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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
プロローグ
2/76

02話 「とんでもない家宝」

「じいちゃんじいちゃんじいちゃん!!」


「おう、どうした風介」


「なんか声! 声が!!!」


「ほほう。その様子だと適性はあるみたいだな」


スパーンと大きな音を立てて障子を開き、転がり込むように部屋に入ってきた孫を咎めるでもなく部屋の主は快活に笑った。

へなへなと座り込む俺を尻目に、じいちゃんは押入れから鶯色の座布団を取り出して、丁度淹れていたらしい緑茶を二つの湯呑みに注ぐ。


「まあ座って茶でも飲みんさい」と卓袱台ちゃぶだいに湯呑みを乗せて呑気にじいちゃんは緑茶を啜る。その様子に何だか俺も毒気が抜けてしまって、言われるがまま鶯色に腰を落とした。

ふうふうと冷まして緑茶を一口含むと、ほぅと唇から吐息が逃げる。



幾分か落ち着いたところで俺は本題を切り出した。


「じいちゃん、あれは何なの? 喋ったのって本当にあの風鈴?」


「声を発したのは明白に風鈴だが、あれが何なのかは正直よく分かっておらん」


「……は?」


「いいか、風介。これから突拍子もないことをお前に話す。あまりにもぶっ飛んでてすぐには信じれん話かもしれんが……なんとか、のんびり時間をかけて飲み込んでくれや」


ずず、ともう一口緑茶を啜ってじいちゃんは背筋を伸ばす。それにならって俺も姿勢を正すと、じいちゃんはどこか遠くを見るような目でゆっくりと話し始めた。





「あれはな、いわゆる異世界っちゅうとこに連れて行ってくれる不思議な風鈴だ」


「はぁ!?」


「黙って聞いとれ」


身を乗り出した俺にじいちゃんがぴしゃりと言い放つ。俺は唇を僅かに尖らせて大人しく口を噤んだ。

その様子にこっくりと一つ頷いてじいちゃんは言葉を紡ぐ。


「付喪神か妖怪か、はたまた地球外生命体かはよく分からん。が、あれと意志疎通ができて尚且つ音を鳴らせるものだけが異世界に行くことができる。

 お前の親父は頭が固すぎたからか、あるいは“そういうもの”を信じられなかったからか、あれの声を聴くことができなかったんだな。

 風介は莫迦なのが幸いしたかね」


「……バカって、どういう意味?」


「言葉通りの意味に決まってるだろう」


ギン、と睨みつけるもじいちゃんには全く効いた様子が無い。それどころか「なんだなんだ、そんなに怒るな」なんてけらけらと笑い声を漏らす始末だ。

思わず半目になる俺に同じ調子でじいちゃんは話を続ける。


「あれを鳴らすには“対話”しなくちゃならねぇ。

 あれとじっくり向き合ってお互いを理解する。そんで認められたらあれがチリンと音を鳴らして、見事異世界入りっちゅう寸法さね。

 ……まあ人には人のペースがあるからな。どのくらい時間がかかるかは分からん。知ってる限りでも人によってまちまちよ。お前はお前のぺぇすで頑張んな」


ぶっ飛んだ内容に困惑することしか出来ないが、そういえばあの風鈴はどうやっても音が出なかった。ということは多分、この話は全く嘘ではないのだろう。元々じいちゃんは無駄な嘘はつかない人だけれども。


「あれは人じゃないからか、ちぃっとばかし高飛車でせっかちだが可愛いやつだから安心せえ。呑気なお前との相性は悪くないかもなあ」


高飛車ってそんな人間みたいに。どちらかと言えばロボットとかアンドロイド的なものを想像していたのだが、と俺は嘆息する。


「……それでじいちゃん、異世界ってどんなところなの?」


「ううむ、異世界は西洋って感じかの。こっちより目まぐるしく変化しねえが中世の欧州に近いかもしれん。すちぃむぱんくってやつよ」


要するにRPGのような世界ってことだろうか。

それにしてもじいちゃんよく「スチームパンク」なんて知ってたな。


「それじゃあ時間は? 向こうにいる間こっちはどうなってるの?」


「ああ、時間のことはあんまり気にするな。あれがなんとかしてくれるからな。

異世界に行けるようになったらば、お前はあれの手伝いをしっかりこなして来いや」


じいちゃんの言葉に俺はきょとりと首を傾げる。


「手伝い?」


「おう、本当に片っ端から何でもやるぞ。化けモン倒したり、戦争の片棒担いだり、お遣いだって宝探しだって、あれが望むならやってやらんくちゃならねぇ」


「……それ、割に合わなくないか」


ついと目を眇めた俺にじいちゃんはゲンコツを落とした。患部ををさすりながら頭を上げると腕組みしたじいちゃんがぷんすこ怒っている。

ぷんすこ、なんて擬音が似合うとはそれでいいのか七十八歳。


「何言っとんね。お前はこれから向こうで様々な経験をさしてもらえるんだぞ。若い頃の苦労は買ってでもしろってよく言うじゃねぇか。きっとお前の将来のためになるぞ。

 お前は心身共に成長できて、あれはあれの役目が果たせて。まさにうぃんうぃんの関係ってやつさな!

 ――――これ風介、笑わんか」


笑えません。


「……でも異世界中をひとりで飛び回るのは大変そうだなあ」


「うん? 向こうに行ってるのはうちらのとこだけじゃねぇぞ」


「え?」


「向こうの人間にはうちらみたいのをひっくるめて“稀人マレビト”なんて呼ばれとるんだが、地域地域その“稀人”がおっての。まぁたそいつらにはそいつらの事情があるわけよ。これが面倒くせえんだなあ」


じいちゃんが面倒だっていうくらいの人間とどう付き合えと。

不安が顔に出ていたのか、じいちゃんが頭を撫でくる。ぐらぐらと揺れる頭をなんとか踏ん張って前に固定した。


「んな心配すんなって。お前のとこと敵対してれば相手して、手を組むなら仲良くすりゃいいだけの話さ。敵対してるやつが気の合うやつなら(つれ)えし、手を組むやつが相性最悪で辟易するってのもよくあるこったな」


ひくりと口端を引き攣らせる俺に「ま、風介ならなんだかんだ上手くやるんじゃねぇか? 」なんてじいちゃんはからりと笑う。

他人事だと思って…………ああ、いや、他人事じゃなかったのか。


「そうだ、向こうに行ったらうちらが使ってきた掘っ建て小屋があるからな。簡単な武器だとか服だとかが置いてある。おにゅうのを買っても構わんが自腹でな。金ができるまではお古で我慢しんさい」


「武器? 剣とか槍とか覚えなきゃいけないってこと?」


「ほんとお前は莫迦だな。向こうでいきなり剣だの槍だの使うったら、いくらなんでも時間が足りんわ。稀人うちらにだけ使える呪術ってのがあるのよ」


にやりと吊り上げた口角をすぐに下ろして「でも弱点があってな、」と頬を掻いて溜息をつく。


「本だの陣だので呪術を使おうとすると時間がかかりすぎるのよ」


「それじゃあ、どうしたらいいの?」


頭に疑問符を浮かべる俺にじいちゃんは「よくぞ聞いてくれたな!」とでも言うように指をぱちんを鳴らした。


「そこで登場するのがしょおとかっとをするための媒体ってわけだ! ちゃあんとお前にあれを渡す前に新しいの作ってきてやったからな。じいちゃんに感謝するんだぞ」


とってもとってもじいちゃんの作った媒体とやらが心配ですが、とりあえずはアリガトウゴザイマス。

はあ、と適当に返事をする俺にじいちゃんは一変して真面目な顔をすると「最後にな」と口を開く。


「お前一人で全部なんとかしろとは言わねえよ。向こうで信用できる仲間っちゅうもんを作って、助け合いながら一つ一つ解決していくもんだ」


「……じいちゃんも、そうしてきたの?」


「無論だ」


神妙な顔でひとつ頷くと、さっきまでの空気は何処へやら。脚を崩して少し冷めた緑茶をぐびぐびと(あお)っている。


「ま、こんなもんかね。後は向こう行ったら自然と分かることさな」




じいちゃんの話が終わったところで一度ざっくり整理してみると、

・喋ったのは風鈴(正体不明)。

・風鈴と仲良くなると異世界に飛ばされる。

・異世界では風鈴に頼まれた仕事をなんでもこなさなければならない(要するにパシリ)。

・パシリ内容は魔物討伐や戦争の加勢、かと思えば宝探しまで。

・俺みたいにパシられる人達はマレビトと呼ばれる。

・武器は王道RPGみたいに剣ではなく、呪術(きっと魔法の類だろう)を使う。

・仲間を増やして頑張れ。

……といったところだろうか。

向こうでの暮らしだとか格好だとかはとりあえず置いておく。


無機物が喋るだけでも驚きなのに、異世界って。化け物って。戦争って。呪術って。

パンチが足りないとか言ったの誰だ。パンチが効きすぎて一発K.O.もいいところじゃないか。いい加減にしろ。

数分前の自分を殴りつけたい気持ちで一杯になりながら俺は座布団の上でがっくりと項垂(うなだ)れた。


――――ってことは何だ。明日から風鈴と話をして(もう既に字面がおかしい)、稽古もこなして、学校も通って、なんて生活が始まるわけだな。過酷すぎてもはや溜息すら出ないわ。


俺は額を抑えていた腕を下ろして、冷めた緑茶を喉に無理矢理流し込む。少し痺れた足をぐりぐりと動かして立ち上がると、ニヤついて俺の動向を窺っていたじいちゃんと目が合った。


………………まあ貰ってしまったものは仕方ないし、早いとこ腹括るか。何はともあれ、今日のところはひとまず寝ることにする。


「お、もう寝んのか? おやすみ風介」


「……うん、おやすみなさい」


じいちゃんの部屋を出て障子を閉めた後、こみ上げてきた欠伸は今までで一番大きかった。



*****



翌朝目が覚めても、箱は部屋を飛び出した時の状態のまま床に転がっていた。


分かっていた。分かっていたが、やっぱり夢じゃなかったのかと長い溜息と共に顔を手のひらで覆う。


まだ空気がひんやりと冷えた早朝。目覚まし時計が鳴る前にスイッチを切って、ぬくい布団からそっと抜け出した。

手早くベッド下に放置されていた靴下を履いて、着替えもせずにそっと箱の中で冷たくなっている風鈴を持ち上げる。


「……えーっと、おはよう」


昨日とは違って本体を持っても響かない声に焦れて自分から声をかけてみたが返事は無かった。

中を覗いてみたり、紐を持って揺らしてみたり、硝子部分を鷲掴んで上下に振ってみたり。思いつく限りを尽くしたが反応は一向に返ってこない。


あれ、じいちゃんの言う「対話」ってこういう物理的な対話じゃないのかな? 心を通わせるとか、そういう?

完全にお手上げの俺は風鈴片手に首を捻った。



よっこいしょ、と立ち上がってジャージから私服に着替える。夜じゃないと返事しない、だとか制約があるなんてじいちゃんは言ってなかったし、朝飯食べた後にまたチャレンジかな。

物理的な対話かどうかは別としても、昨日は勝手に喋ったんだから何かしら返事してくれてもいいはずだ。

うんうんと一人で頷いて寝癖の付いた髪に手櫛をかける。


それから寝間着代わりのジャージを着替えて。部屋を出ようとドアノブに手を掛けたところで、ふと寄木細工の箱を振り返った。どうせ返事は無いだろうとは思うが念のためもう一度声をかけてみる。


「ねえ、おはようってば。まだ寝てるの?」


≪ ――――うるサイ、今すっごく眠いんだカラ後でもう一度出直せヨ ≫


急に返ってきた返事に、呆気に取られて言葉も出ない。呆然とする俺に声はさらにまくし立てる。


≪ 大体昨日は名乗りもせずに放り投げて行くとは何事ダ。ムカついたから割れてやろうかと思ったケド思い直して踏み止まってやったんダロ。

きっちりかっちりばっちり感謝しろヨ ≫


……じいちゃん、「ちぃっとばかし」じゃないよ。ものすごく高飛車だよ。


不思議な物体と会話をすることには成功したが、同時にズキズキと痛みだす頭に俺は思わず溜息を漏らした。

東邸堂は西園寺と対になるようにしたかったのですが、なんか失敗した感

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