戦いながら、喘ぐようにまた麗音を呼んだ。
「麗音麗音、どう考えてもバズーカから出せなさそうな術があるんだけど」
「ドレダ?」
「えー、あー、ふ、風伝とか、か、風踏とか……」
くっそ、これ口に出すと想像以上に恥ずかしいな!
熱を持つ頬を片手で仰いで誤魔化す。
ちなみに前者は遠くの音を聞く術――不自然な風が吹くために、バレるリスクが伴うらしい――で、後者は空気を固めて歩けるようにする術――固めたところが見えないのと下から丸見えなのが難点らしい――だ。
もうぶっちゃけ風とか関係ないだろ。かなり無理のあるこじつけだぞ。
「アァ、アッチのばずーかとやらはその筒の先で攻撃スルモノなんだってナ」
「……まぁ大方そんなもんかな」
「オマエはソノいめーじに引っ張られすぎダ。術式短縮器具は底にアル陣で術を発動させル」
「攻撃の術が筒を通って出てくるだけで、実際に重要なのはその陣ってことか」
「ソウいうコトダ」
「なるほどな」
ふんふんと頷いてぺらりと術書を捲る。
そのページには強力な術が記されていたが、脳がNGを出したので残念だがしっかりと読まずに次に進んだ。多分今の俺じゃコントロールできないとかそんな感じなのだろう。
便利な脳みそだ、と片隅で思いつつその「便利な脳みそ」に何となく引っ掛かったことをそのまま口に出した。
「でもさ、その陣で術を発動させるってことは、こんな重いバズーカ持たなくてもその陣を、例えばネックレスか何かにしてもらえばよかったんじゃないの?」
「マァ、ソウだナ」
あっさりと肯定した麗音に捲っていた手を止めて、ぐりんと振り返った。
脳が術書としての機能を中断したからなのか、温まっていた頭が若干冷えたように感じる。
「えっ、麗音は気付いてたの?」
「当たり前ダロ」
「ならじいちゃん止めてよ!」
掴みかかるように叫ぶと麗音がふいと目を逸らした。
「……オマエならノリノリで設計図を書くフーゴを止められるカ?」
「止め……られない」
「ダロ?」
ガンガンと痛む頭を押さえて、部屋の隅に立てかけてあるゴルフバッグに目を向けた。
今すぐにでもバズーカの底だけ切り取ってしまいたいところだが、マーカスさんが作ってくれた労力や整備してくれたことを考えると到底できそうにない……。
よし、武器の形をしていた方が照準とかも合わせやすいかもしれないな、とプラスに考えることにしよう。
…………設計するのも大変だっただろうしな。
「仕方ないかぁ」
一つ溜息をついてバズーカをゴルフバックから引っ張り出すと、麗音が「ヤッパリ」と俺の頭の上に腰掛ける。……なんだよ。
「オマエって相当お人好しダヨナ」
「よく言われる」
「ソレで貧乏クジ引くタイプダ」
「……よく言われる」
「ホンット馬鹿ダナ」
「うるせー! それもよく言われる!!」
頭をしっちゃかめっちゃかに振ってやると、麗音はあっさりと頭の上から離れた。目を回し損になった俺は机に手を掛けてよろよろと立ち上がる。
バカだと言われたそばからまたバカなことをしてしまった……。
と、とりあえず記憶させる術を選ばないと。
「麗音さん、何かおすすめとかありますか」
術書を一旦閉じて、もう一度始めから捲っていく。
戦闘なんてしたことがないからどういう術がエレンとコンラッドの役に立つのかよく分からない。
攻撃の術で間違ってエレン撃っちゃったりしたらとか考えると怖いし。
下手に風を動かす術使ってコンラッドの弓の邪魔しちゃったら嫌だし。
麗音ならこれまでのマレビトの戦闘を傍で見ていただろうから、俺よりずっと詳しいはずだ。
期待を込めて麗音を見ると、麗音は面倒くさそうに顔を歪めた。
だからその顔はマスコットめいてる麗音がするとビックリするほど似合わないんだってば。
「フースケ、ソレ貸セ」
どうぞ、と俺が差し出すより早く俺から術書を奪い取った麗音は、机にそれを乗せる。そして、ぱらぱらとサイコキネシスでページを捲り始めた。
おお、真面目に選んでくれるのか……。
正直突っ撥ねられると思っていたので、俺は少し目を見張った。
なんだかんだ言いつつ麗音って結構優しいとこあるよな。
にこやかに黙って麗音と術書に視線を注いでいると、麗音のページを捲る速さがどんどん増していくのに気が付く。
ん? あれ?
俺が首を傾げている間にもスピードはどんどんどんどん増して、え、ちょっと。
雲行きが怪しくなってきたので麗音を止めようと口を開いたとき、麗音がタン、ととあるページに手を置いた。
「コレダ!」
「今の百パー適当に決めただろ!!」
ドヤ顔で振り向く麗音を鷲掴んでツッコミをいれると、手の中でその顔をムッと顰めた。
「フースケが決めロって言ったんダロ」
「麗音におすすめは聞いたけど決めろとは言ってない!!」
「ウルセー、フースケはイチイチ長いんダヨ! いいからコレにしロ」
「えぇ―……?」
開いたままのページを恐る恐る覗くと、そこには『風弾』の術が記されていた。
中学二年生を思い出して恥ずかしいのは私です。




