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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
1.一樹之陰
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14話 「朝餐」

ぱちり、と音がしそうなほど唐突に目が覚めた。

驚いてしばらくじっとしてみたが、部屋に誰かが入って来ている気配もない。

まさか麗音が起きたのかと布団を捲ってみるも、すやすやと隣で寝息を立てているだけだった。


……昨日稽古をさっさと切り上げて寝たから自然と早く目が覚めたのだろうか。

それとも、この屋敷には気分よく目覚められる術でもかけられているのだろうか。

首を捻りながらも麗音に布団を掛け直し、とりあえずベッドから下りた。


ひやりと温まった肌を撫でる冷気に身を竦ませる。

手早くパジャマを脱いでクローゼットの一番上にあったシャツとズボンを着た。

靴を履いて、ちょっと迷ってから青いパーカーを羽織る。

屋敷から出るときに着替えればいいだろう。

部屋の扉を静かに開けると、どこからかふんわりと優しい匂いが漂ってきた。



******



本日の朝食、サンドイッチとサラダとスープ。

サンドイッチはバゲットにベーコンとレタスとトマトを挟んだもので、スープには野菜の旨味がたっぷり染み込んだ芋団子がごろごろと入っている。

付け合わせのサラダは葉野菜と鶏のササミにバジルのドレッシングがかかっていた。


ありがたいと切に思う。朝からこんな美味しそうな料理にありつけるだなんて……!

感動しつつ人数分のカップにコーヒーを注ぎ、ミルクと砂糖をテーブルに置く。

それから皿の隣でうたた寝をしている麗音を揺り起こした。


コンラッドとエレンが十字を切って、麗音と俺がいただきますと声を揃えて言う。

賑やかな朝食だ。



「朝起きてキッチン行ったら二人がいるんだもんなー。ビックリした」


「あはは……サラダ作るの手伝ってくれてありがとね!」


「こちらこそありがとう。さっそく料理頼りっきりでごめん」


気まずげに頭を少し下げると、エレンが「宿泊代を考えたらむしろ足りないくらいだよ」と首を振る。

誘ったのはこっちだから気にしないでもいいのに。

部屋は余るほどあるから、と言えばエレンは微妙な顔をしてスープを啜った。



コンラッドが飯を掻き込む音が大きくダイニングに響く。

俺は沈黙に便乗して二人をそっと見つめた。


エレンは昨日の黒いワンピースではなく白いハイネックのノースリーブを着ていて、エレンのすべすべした肌が惜しげもなく晒されている。……過保護な幼馴染的にこれはアリなのだろうか。

下は茶色地の乗馬ズボンに焦げ茶のブーツ、両方とも金の装飾が付いていた。


コンラッドはわさわさとしたファー――多分本物の毛皮だ――が首と肩を覆うように付いているベストに、分厚い生地でできた肘あたりまでのTシャツのようなもの、それからぴったりとした黒い長袖を重ねて着ている。

下も動きやすいようになのか、ややスキニーっぽいズボンに膝下までのブーツ。

昨日の森と同じ完全装備で、ズタ袋と弓と黒革の手袋が椅子の横に置いてある。


盗み見ながらサンドイッチに齧り付いた俺と目が合って、思い出したようにエレンが口を開く。


「昨日は有耶無耶になっちゃったけど、結局フースケって料理できないの?」


「ん? あー……ほんとにそこそこ、かな」


というのも、年がら年中合気道の稽古しかやっていなかったから、料理はましてや台所にも立った記憶がないのだ。

ちょっと恥ずかしい気もするが、家が道場な上に親が師範だったら仕方ないよなとも思う。


生まれてから稽古しかしてこなかったような幼少期の記憶に、うんざりと溜息を吐いた。

面倒臭いと思える域はとっくのとうに越してしまっている。


「……そんなわけで学校でしか料理したことないんだ」


包丁はなんとか使えるんだけど、と付け足すとエレンが真顔になる。

よく見ればすっかり朝食を腹に収めたコンラッドも同じ顔をして俺を見ていた。

……え、なに?


思わず麗音を振り返ると、無言で飯を頬張っていた麗音がグッと親指らしきものを立てる。

なんでそこで親指を立てるのか分からないが、そんなことよりもおまえ親指あったのか。

まじまじと麗音の手を見つめる俺にエレンが大きく頷いた。


「安心して! フースケにはこれからも包丁を使うような手伝いを回さないからね!」


「……これから()って、まさか今朝俺がレタスちぎる役目だけだったのは」


「ラドがフースケに手伝わせるのは止めた方がいいんじゃないかって」


「ひどい」


サンドイッチの最後のひとかけらを口に放り込んで咀嚼する。

少し焼き目のついた香ばしいそれを飲み込んでスープを啜ると、じんわりと身体の芯から温まっていくようだった。

……確かにコンラッドとエレンは上手い。


ほんのちょっとやさぐれた気持ちも流し込んでいくようなスープに素直に舌鼓を打つ。

芋団子は片栗粉で少し固めたくらいで芋の食感がしっかり残っているし、短冊形に切ってある野菜は柔らかい。

スープは塩で味付けしてある程度なのだろうか、最近よく聞く「優しい味」ってこういうのを言うんだろうなと思う。素朴で、安心する。


「昨日のミートソースも美味しかったけど、今日の朝食もいいなあ」


ぼそりと呟くとエレンが、ぱああと顔を輝かせた。


「ミートソースはね、ラドのお母さんの得意料理だったの。それ以外の料理はラドが旅に出てから覚えてくれたんだよ!」


「すごいな、美味しい」


「でしょ!」


まるで自分が褒められたような上機嫌でエレンはサンドイッチに食い付く。

その隣ではコーヒーを啜るコンラッドが、またほんの僅かに口の端を歪ませていて。

……コンラッドの表情変化って分かりにくい。正直言って俺はまだ喜怒哀楽の「怒」しか分からないぞ。

まあ昨日会ったばかりだから仕方ない、と自分に言い聞かせながら麗音の口元を無理矢理布巾で拭って、ふと顔を上げた。


「そういえば朝から準備万端だけどこれから何処どこか行くのか?」


「うん、今日はギルドに行かないと」


「ギルドってハンターギルドだよな。昨日の?」


「まあね。依頼クエストの達成報告するの」


なるほど、それは届け出さないとだな。

答えてくれるとエレンは着替えなくちゃ、と急いで食べ進める。

少しぬるくなったコーヒーを喉に流し込みながらそれを眺めて、ちらとコンラッドに視線を移した。


「それさ、俺も行っていい?」


「駄目だ」


「……ですよね」


コンラッドの即答に力無く肩を落とす。

機嫌は悪くなさそうだからもしかするとオッケーもらえるかなー、なんて考えてた俺がバカでした。


ははは、と空笑いをして麗音の食べ終わった皿をよけてやる。

三分の一くらい残っている料理を美味しそうに食べる麗音にちょっかいを出して殴られていると、エレンが無言でコーヒーにミルクをどばーっと注ぎ込んだ。

それからちょっと眉をひそめて、カップの中身を一気に飲み干す。

呆気に取られる俺の方を向いてエレンは笑った。


「フースケ、もちろんいいよ! 一緒に行こう!」


だが思ったよりも苦かったのか眉間の皺が消えていない。エレンってコーヒー苦手だったんだろうか。失敗したなあ。

密かに反省する俺を差し置いてちらりとエレンが隣を見やると、コンラッドは物凄く渋い顔をした。

そのまま何秒か見つめ合って無言の応酬。


傍から見ている分には分からないが根負けしたのだろう、溜息を吐いたコンラッドは空になったエレンと自分の皿をかちゃかちゃと重ねて立ち上がる。

一度ぎろりとこちらを睨んでから足早にキッチンへ向かう背中を目で追いかけた。

……はっきり言わない、ってことは付いて行っていいのかな。


「あー、えっと、ありがとう。ハンターギルドって見てみたくて」


「どういたしまして! ごめんね、ラドのことなら気にしないで」


「大丈夫、気にしてないよ。昨日の今日で信用してくれてるなんて俺も思ってないし。エレンも無理しなくていいからな」


「……ごめんね」


「謝らなくていいって。仲間になるってこと、ちゃんと考えてくれるだけで十分嬉しい」


目を伏せてまた「ごめん」と呟いたエレンは慌てて笑顔を作って席を立った。


「あたし、着替えてくるから!」


ばたばたとダイニングを去るエレンをぼうっと見つめる。

スープを音を立てて飲んでいた麗音が俺の後ろで「難儀なモノだナ」とぼやいた。

麗音を振り返らないまま自分の皿を重ねて押し退け、空いたテーブルの上に腕を投げ出す。


「……二人は得体の知れない俺なんかと一緒にいてくれる、すっごく優しい人たちだよ」


「フースケがお人好しで無害だってのはスグ分かるコトなのにナ」


ずごごご、と液体を啜る音に溜息を吐く。


「麗音は決断早すぎ。そもそも俺をこっちに飛ばしたのはシュークリームがあったからでしょ」


「ソレもアル」


「……形だけでも否定しろよ」


とうとうぐったりと顔も机に伏せた俺を嘲笑うように、麗音が「ごちそうサマ」と声を張り上げた。

なんだかんだ料理描写してる時が一番楽しいです。

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