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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
1.一樹之陰
18/76

18話 「ひかりかがやく」

歓楽街の裏路地は酔っ払いの寝床だ。

道端に落ちている男たちはカツリ、カツリと石畳を鳴らす革靴の足音にも身じろぎ一つせずにぐっすりと眠りこんでいる。


「……うわ、この人一升瓶抱えてる」


「大方、女か何かと勘違いしてるんダロ」


「そんな身も蓋もない」


鼻息荒く言い切る麗音に苦笑いを浮かべかけて、あたりに充満する酒の匂いに眉をひそめた。


「……ねえ、心なしかさっきのところより匂いが強くなってる気がするんだけど」


「ハンターギルドは歓楽街のど真ん中だからナ。あそこらへんは高い店が多イ。酔い潰れるような呑み方する客はそもそも来ナイし、来たとしてもキチンとキレイに掃除するんダロ」


掃除。血飛沫が脳裏に浮かんだが、ハンターギルドの近くで殺人を起こすほど馬鹿じゃないはずだ。

歓楽街の外に放り出すとかそんな感じだろう。


……掃除と言えば。服にまでこの匂いが染み付きそうで困る。

当たり前だけどこの世界には洗濯機がないから、手洗いするの面倒臭いんだよなー。



「……そういや麗音、昼飯何食べたい?」


「パイがいいゾ」


「だから、甘いものは昼飯じゃ…………そうかパイか。ミートパイとかあるかな」


「アップルパイ! パンプキンパイ! ラズベリーパイ! ストロベリーパイ!」


「甘いのばっかじゃねえか!」


駄々をこねる麗音にツッコみつつゴルフバッグから財布を取り出す。

ガレット・デ・ロワ一つが3ゼニだったから、パイもそのくらいだとして、えーと……。


「残り100ゼニ……」


「余裕ダロ」


「余裕だけど余裕じゃない! 1ゼニが百円だとして、残り一万円だぞ!?」


「余裕ダロ」


「ばっか、ここで生活していくのに財布に一万しかないのはやばいだろ!」


「フースケはココで暮らさないダロ?」


「え」


思わず足を止めた俺を見て麗音は胡散臭げに短冊を揺らした。


「オマエはアッチの人間だゾ。コッチでの金なんてアイツらに出させればイイ。二人旅してたんダ、どうせ金有り余ってんダロ」


「――――そういう問題じゃない」


ゆるゆると首を横に振る。

だって二人は俺のわがままで残ってもらってるんだ。その上に金まで払わせるなんて無礼にもほどがあるだろ。

そんなことを言えば麗音はツンとそっぽを向いた。


「さっさと腰巾着にして金巻き上げればいいノニ」


「そのうちな。あと『金巻き上げる』じゃなくて共有財布と言え」


「ドッチも大して変わんないダロ」


「変ーわーりーまーすー」


「ウザイ」


ベシリ、とキツい尻尾ビンタを喰らう。ひどい。しかもいつもの何倍も痛い。

額を押さえて麗音を睨み付けると麗音は満足そうにふんすと鼻を鳴らした。



******



延々と続くかに思われた酒臭く薄暗い歓楽街の裏路地。ふとその一角に明るい光が差しているのに気が付いた。

光源の方に曲がってみると、そこにはなんと昨日来た市場が。


……え、マジで?

わいわいがやがやと活気に満ちている出店通りに唖然とする。一本向こうの道はまだ早朝のように静まり返っていたのに。

健全ないちに歓楽街の裏路地を抜けてきたばかりの俺達は何だか酷く場違いに思えた。



ぼうっとしていても仕方ないので、鼻の奥にこびりついている酒の匂いを払拭するように大きく息を吸い込む。吸って、吐いて。

身体中の酸素をまるっと新鮮なものに交換したような気がするまで繰り返した。そして少し埃っぽい衣服をぱたぱたと払ってみる。

決して汚い通りではなかったのだが、重い夜の気配が纏わりついているような気がして居心地が悪い。


そんな俺をかったるそうに見ていた麗音が、ふと何かに反応したように鋭く顔を上げた。

見上げると麗音は何やら難しい顔をして遠くを注視している。


「……麗音?」


「フースケ」


どうしたの、と訊く前に急に凄い力で背中を押されてつんのめった。


「わ、っと、危ねっ」


俺が何度か転げそうになっているのにも構わず、ぐいぐいと“それ”は背中を押し続ける。

無理だって! 人多いし危ないっての!

覚悟を決めぐっと脚に力を入れて突っぱねると“それ”はあっさりと背中から掻き消えた。


一体何がどうなってんだ。

首を捻って背後を見やるが、変わらずただ人の流れがあるだけだ。

首を傾げながらも姿勢を正すと、今度は全く意識を向けていなかった俺の手首を掴まれる。


「……え?」


そして振りほどく暇すら与えられず、強い力でぎゅいんと手を引かれた。

何が何だか分からないまま引っ張られるのに身を任せて走る。

さっきのように抵抗するとしても、手首を掴まれている現状だと俺の肩が外れるだけだろう。

万が一、どこか変な場所に連れて行かれたとして、今の俺には武器もあるし大丈夫なはずだ。きっと。


それに、多分これは――――。


「フースケ」


麗音の声が回っていた頭にスッと入り込んで俺が足を止めると、手首を引っ張っていた力も緩まる。

そのうち拘束していたものがじわりと解けて霧散していくのが分かった。


はっと隣を仰ぐと、麗音が白く輝く瞳を閉じつつビシリと前方の出店を指差している。

……やっぱりお前の仕業か。

呆れつつも麗音が指し示す方に顔を向けた。


「フースケ、アレ!」


「……どれ?」


「アレ! 真ン中! クランベリーパイ!」


「あれかぁ、美味そうだなー。でも次は無理矢理連れて来るんじゃなくて一声かけてくれなー」


ほんの少し乱れた息を整えながら麗音を諌める。

だが一向に返事を寄越さないところを見ると、話すら聞く気が無いようだ。

仕方ないな、と溜息をついて出店をじっくりと観察してみる。


店先にはおそらく砂糖が塗られているのだろう、つやつやと輝くパイが何種類も並んでいた。

その中でも麗音が名指ししたクランベリーパイは、俺から見ても一等綺麗に思える。

ここの看板商品なのだろう、置いてある量も多い。


お目当てのミートパイも、アップルパイだのブルーベリーパイだのといった、これまたキラキラしたパイの横の隅っこにちゃんと置いてあった。

あくまでもメインは菓子パイらしいが。


……しかし、高い。


さっきも言ったが昨日のガレット・デ・ロワが一つ3ゼニ。それに比べてミートパイは一つ5ゼニ! 看板商品のクランベリーパイなどは7ゼニもする!

大きさ的には昨日のよりちょっと大きいけども!!

無理! お財布が心もとない今日は無理です!


「れ、麗音……だからあの、今、お金無いからね? また今度来よう、な?」


「余裕だって言ったダロ」


「……無駄遣いはいけないと思います」


「食費ダ!」


カーン、と遠くで昼を知らせる鐘が鳴り響くのが聞こえる。

それを試合開始のゴングの代わりに俺と麗音はバチバチと火花を散らせた。



******



「はい、お釣りの71ゼニ。ありがとうね」


「……どうも」


店員のお姉さんから渡されたジャラジャラと重い銅銭を財布に流し込んで、ゴルフバッグにしまう。

100ゼニは崩したくなかったんだが小銭が足りなかった。

そのうち小銭の重さで財布に穴開いたりしないだろうな。


ぼやくと麗音が「ヒトリ一回は必ず財布壊すゾ」とやけに真面目な顔でくるくると周りを飛び回った。


「……そんな真面目な顔して言うことか」


「うるサイ、財布なんて今はどーでもイイんダヨ。フースケ、やっぱりオマエさっきから何か考え込んでるダロ」


「ばっ、そんなわけ」


「アイツらのコトだナ」


「……!」


「“何も訊かない”んじゃなかったのカ?」


「…………そう、だけど。でも気になるもんは、気になります、し」


もごもごと次第に音量を落として呟くと、怒鳴られるかと思ったのに麗音は「フム」と一つ頷いた。


「確かにアレは妙だったナ」


「……うん、エレンもあんな声を出すとは思わなかった」


「赤毛娘は“天才”ってコトバに過剰反応シテいるように見えたゾ」


「……天才か……」


合気道をやっていても天才ってやつはたまにいる。

……いや、多分どのスポーツや競技にもいるのだと思う。

あれは確かに心を折られるものだ。自分がやってきた時間よりも格段に短い時間で自分を容易く飛び越えて行くのだから。

聞きようによっては褒め言葉の「天才それ」を、エレンは何故あんなにも必死に否定していたのだろう。


「麗音から見てさ、コンラッドはどう?」


「オマエはドウなんダ?」


「え、俺? うーん……気の使い方が上手いし、短剣も使いこなしてる感じだったけど……」


「ソウだナ」


すんなり同意する麗音に瞠目する。今日は随分と素直だな。

ぱちくりと瞬きする俺に気が付いたのか、麗音はムッと頬を膨らませた。そして尻尾を振りかぶったので慌てて平謝りする。

尻尾を振り上げたまま麗音は言葉を続けた。


「アイツはヘンテコだがなかなかデキるヤツだ。

 アノ歳にしては筋肉がしっかり付いてるし、無駄な動きも少ナイ。武器も相当扱い慣れてるのに加えて殺気の出し入れもコントロールできると来タ。アレで弓もウマけりゃ、マァ天才って言われるのも分かル。

 最も、まだ戦ってるトコロを見てナイからドノくらい強いのかは分からナイけどナ」


「はー……やっぱ凄いんだな。同じくらいのはずなのに俺とは貫禄が違うもんなあ」


ふうむ、と顎に手をやって頷くとガサガサと騒がしく紙袋が鳴る。

隣で麗音が尻尾を下ろし静かにゆらりと揺れた。


「――――オマエも、」


「ん?」


「……イヤ、何でもナイ」


「何だよそれ」


唇を突き出してまだ温かい紙袋を抱え直す。

足の下でぱきりと小枝が折れる音がして、ふと顔を上げると既に小道の入り口に差し掛かっていた。

……参ったな。何だか少し、足が重い。


もうあと少しでエレンとコンラッドが待つ屋敷が見えてくる。

なんだかキリがいいんだか悪いんだか分からないところで正月を挟みます。

良いお年を!

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