13話 「三人と一体で」
「断る」
頭が追い付く前にコンラッドの冷めた声が響いた。
遅れて「即答カヨ」と麗音の呆れた声も耳に入る。
まれびとさまって、え、俺のこと? 腰巾着? なにそれ、一体何がどうなってんだ?
脳内で麗音の声がぐるぐると回る。
まあ急に「腰巾着になれ」なんて言われたら普通断るよな。
『マレビト様』って言っても結局は何の変哲もない一般人の俺なわけだし。
頭はなんとか通常運転に軌道修正したが、口がぐるぐる回る脳に付いて行けず酸欠の金魚のようにパクパクと開閉を繰り返す。
隣で一緒に聞いていたエレンも俺と同じく金縛りのように固まっていた。
「おれたちに何のメリットがある」
ちらりとそんなエレンを横目で見て、コンラッドは僅かに顔を顰めた。
早く会話を終わらせてここから出て行きたいと言外に告げているが、麗音はもちろん耳を貸さない。
めりっと、と呟いて宙返りを一つするその態度は白々しいにも程があった。
俺達のもの言いたげな目すらどこ吹く風。
コンラッドをふにふにした陶器の手でビシリと指す。
「そこまで言うナラめりっととやらを存分に教えてやるゾ」
フフン。これ見よがしに偉そうな鼻息を吐いて麗音はふんぞり返る。
大体『そこまで』ってコンラッドは一言しか発してないし。
「一つ、戦闘要員が増えるコトダ。こんなんでも一応マレビトだからナ、秘術ってのを使えル。
マァ使いモノにならなくても単純に頭数が増えレバ攻撃も分散されるダロ?」
最後すごく酷いこと言われた気がする。
静かにショックを受けている俺を見てふむ、とコンラッドは頷いた。
いやコンラッドも「ふむ」じゃないから。
「二つ、仲間になればコノ拠点は使い放題ダ。広い台所も食糧も部屋も風呂も自由に使っていいゾ」
「…………屋根があるのは助かる」
非常に不本意そうにコンラッドが絞り出す。
俺はさっきから何も言わないエレンをそっと窺った。やっぱり女の子には、幼馴染なら尚更、野宿とかしてほしくないんだろうな。
コンラッドがこんなに渋るのもエレンを思ってのことなんだろう。
そりゃ得体の知れない男のそばになんて置いておきたくないよなあ、としたり顔で頷くと両名から鋭い眼光が飛んでくる。
視線を避けるように目を瞑って肩をすくめた。
「三つ、マレビトの仕事をキッチリこなせば金が入るゾ。大した金額じゃナイが無いよりはマシだロ」
……あんなに睨んでおいてそのまま続けるのか。
とうとう会話に付いて行くのを諦めてテーブルに肘をつく。
ぼうっと一人と一匹を見つめながら頬を手のひらにめり込ませた。
ふと零れそうになった溜息はかろうじて飲み込む。
それから何度か言葉を交わして黙りこくったコンラッドに、麗音が「どうダ!」と喚いた。
それを片手で落ち着かせて、何やら眉間に皺を寄せているコンラッドに目を移す。
と、俺からの視線を受け流すようにエレンに顔を向けた。
「ネル」
「へ? ……ああ、うん」
今のは「エレンはどう思う?」ってことだろうか。
名前を呼ぶだけで通じるとはさすが幼馴染。
感心しているうちに、コンラッドの視線を受けたエレンはというと、じっと俺を見つめてくる。
思わずだらしない格好をしていた身体を起こして、しゃっきりと背筋を伸ばした。
「……フースケは」
「はい」
「フースケはどう思ってるの?」
「どう、って」
そりゃあもちろん二人が仲間になってくれたらな、とは思うけど。
やや気圧されたように答えると「そっか」とエレンは顔を曇らせた。
「あたしもフースケやレーネと一緒にいられたら楽しいだろうなと思う。
……でもさっきからレーネばかり話してるし、フースケはどうなのかなって、」
思って。
へにゃりと彼女が浮かべた誤魔化すような笑顔は、実に容易くコンラッドの殺気を誘った。
痛い。沈黙と殺気と笑顔が刺さる。
全身ズキズキと幻の痛みに震えながら、しどろもどろに言葉を紡いだ。
「お、俺としては、二人には納得して仲間になってほしい。
二人からしたら出会ったのは偶然だし、いきなり馴れ馴れしいし、騙し討ちみたいな感じで飯作らされたしで――うわ思い返したら結構好き勝手やってたな、ごめん――散々な目にあったのかもしれないけれど。
それでも二人のことを知ったからこそ、ちょっとでも嫌な思いはしてほしくないんだ」
分かってくれるだろうか。自分の発した内容の支離滅裂さに頭を抱える。
構わず口を開きかけるコンラッドを視界に捉え、それでも勢いよく首を横に振った。
「だから諦める、なんて言わない。こっち来たばっかりで不安とか気がかりなこととか沢山あったけど二人と居たらそんなこと忘れるほど楽しかった。料理もおいしかった。ここでお別れしてもう会えないなんて嫌だ。だから、」
すう、と大きく息を吸い込んだ。
「だからここで一緒に暮らそう!」
ぴりりと喉を痛めてバクバクと心臓を高鳴らせる俺に、三者三様の反応が返ってくる。
「ハァ?」と可愛そうなものを見るような目をするのは麗音。
「え?」と驚きに目を丸くしているのはエレン。
そして無言だがとびきりの殺意を滲ませるのがコンラッド。
森で向けられたのとかさっき浴びせられたのとは比べ物にならないくらいの殺気に、ぎくりとたじろぐ。
……いや『暮らそう』ってのは別にそんな邪な意味ではなくてですね。
「や、その、お試し期間っていうか。無理強いはしたくないけど、その間二人は野宿とか安宿暮らしをするのかと思うと心配で。
ここなら暖かいし余分な金かからないし危険な目に合わない、し……」
しょぼしょぼと声量が下がっていく俺を見て、コンラッドがズバリと切って捨てた。
「おまえが危険だ」
「ぐっ……そ、そんなに俺が信用できないなら二人で一部屋使っていいから!」
それでも眉間に入った力を緩めないコンラッドは手強い。
救いを求めて麗音を見ると、とうにそっぽを向いて短冊尻尾を物憂げにぱたりぱたりと揺らしていた。知ったことかとその背中が語っている。
コノヤロウ、話を始めたのは麗音じゃないか。
そりゃ俺も仲間になってほしいとは思ってたけどさあ。
苦々しく思いつつも、どうやってコンラッドを頷かせるかが先決だと自分を納得させて頭を巡らせる。
そうやって誰も話す人がいなくなってしまうと、黙していたエレンが「あのね」と口火を切った。
「あたしなりに今ちゃんと考えてみたの。フースケたちはあたしとコンラッドにとってすごくいい条件を出してくれているし、何よりあたしも二人と一緒に居たいと思ってる」
「っ、じゃあ!」
「その『お試し期間』ってやつに乗ってみたいな。
……あ、でも、仲間になるっていうのはラドが賛成してくれないとダメだけど、」
「うん、分かってる。ありがとう!」
にへらと頬の筋肉が緩んでいくのが自分でも分かった。ひとつガッツポーズをして、それでも興奮が収まりきらずそこらへんに転がっていた麗音を拾い上げて空中に放り投げる。
当然サイコキネシスで体勢を整えた麗音に怒鳴られて遠慮なく叩かれたが、それすらも楽しくて「へへへ」と堪えきれなかった笑い声が溢れた。
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「いいのか」
「もちろん。二人のことはまだよく知らないけど……でも悪人じゃないっていうのはなんとなく分かるから」
「…………」
「もー、ラドはあたしの心配しすぎ!」
「だが」
「大丈夫だって! あたしにはラドが付いてるんだから、ね?」
守ってくれるんでしょ?
そう言って朗らかに笑ったエレンに一つ、二つ瞬きをしてコンラッドは眉をひそめる。そして、そろそろとほんの少しだけ口端を歪めた。
麗音に膝詰めで説教されつつ二人の様子をちらちらと窺っていた俺が、あれはコンラッドなりの笑顔だったのだと気が付いたのはもう暫く後のことだった。




