16話 「波乱の声」
「入会希望者か、歓迎するぜ!」
男はニカリと笑うと机の横の引き出しから一枚の紙を取り出した。
どうやらこれが入会申込書らしい。
紙は現代よりゴワゴワしていて、少し茶色がかっている。
正直、洋紙皮じゃなくてほっとした。まぁ皮はコスパ高そうだしな。
その紙と一緒に羽ペンを渡される。
「これに必要事項を記入してくれ」
渡された紙に促されるまま目を落とすと、ナマエ、トシ、キョテン、セントウショク、ブキ、レベルと書かれた飾り文字があり、それぞれの下に罫線が引かれていた。
驚いたことに文字はカタカナと大差なく、学の無い者のためにカウンターに置いてあった五十音表を見れば苦心せずとも読み書きができそうだ。数字もアラビア数字でいいらしい。
ふむ、これがご都合主義ってやつか。
羽ペンをインクに付けて滑りにくい紙にインクを乗せていく。
じいちゃんに割と頻繁に万年筆を使わされていたからか、不格好ながらもなんとかなっている文字にほっとした。
ええと名前、フースケ。齢、18。拠点地は……ウラガーノでいいんだよな?
表記合ってるか、と麗音に囁くとぺしりと軽くはたかれた。多分合ってるってことなんだろう。
さて次は戦闘職、……戦闘職?
そこを取りあえず空欄にしてペンを紙の上で彷徨わせる。
武器、は説明が必要だろうし「バズーカ」だなんて簡単に書けない。
しかしそれも飛ばそうにも、次の欄のレベルなんて何のことだか全く見当がつかない。
ゲームの中でしたー、なんてオチは流石に無いだろうけど。
「えーっと、結構訊きたいことあるんですけど」
「おう、なんだ?」
「この“レベル”って……」
「あァ、それはギルドレベルって言って、ギルドの依頼をこなしていくとそれに応じてレベルが上がる仕組みだ。弱っちいヤツに高難易度の依頼なんて渡せねェしな。
おめェはとりあえず“1”とだけ書いといてくれ」
「分かりました」
太い罫線の上に1、とペンを滑らせてペン立てに戻す。
……さて、ここからだぞ。
怪訝そうに眼を眇める男に気が付かないふりをして、何でもないように口を開いた。
「……戦闘職の欄、マレビトは何て書くべきでしょうか」
「マレビトだァ?」
よかった、とりあえず男は『マレビト』を知っているらしい。
正直マレビトがどのくらいの知名度なのか分からないから、もしかしたらその説明からかと心配してたんだ。
胸を撫で下ろす俺とは対照的に、男は目を瞬かせて腰を僅かに浮かせる。
ギシリ、とボロい回転いすが音を立てた。
「ってことはおめェ、あのギルド泣かせで噂の『マレビト』か!?」
…………はい?
首を傾げた目の前で男がバンバンと机を叩く。
「いやァとうとう飼われる気になったか! 思ったより若ェがマレビトってのは年取らねえのか?」
「いや、あの」
何故かテンションが急上昇した男からよくよく話を聞いてみると、五十年ほど前からヴェントの周りに住む魔物がマレビトによって一掃されたという報告がちらほらと聞こえてくるようになったそうだ。
そうなれば依頼書で取り扱っていた魔物も当然ぶっ倒されているわけで。
しかしマレビトの立場が立場なため、ギルドは何度泣き寝入りしたことか分からない。
その上、せめてもと何度かギルドに勧誘してみたが、けんもほろろで全く相手にしてくれなかったと言う。
で、そんなことをしていたら『ギルド泣かせのマレビト』なんてあだ名が定着してしまってたってわけだ。
うわあ、ほんとなにやってんだじいちゃん。
思わずズキズキと痛みを訴え出した頭を抱えた。
「すみませんそれ先代です……」
「マレビトってのは世襲制なのか!」
「そうみたいです……俺も最近知りました……」
「そりゃおもしれェ! 次のマレビトさんにもギルドを御贔屓にって伝えとけ!」
「それは、もう……はい…………」
がはははと男が豪快に笑うたび頭が項垂れていく。
まったくじいちゃんはどこでもフリーダムすぎて困る……もっと自重してくれ……。
心の声が伝わったのか、後頭部に移動していた麗音が「フーゴだから仕方ナイナ」と呆れたように言って髪の毛を一束グイと引っ張った。
「そんで、マレビトさんの武器は何なんだァ?」
笑いがようやく収まった男にチョイチョイと書きかけの紙を指差されて、俺は背負っていたゴルフバッグを正面に回す。
先代が何を使っていたかは知らないんですけど、と中から鉛色を覗かせると男がのけ反った。一番近くの隅の男が立て掛けていた剣の鞘を手に持ったのを視界の端に捉えつつ、筒の中が男に見えるようにゴルフバッグを傾ける。
「……長くなります」
「そりゃ見たこともねェ武器だかんな。当たりめーだ」
おおらかに頷いた男に苦笑する。……本当にこの人はすごいなあ。
見習わないとな、なんておちおちと考えていたら頭の上の麗音に「早くシロ」と怒鳴られる。俺はさっさと説明するべく慌てて口を開いた。
「えっと、これは術式短縮器具って言うんですけど……」
******
「なるほどなァ。つまりおめェ以外にゃ使えねェ代物なわけだ」
「はい。そして術の方もバズーカを使わなければすぐに発動できるものじゃありません。まだ試してはいないのですが結構時間がかかるものらしいので……」
だから隅の監視員みたいな人の手から早く鞘を下ろさせてください。
さっきから露骨にこっちを見てるわけじゃないのにビシバシ窺ってる気配が突き刺さるんだよ……。そういうのはコンラッドで間に合ってますから……。
眉根を寄せた俺に何か思うところがあったのか、男がひらひらと手を振る。
すると隅の男が少し逡巡して武器を下ろしたので俺はホッと息をついた。
「すみません、ありがとうございます」
「オレが安全だって判断したからな、礼を言われることじゃねェ。
それよかギルド内ではその容れモンの蓋閉めといてくれ。ギルドに細々とした掟はねェが一応ギルド員同士での――――」
男の言葉に被さるようにして、がらんがらんとドアが開く音がする。
口を止めた男にドアの方を振り返ると、金持ち風の男を中心に四人の男女が建物内に入ってきていた。
四人はそのまま俺の横を通り過ぎて奥のテーブルを囲む。
すれ違う時に感じたねっとりとした視線はきっと俺を値踏みしていたのだろう。
カウンターの男とは対照的に陰険をまとったような男だった。
目の前の男が僅かに顔を顰める。
「……どうかしたんですか?」
「あァ、話の途中に悪ィな。……アイツらちゃんと依頼はこなすし掟も破りゃあしねェんだが、やり口と素行が酷ェんだ。ギルド長としては目を離せなくてな」
「はあ」
あの冒険者員一行がいい奴らには到底見えなかったからそこに今更驚くことは無いけれど、……この男がギルド長だったのか。
麗音あたりに「フツウ気付くダロ馬鹿」とかまた怒鳴られそうだ。
それよりも、とコンラッドとエレンに視線をやる。
俺よりもあいつらに近いところにいるが大丈夫なのだろうか。
二人が強いのは知ってるけど、それでもやっぱり心配なものは心配だ。
俺の視線を感じたのか、エレンが俺を振り返ったので目配せをすると「分かってる」とでも言うように一つ頷いた。ちょいちょいとコンラッドの袖を引っ張ってこっちに向かってくる。
胸を撫で下ろした矢先、テーブルの男が高らかに口を切った。
「おうおう誰かと思えばギルドきってのエリート、コンラッド様じゃねーか!」
にやにやと浅ましく笑う男なんて見向きもせず、コンラッドは歩を進める。その表情はぴくりとも動かない。
様、だって。取って付けたような物言いに二つ三つ瞬きをしてエレンを見れば、毅然と首を横に振られた。こんな人は知らない、ってことなのだろう。
見事にスルーされた男はそれでも笑みを崩さずコンラッドに食い下がる。
「おい、今度のクエストお前も一緒に来い。コンラッド様さえいればもっと楽にクエストクリアすることができるんだよ。なあ?」
男の問いかけに他の三人が沸く。俺は思わず眉をひそめた。
コンラッドが聞き入れない可能性なんて一ミリも考えていないだろう男に苛立ちが募る。
いつの間にか横まで来ていたコンラッドがちらりとギルド長を見やると、ギルド長は溜息をついた。
ギルド長ならぴしゃりと怒鳴って終わりそうな状況なのに、こうやってだんまりを決め込んでいるのは、男が身分の高い人間だからなのかもしれない。
だってほら、さっきから周囲よりも綺麗な服とぴかぴかの武器を見せびらかすように椅子にふんぞり返っている。
武器がぴかぴかだなんてただの弱者の見栄っ張りにしか思わないのにな。
だが相手のことなんて微塵も考えていない偉そうな態度と、命令し慣れた高く通る声は偏見まみれだけど貴族って感じだ。
比較するのも失礼なことだが同じ『偉そう』でも麗音とは全然違う。
「金が足りないなら前金もやろうか? 女連れなら金も必要だろ? 天才コンラッド様よぉ」
しかもさっきからコンラッドにばかり声をかけて、それじゃあまるで――――。
ふとコンラッドを窺うと、目が合った後ドアの方に視線を外された。
行くぞ、ってか。敵前逃亡するみたいで腑に落ちないが、ああいう輩は相手にしない方がいいだろうってことは人生経験乏しい俺にでも分かる。
ギルド長に「また来ます」と頭を軽く下げて足を踏み出そうとしたとき、今まで黙っていたエレンが絞り出すような金切声を上げた。
「もういい加減にして!!」




