12話 「夕食はママの味」
料理をしてくれるという二人のために、エプロンを求めてクローゼットをガサゴソと漁る。
昨日俺が使った藍染のエプロンはあるが、もう一つがなかなか見つからない。
エプロンの予備くらいあると思うんだけどなあ。
在り処を訊こうにも麗音は「メシできたら呼べヨ」と言い残して、どこかへ飛んで行ってしまった。
きっと空き部屋で昼寝してくるのだろう。
ちくしょーいい御身分だな、なんて麗音に八つ当たりしながらクローゼットに頭を突っ込んでいると、開きっぱなしだった部屋のドアからコンラッドの声がかかる。
「食糧庫は」
「そこの階段下りて真ん中の倉庫ー」
たんたん、と階段を下りて行く二つの音を聞きながらも、手を休めずに服の山を掻き分ける。
すると、小箱があるところと対角の隅に何やら小さめの布やら服やらが畳んで積み上げられているのを見つけた。
しかしこのクローゼット広すぎだろ。
「んお、お?」
手を伸ばして一つ一つ引きずり出しては広げ、それを近くの隅に畳み直す、を繰り返す。
小さな山が残り二枚になったところで、俺はようやくくすんだ白のエプロンを引きずり出した。
腰から下しかないタイプだったけど無いよりはマシだろう。
次に、窓を開けてエプロンの埃をばさばさと落とす。
本当は洗濯したほうがいいんだろうけど、防虫剤入りのクローゼットの中にずっとしまわれていたわけだし。とりあえずはこれで平気だと思いたい。
それから俺はくしゃみをしながら、二人が食糧庫から戻ってくるまでエプロンの埃を払い続けた。
******
「これ、二人のエプロン。引っ張り出してきた」
「わ、ありがとー!」
エレンが昨日のエプロン、コンラッドが発掘した方のエプロンを身に着けている間に、二人が食糧庫から持ってきたものを覗く。
コンラッドが持ってきたのはたくさんのトマトと小さな肉のかたまり(牛肉っぽい)、玉ねぎ、にんにく。
それに加えてエレンが小麦粉とバター、それから、……赤ワイン?
「わ、わいん?」
じゃぶじゃぶと流しで手を洗っている二人を見やると、蛇口の栓をきゅっと捻ったエレンが答えてくれる。
「ラドが言うには隠し味なんだって」
「ほえー……」
そうこう言っている間にもコンラッドは肉の塊を薄く切ると、まな板の上で次々に細切りにしていく。
それを更に四角形になるように切り、二本の包丁で切った肉を叩き始めた。
うん、これはなんとなく分かる。肉をミンチにしているんだな。
その隣ではまな板を取り出したエレンが、ヘタを取り除いて水洗いしたトマトをざくざくと切って、切って、切って……その切り終えたトマトを全部、まな板から鍋に流し込んだ。
ここからエレンは鍋に付きっきりになるらしい。
こっちはトマトスープかケチャップでも作るのかな。
さて、肉をミンチにし終えたコンラッドはそれに塩を軽く振り、そのまま少し放置。それから玉ねぎとにんにくを今度はみじん切りにしていく。
すっごい顔顰めてるんだけど、玉ねぎで涙が出そうなだけなのだろう。
みじん切りを終えたらすぐにミンチにした肉を火にかけた。
暫く炒めたところで小麦粉を足している。
まさかこんなに凝ったものを作るとは思わなかった俺が、おそるおそる手伝いを申し出ると、今みじん切りにしたものを炒める役目を仰せつかった。
どうやらただ炒めるのではなく、焦げ目がついてきたら水をちょっと入れるっていうのを繰り返さなければならないらしい。
そうすると早く玉ねぎが飴色になるんだそうな。これが生活の知恵ってやつか。
言われた通りに油をひいて、二人の間でかちゃかちゃと材料を炒めていく。
そのコンラッドはというと焦げ目のついた肉をもう一つ下ろした鍋に空け、そのまま脂が残ったそこにバターと小麦粉を入れて、今度はぐるぐると掻き混ぜ始めた。
「焦げる」
俺のフライパンを一睨みしてコンラッドが呟く。
――――ああ、はいはいそうでした。
コンラッドの手元をぼうっと眺めていた俺は、慌てて水を少し入れて木べらで再び炒める。
懲りずに隣のフライパンをちらちら覗いていると、中身がだんだんキャラメルのような色合いになってきた。
尚も混ぜ続けて完全に茶色になってしまうと、フライパンを火から下ろし布巾で一度冷やす。
それからワインをコップ一杯程度入れて、また火にかけた。
……流石、手慣れていらっしゃる。
また睨まれる前に自分のフライパンにまた少し水を注ぎ、手をひたすら動かした。
エレンの方を覗いてみると、いつの間にやったのか皮と種を裏ごししたようだ。あんなに沢山あったトマトの嵩が半分以下まで減っている。
エレンも手慣れているなあ。
「それ、入れろ」
「はぁい」
俺が炒めていた、もうしなしなになった野菜をとろとろのルーに流し込む。
ここまでやって、俺はようやくピンときた。
「ミートソースだ!」
「せいか~い!」
トマトに一区切り付けたらしいエレンはさっき肉を空けた寸動鍋を、俺が材料を炒めていたコンロに火を点けて置く。
そこにすかさずコンラッドがフライパンの中身を流し込み、材料の温度が均一になるようにまたちょっと炒めて、それからトマトピューレを加えた。
蓋をして強火でぐつぐつ煮込んでいる間にスパゲティを茹でる。
これは俺にもできるくらいの作業だからもう気を抜いても大丈夫だろう。
「……はー、二人ともすごいな」
「今日はスパゲティだけど、普段はパンのお供にこういうのを作り溜めしておくんだよ。時間を置けば置いただけ美味しくなるしね!」
「あー、なるほど」
にぱっと笑うエレンから、二つの鍋を前にして動かないコンラッドの背中に視線を移す。
きっと彼は大切な幼馴染のために料理を覚えたんだろうなあ、なんてちょっと柄にもなく感心した。
じぃん、と胸を押さえていた俺に容赦なく鋭い声が飛んでくる。
「おい、皿」
……はいはい只今。
「――――俺ってまだコンラッドにとっては危険人物なのかなあ。やけに当たりが厳しいし」
据え付けの棚から皿を取り出しつつぼそりと愚痴ると、それを聞き取ったエレンが苦笑いしながら首を横に振った。
「いやあ、フースケはまだ懐かれてる方だよ」
「……懐くって」
「基本的にラドはあたし以外と口利かないし」
そこまで酷いのか、と絶句する。
思わずじとりとコンラッドを見ると、「早く」とでも言うように差し出したままの右手をひらひらと振った。視線は目の前の二つの鍋からぴくりとも逸らされていない。
確かに動物的ではあるよな、と思いながら大きめの皿を三枚と麗音用に一回り小さい皿を一枚、それとトングとおたまを差し出した。
「あたしも盛り付け手伝うよ!」
パスタを寸動鍋からザルに空けるコンラッドにエレンがぱたぱたと駆け寄る。
するとコンラッドが流しで水を切りながらさっき俺が渡したおたまを無造作に背後に差し出しだした。
エレンはそれを平然と受け取ると、一言礼を言って蓋を取った鍋の中におたまを突っ込む。
この間、一度もお互いがお互いを見ていない。
「……なんか、今すごい幼馴染って感じした」
「え、そうかな」
「うん」
当たり前のように相手がいるのを疑っていない二人がちょっと羨ましい。
俺も幼馴染ほしかったなあ、なんてくだらないことを考えながら、麗音を探すためにキッチンを後にした。
******
「オマエらの料理は割と食えるナ!」
「でしょ! ラドは料理上手なんだから!」
「……昨日のご飯も食べられただろ」
「アレは食事というカ生きる為に腹を満たすって感じだったナ」
昼、紅茶とお菓子を食べた部屋に、綺麗に盛り付けられたミートソース・スパゲティが並ぶ。
麗音はいの一番に皿に噛り付き、予想通りに赤いソースで口元をべちゃべちゃに汚した。
フォークが宙でくるくると麺を巻き取り、どんどん麗音の口に運んでいく。
「麗音、落ち着いて食べなよ」
「ウマいゾ! オマエらもさっさと食べロ!」
「聞け」
俺と麗音のやりとりにくすくすと笑っていたエレンが十字を切って両手を組む。
それにコンラッドも倣って暫く黙り込んだ後、二人は「いただきます」とフォークを手に取った。
……そっか、ここは日本じゃないんだもんな。
何だか変な感じだけど俺も手を合わせ「いただきます」と頭を軽く下げて、フォークとスプーンを麺の間に差し入れる。
外国ではこういう食べ方をしないらしいけど白いワイシャツを汚したくないので見逃してほしい。
ぐぎゅると胃が音を上げたのに急かされて、俺も赤いソースがたっぷり絡まった麺に齧り付いた。
ちん、と皿と金属がぶつかる音を立てて麗音の目の前にフォークが落ちる。
その音に吸い寄せられるように、俺含め三人が一斉に麗音を振り向いた。
「ごちそうサマ」
一番食べ始めるのが早かったのに一番食べ終えるのが遅いのは、単に口の大きさのせいだろう。
ふわりとテーブルから浮き上がる麗音の尻尾を捕まえて、口元を拭ってやろうとすると乱暴に手を払いのけられた。
ペッと唾を吐き捨てる真似をして尻尾ビンタを一発食らわされる。
「フースケ、ウザイ。今はそんなことしてる場合じゃナイんだヨ」
「はあ?」
頬を押さえて胡乱な視線を送る俺を黙殺して、麗音は向かいに座る二人を凝視する。
二人が何をしたって言うんだ。ご飯のお礼はもう俺が言ったよな。
内心浮かんだ疑問に答えるように、むん、と麗音が腰に手を当て胸を張り小さなソースまみれの口を開いた。
「オマエら、稀人の腰巾着にナレ!」
「パスタ」は総称で、その中の一種類が「スパゲッティ」なんですって。
さらに言うと「スパゲッティ」はイタリア寄りの表記で「スパゲティ」が英語式の表記だそうです。初めて知った。




