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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
1.一樹之陰
22/76

22話 「ぼくらのクエスト」 

「受けたのはカニオンの残党狩りだ」


コンラッドが食べ終えた皿を横に寄せて、ウエストポーチから半分に折り畳まれた茶色の紙を取り出した。テーブルの上で皺を伸ばす。

依頼クエスト内容が書かれたごわごわのそれを、俺は啜っていた紅茶のカップをソーサーに置いて覗き込んだ。


「カニオンは何体?」


「二体」


「期限は?」


「一週間弱」


「ふぅん、そこまで切羽詰まってるわけでもないんだね」


エレンとコンラッドの応酬を聞きつつ紙に目を通す。

クエスト名、カニオンの討伐。

どでかい威圧的な題字と以下つらつらと並ぶカタカナのような文字に目が滑った。

しかし全部カタカナ以下略って読みにくい……。

ちゃんとしたカタカナだったらもう少し楽なのかな。


俺が異界の文字に四苦八苦していると、エレンがコンラッドのポーチをがさごそと漁って丁寧に折り畳まれた地図――どうやらヴェントの地図らしい――を取り出した。

そして使い込まれてつるつるしているそれの、ある一点を指で示す。

地図の擦り切れた文字に目を凝らせば、きちんと切り揃えた爪の先に用紙の「クエストポイント」という項目に書かれているのと同じ表記を見つけた。

……エレンが言うには二人と会った森より少し奥に入ったところ、らしい。


どうやら思っていたよりも近所のようだ。

野宿の心配はしなくて済みそうだな、とほっと息をつく。

平和な世に生まれたごくごく普通の男子高校生なので、もちろん野宿なんて一度もしたことがない。それどころか生まれてこのかたキャンプすらしたことがない。

だから実は今この時点で既に結構いっぱいいっぱいなのだが……っと、それはとりあえず横に置いておこう。


ふと地図から顔を上げると既にコンラッドは涼しげな顔で紅茶のカップを傾け、エレンは宙を仰いで何やら指折り数え始めていた。

俺はそんな二人を横目に、隣で機能停止していた麗音をそっと揺り起こす。


「麗音、ちょっと麗音、起きてる?」


「……起キテル」


嘘つけ。

普段よりますます舌足らずになっている麗音の濡れた口元を拭ってやり、空になっている皿を自分の皿の山に積み上げる。

それからポットに残っているまだ熱い渋くなった紅茶をカップに注いで麗音に差し出した。


ほどなくして「う゛ぁ~」と妙な呻き声を上げてからだを何度か振った麗音はどうやらしっかり目を覚ましたようだ。

……まあ実際には麗音の目はいつも閉じているようにしか見えないのだけれど。


「起きた?」


「最初っカラ起きてタ!」


テーブルについていた俺の手をべしんと尻尾ではたいてから、麗音はふわりと浮上した。

そのままさっき俺たちが覗き込んでいた紙と地図を上から眺めてはゆらゆらと揺れる。

そして麗音はおもむろにエレンとコンラッドを振り返った。


「コノくえすとはフースケが行っても問題ナイのカ?」


「うん?」


きょとりと首を傾げたエレンに麗音はホラ、ともどかしそうに白い陶器の手をぱたぱた動かす。


「レベルだナンだとハゲが言ってたダロ」


「ぎ、ギルド長のことをハゲって言うのやめろよ!」


「通じてルんだから別にイイダロ」


ぐっ、と言葉に詰まった俺とせせら笑う麗音に「失礼だよ」と苦笑したエレンは、ひょいと隣のコンラッドを窺った。

エレンを追いかけるようにして集まった二人と一体の視線に、紅茶を啜っていたコンラッドは一つ瞬きをして渋々口を開く。


「……レベル差があるだろう」


「レベル差?」


「うん。ギルド長が同行者のレベルやその他諸々を考慮して、問題無さそうならレベル外の依頼も受けられたりするんだ。それで、あたしたち六年も旅してるし多分そこそこのレベルだと思うから……」


「レベル最底辺のフースケでも行けるのカ。なるほどナ」


「確かにそうだけど最底辺って言うのやめて」


軽く頷く麗音にツッコみつつ、その頭越しに不機嫌そうにエレンをねめつけるコンラッドと笑いながらコンラッドを宥めにかかるエレンを見る。

仲良きことはうつくしきかな、なんてな。


――――おっと、そんなことを呑気に考えている場合じゃない。

二人を見ていた生暖かい眼差しを引っ込め、テーブルに広げられた紙に視線を移してそれを手に取った。

読み辛いのを何とか噛み砕いてみると、エレンとコンラッドが話してくれたのと殆ど変わらないような内容が連なっている。

それを一つ一つ確認しながら目を通していくと下に不思議な余白があるのを見つけた。


「ここ、空いてるんだけど……」


遠慮がちに言葉を発した俺に、エレンがぱっと向き直って「ああ、それはね」と人差し指を立てる。


「依頼の詳細や情報との相違点を書いてギルドに提出するの。達成報告も兼ねてるんだよ」


「昨日エレンとコンラッドが届け出してたやつか」


「そうそう。それを決められた期間以内に提出しないと依頼失敗って見なされるんだ。たまにそれでレベルが変動したりするから気を付けてね。……まぁ、当の期間は依頼によってまちまちなんだけど」


へえ、と相槌を打って手の中の紙を丁寧に二つ折りにする。

そんな大切なものをコンラッドはウエストポーチに入れて戦っているのだろうか。

確かにごわごわがさがさしているだけあって現世こっちの紙よりは耐久力はありそうだけども。


「これ、依頼をこなしているうちに破れたり汚れたりしないの?」


「ギルドで控えを取っててくれるから大丈夫!」


「そりゃすごい」


下手な企業や、ともすれば役所なんかよりよっぽど丁寧だ。

ギルドのトップはきっと頭がいいんだろうな。当然と言えば当然だが。


黙って俺とエレンの話を聞いていた麗音が「ヨシ!」と勢いよく空中で身体を起こした。

……ほんと、無駄に器用な真似をするやつだなあ。


「ソウと決まレバ早速出発するゾ!」


「駄目だ」


むん、と胸を張った麗音を切り捨てるようにコンラッドがぴしゃりと言い放った。


「じゃあいつ行くつもりダヨ! 早くしないと日が暮レルダロ!」


「明朝」


そりゃあ今からすぐにって言うのが無理なのは分かるけど、明日?

近所で、しかも野宿の心配もいらないのに?

訳が分からず首を傾ける俺と憤慨する麗音にエレンがフォローを入れる。


「今から行ったら帰りは夜になっちゃうでしょ? 夜の森って言うのは結構危険でね、慣れてないフースケを連れて行くのはリスクが高いかなーって。もちろん、これからゆっくりと慣れてもらうつもりだけど」


「……ご迷惑をおかけします」


「いいっていいって! 誰でも最初は初心者だもん!」


にかりと快活に笑ったエレンは「それで」と続けた。


「何かアクシデントがあって道中時間がかかったりするかもしれないから食糧も用意しなくちゃいけないし、フースケも術とかの準備があるんじゃない? ……あたしたちも武器の手入れちゃんとしておかなくちゃ」


武器、武器かあ……。

術部屋に置いてあるバズーカと術書に思いを馳せかけて、はたと目の前のエレンとコンラッドを見つめる。


「そういえば、二人の武器って弓とメイスだったよな? 弓ってもうちょい大きいイメージだったし、メイスも珍しい武器だよなーって何となく思ってたんだ」


何気なく紅茶を飲みつつぼんやりと呟けば、正面のエレンが「うん?」と首を傾げた。


「フースケが言ってるのは長弓のことかな? ラドが今使ってるのは短弓って言うんだけど、長弓は旅するのに邪魔だからって持ってないんだ。使いたいときは武器屋でレンタルしてもらうんだよ!」


「ああ、確かにかさばりそうだ」


俺が頷くと「村を出てきた時には長弓も持ってたんだけどね」と付け足して、エレンが困ったように笑った。


「で、あとはメイスが珍しいって話だっけ? 確かに女の子で使っている人は少ないかもしれないけど、メイス自体はこっちではそんなに珍しくもないんだよ! ラドが弓が得意なように、あたしは槍だとか棒状の武器を使うのが得意でね! でも刃物って扱うのに結構神経使うんだ。だったらメイス使うしかないかなーって。

 ……まぁ、どっちも血が付くと手入れが大変なのには変わりないんだけど」


「なるほどなぁ」


感心したように俺が呟くのと同時にガタン、とコンラッドが皿を持っていきなり席を立った。

驚いて見上げる俺を一瞥してダイニングを出て行く。

あわあわと一瞬狼狽したエレンが「ごめん、ラド手伝いに行くね!」と同じように立ち上がった。

それに生返事を返してコンラッドと同じように部屋を去るエレンを見送った。


二人がいなくなると、しんとダイニングに沈黙が落ちる。

俺はいつの間にか頭の上に乗っていた麗音を摘み上げ、至近距離で見つめ合った。


「……俺、何かした?」


「知るカ。アレの行動がイミフメイなのは今更ダロ」


「まあ、うん、そうなんだけどさ」


それでも小首を傾げていると麗音がまた騒いで急かすので、俺は溜息を落とし二人の行動をなぞるように皿を持ってダイニングを出た。

高飛車が行方不明。

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