15話 「ハンターギルド」
「ここがハンターギルド」
「ほー」
エレンに案内されたのは小屋を大きくしたような緑色の建物だった。
意外にしっかりとした造りを仰け反って見上げる。
感嘆の声を上げた俺に、エレンが「へへへ」と後頭部に手をやった。
「……なんて、実は私も数えるほどしか来たことないんだけど」
「え、そうなのか」
だからコンラッドが渋ってたってのもあるのかな。
ちらりとエレンの後ろに立っているコンラッドを見ると、興味なさげにそっぽを向いていた。
俺の視線に気が付くと露骨に眉間に皺を寄せるので、慌てて前に向き直る。
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屋敷から続く小道を辿って出た大通りを抜けて、更に露店が立ち並ぶ裏通りを抜けたところにある歓楽街。
高い建物に囲まれるようにしてその建物は建っていた。
きらびやかな店が多い中で、木造のシンプルな建物は一階建てというのもあり、よく目立っている。エレン曰く治安維持も兼ねているのだそうだ。なるほど。
「早く入れヨ」と隣で浮遊している麗音が騒ぐのに後押しされて、がらんがらんと大ぶりなブリキの鈴が付いたドアを開けた。
中には、成人男性が少しかがんで肘を乗せられるくらいの高さの円形テーブルがいくつかあって、その周りには派手な格好をした男女が群がっている。
そのテーブルには紙切れが置いてあったり無かったり。
そして意外にも飲食をしている者はいない。
ギルドと言えばなんとなく酒場のイメージがあるが、もちろん飲酒をしている人もいなかった。
それなのに、すぐ近くにいるエレンの声も聞こえにくいほどの喧噪が建物内を包んでいる。
「結構明るいんだな!」
「ねー!」
半ば怒鳴っているような声で話しながら中に足を進める。
何となく目についたのは部屋の四隅に座っている地味な格好をした男女。
テーブル周りの男女が武器をしっかりとしまってあるのに比べ、四人は剥き出しのまま椅子に立て掛けていた。
ギルド内での秩序を守る為、とかそんな感じかな。
俺も一応ゴルフバッグの口が閉じているか確認しておこうと振り向くと、何かがちかりと目を焼いた。眩しい。
目を眇めて光源を見てみると、そこには大きな窓があった。日光がさんさんと取り入られて室内を照らしている。
光は俺を通過してカウンター横の掲示板まで届いていた。
コルクボードは心なしか日焼けしているように見える。
びっしりと並んでいる走り書きの文字が書かれた紙は依頼書の類だろうか。
よいせっとゴルフバッグを背負い直してカウンターに目を向ける。
カウンターは娯楽施設の受付のように四方が囲まれていて、ここからでは中に入っている人が鼻の先くらいしか見えない。
ゴツい男の人、だと思うけど。
きょろきょろと辺りに頭を巡らせるエレンと俺の間を抜けて、つかつかとコンラッドが歩み出た。
するとざわりとギルド内の空気が揺れるのが分かって困惑する。
え、どうしたの。
問いかけようと隣を見るもエレンはやや険しい顔をしていて。
そんな状態の彼女に訊けるわけもなく、どういうことだと麗音を振り返ってみても「知るわけないダロ」とでも言うように眉間に皺を寄せているばかり。
そりゃそうだ。
どうしようもなく頭に疑問符を浮かべる俺の目の前で、苛立たし気に腰のポーチをまさぐったコンラッドは一枚の紙を取り出し――――カウンターに勢いよく叩きつけた。
ダンッ! と建物中に鋭く重い音が反響する。
それが収まるのと同時に、辺りに広がっていたどよめきが静まり返ったのに気がついた。
何だあの一撃! 重っ! コンラッド怖ぇ!
出会ってから何度思ったか分からないけど今改めて思った! コンラッド怖ぇ! 頭ん中一瞬真っ白になったわ!!
脳内で警報装置がカンカンと鳴り響いて、ぎゅうと肩にかけたゴルフバッグの紐を握りしめる。
ひぃー、と肺の中の空気が押し出された音にプスリと笑った麗音は、ふよふよと俺の肩に腰を下ろした。
尻尾を揺らしながら麗音が「短気だナ」と笑い交じりに呟いたのに、周りが不自然に思わない程度の頷きで返す。
いつものように麗音も気が短い方だよなーと茶化す雰囲気ではなかったし、すっかり委縮してしまっていた俺は、そもそもまともに声を上げることもできなかったのだ。
依然として静まり返る中、コンラッドがガンつけるカウンターの中からゴツゴツとした男の腕が伸びて紙を回収する。
それはカウンターに叩きつけてから数瞬後の出来事だったんだろうが、体感では数分も経ったように思えた。
「おう、遅かったじゃねェかコンラッド!」
がなる掠れた声は続けて「流石のお前も腕が落ちてきたか?」とげらげら笑った。
心臓に響きそうなな笑い声にコンラッドは最大の仏頂面で返している。
その声にふと和太鼓を思い出した。
暫く一人で喋る男の声が聞こえていたが、ふと収まるとカウンターから窮屈そうに乗り出した。
そうして入り口に突っ立ったままの俺達――もっと正確に言えばエレン――に目をやって「へえ」と意外そうに呟くと、そのままコンラッドを流し見て笑みを含んだ声色で言った。
「今日は久しぶりにエレンも来てんだな」
「…………」
黙りこくったコンラッドに、渋い顔をしていたエレンが慌てて駆け寄る。
残された麗音と俺は顔を見合わせた。
喧騒が戻ってきて話し声は良く聞こえない。
少し迷って、ずり下がっていたゴルフバッグをもう一度背負い直し、エレンに続く。
二人の後ろから覗いたカウンターの中に窮屈そうに収まっていたのはガタイのいい男が一人。
頬を斜めに走る傷跡は痛々しく目つきもいいとは言えないが、こちらの毒気が抜かれるくらい豪快に笑う人だった。良く見れば目尻に笑い皺ができている。
つるつるの頭はしましまのバンダナに覆われていて、身に纏っている薄手のシャツはがっちりとした筋肉を浮き上がらせていた。
海賊や、ともすれば軍人を彷彿とさせるような外見だったが、何故か悪い人には見えない。
ピアスやネックレスの類も身に着けておらず、それがますます男を良い印象に仕立て上げている。
不思議な人だった。
「久しぶりだなァ」
「はい! あの、報告が遅れてごめんなさい」
「何言ってんだ、おめェらは早い方だ。いつもが早すぎンだよ」
それならよかったです、とエレンが笑う。
コンラッドはすっかり男の相手をエレンに任せて掲示物を見上げていた。
目を離しても構わないくらいにこの男を信用しているのか、と驚く。
……まあ、よく考えれば治安を守るためにあるギルドの長にどうこうされる可能性なんてほぼゼロだろう。
気を張り続けるのも疲れるもんな、なんてしたり顔で頷けばまた睨まれるかもしれないけれど。
飽きて頭によじ登る麗音を払っていると、エレンと上機嫌に話していた男がついと声量を下げた。その口の端は悪戯気に吊り上がっている。
「エレン、おめェまだコイツに囲われてんのか」
「か、囲われてなんか! ないです!」
「…………」
ばちん、と電流が流れたように背筋を伸ばしたエレンは、あわあわと両手を振って否定する。
そんなエレンを呆然と眺めながら、頭の上に浮いているだろう麗音にそっと尋ねた。
「……あのさ、囲うってなに?」
「フースケはほんとバカだナ」
フン、と鼻息荒く頭突きされるが甘んじて受け入れる。
国語苦手なんだよなあ、とこぼすと「語彙にコクゴは関係ナイダロ!」なんて怒られた。……すみません、帰ったら真面目に勉強します。
肩を落とす俺に麗音は厭味ったらしく手を、いや、多分指を振る。
「囲うってのハ、外からのキョウイを切り離すコトダ。『過保護』と意味はそんなに変わらナイナ」
「ふうん、他所でもコンラッドの過保護は有名なんだ」
「そりゃ二人を見レバ誰だって思うダロ」
確かに。
今だってひそひそと話した男を敏感に察知して、コンラッドはエレンを背中に庇った。これを過保護と言わず何と言うのだ。
思わず苦笑をすると「これだから人間ハ」と麗音がケッと顔を顰めた。
どういうこと? 麗音を振り返って首を傾げると、麗音は俺の肩にのしかかって言葉を選んでいるようにぱたぱたと短冊尻尾を揺らした。
「一人で生きていける人間をカジョウホゴして何にナル? 過保護になる人間ドモの考えは分からナイが特にアイツは何をしたいのか全く分からナイ」
「どこがだよ。大切な幼馴染を守りたいってだけだろ」
「そんなに誰にも傷ツケられたくナイなら檻にでも閉じ込めておけばイイダロ」
「…………麗音、それ犯罪になるから」
思わず半目になった俺にカッと麗音が耳のそばで怒鳴る。
「馬鹿カ! モノの例えに決まってるダロ!」
「そうだったんだごめん!」
さらにガツンともう一発頭突きアッパーを貰った。耳もキンキンする……。
顎をさすりつつカウンターへ視線を向けると、既にエレンとコンラッドは掲示板前に移動してしまっていた。
ああそうだ、二人に置いて行かれる前に俺の用事を済ませておかないと。
慌ててカウンター前に立って、受け取ったばかりの報告書を眺める男におずおずと声をかけた。
「……あのー、すみません」
「おう、コンラッドとエレンに付いてきた坊主じゃねェか。どうした?」
男は書類から顔を上げて鷹揚に笑う。
ここでちゃんと目を合わせてくれるのが人格者だよなあ。別に最近の若者は、なんて頭の固い老人じみたことを言うつもりはないけども。
だから俺も男の目をまっすぐ見据えて、へらりと笑った。
「ギルドに入りたいんですけど、手続きはどこでできますか」
文体が話によってことごとく違う気がする……。




