11話 「ふたりぼっち」
「――――……って、ことなんだけど」
今までのことを全て話し終えて溜息を吐く。
こうやって振り返るとすごく濃い3日間だ。というか、まだ麗音を譲り受けてから三日しか経っていないのか。すごい。
一瞬現実逃避しかけた頭を引き摺り下ろし、おそるおそる正面を窺うと「やっぱりね」とエレンが呟いて紅茶を口に含んだ。
「フースケがマレビトだって、なんとなく分かってたよ」
「えっ!?」
驚いて彼女の隣に陣取っているコンラッドを見やると、彼も無感情にこくりと頷く。
意図せずぐううと喉の奥が鳴った。
「……じゃあ“なんとなく分かってた”のに何で短剣向けたんですか」
「マレビトだからという理由だけでは信用に値しない」
「…………」
じとりと恨みがましく睨んで唸るように声を出した俺を目の前にしても、コンラッドの無表情は崩れない。悔しい。
おまけにつーんとそっぽを向いた彼を笑いながら諌めて、エレンはもう一口紅茶を啜る。
むすりと膨れた俺が後頭部を麗音に尻尾でブッ叩かれると同時に、「今度はこっちが話す番だよね」とエレンがカップをソーサーに置いた。
「あたしとラドはね、フースケの先代のマレビトが開拓した村の出身なの」
「え、じいちゃんが?」
「うん。ヴェントと魔森のちょうど境くらいのとこで“シェー村”っていうんだけど」
……脳内を紫のスーツで出っ歯でおかっぱで糸目のおじさんが「シェーッ」と通り過ぎて行った。
「ちょ、ちょっと待って。それってじいちゃ、先代マレビトが付けた名前?」
「そう聞いてるけど……」
いくらこっちの人が知らないとはいえ、そんな名前付けていいのかじいちゃん。もっと考えて付けようよじいちゃん。
尚も瞼の裏に浮かび続ける例のポーズを追い出すのに苦労しながら、ズキズキと痛む頭を押さえて「ごめん何でもない」と顔を上げる。
「……続きをオネガイシマス」
「? 分かった」
こてりと首を傾げるエレンに、どうぞどうぞとジェスチャーする。
エレンは訝しみながらも頷いた。
「ええっと、それで、マレビトについては結構うちの村では有名な話になってて。ぶつぶつと何かを呟いているとか、右手の甲にシルシがあるとか、異世界から来たとか」
「……ぶつぶつ呟いて?」
「あれ、レーネから聞いてなかった? あたしたちは目の前でフースケがレーネに話しかけて、『そこに何かがいる』って認識することができたからレーネが見えるようになったんだよ。
例えば、ただの通りすがりの人にはフースケがただ独り言喋ってるようにしか見えないの。いちいち今すれ違った人が何に対して喋っているかなんて気にしないでしょ? 村人も同じ。初めから独り言だと思っちゃったからレーネが見えなかったんじゃないかな」
「なるほど」
街でマーカスさんだけが麗音に反応したのはそういうことだったのか。
昔じいちゃんと一緒にいたから麗音を認識していたんだ。
――――そう考えると、ひょっとして麗音は呪術を使えるのだろうか。
こっちに来てすぐのとき転移の術とかなんとか言ってたし、今聞いたのだってもしかしたら麗音がなんらかの呪術を自分にかけているからこそ起こり得る現象なのかもしれない。
ただの偉そうな風鈴だと思ってうっかりしていたけど、麗音は腐っても不思議生物だった。
ちらりと麗音を見ると聞いているのかいないのか。口元をめちゃくちゃに汚しながら、もっしゃもっしゃとガレット・デ・ロワを頬張っていた。
……いや、こんなのが高度な術を使えるとは俺も考えたくはないけど。
内心呆れる俺を目の前にエレンは少し笑ってから再び口を開く。
「あたしたちがフースケをマレビトかなーって半ば確信したのは、レーネとそのグローブとこの家。独り言もレーネがいたんだと思えば納得だし、紅茶を淹れるときもグローブを外さないのは変だし、この家にはピカピカ光る見たこともない球体がたくさんあるし、お風呂に便利な筒はあるし」
「あー……」
便利な生活に頼りすぎてたのが仇になったか。
いや別にマレビトであることを隠せだなんて誰にも言われていないんだけど、かと言って無闇にひけらかすのがいいとも思えない。
後ろ頭を掻く俺にエレンがにやりと意地悪く笑う。
「ま、決定打は苗字だけど」
「……エレンとコンラッドがこんなに演技派だとは思わなかったよ」
「へへ、何年も二人で旅してるからね」
やっぱり二人旅だったんだ。
さくりと少し残っていたパイ生地にエレンがフォークを突き立てた。
それを何ともなしにぼんやりと見つめて口を開く。
「ちなみにどのくらい旅してるの?」
「んー……ラド、どのくらいだっけ」
「六年」
黙って俺たちの話を聞いていたコンラッドがぼそりと吐き出した言葉に、俺は驚いて椅子から飛び上がった。
隣の麗音が胡散臭げにこっちを見ている。
「ろ、ろくねっ……! そんなに長い間二人旅してるだなんて色々と大変じゃないの?」
「んーん、ハンターギルドにお世話になってるからそんなに苦労はしなかったな」
ラドもいたしね、と笑顔で首を振るエレンに、はてと首を傾げた。
「ハンター、ギルド?」
「うん。分かりやすく言うと魔物退治とか警備の仕事を斡旋してくれる組合ってところかな。国を旅しながら近くのハンターギルドに寄って『私たちは今ここにいますよー』って報告すれば、仕事と宿を仲介してくれるの。
もちろん給金の何割かはギルドに取られるんだけど、二人旅にはそれでも十分お釣りが来るくらいだし」
仕事が無いときも多いんだけどね、とエレンは続ける。
「それで、今回ハンターギルドから受け取った仕事が魔森から国境を越えてきたカニオンの討伐だったわけ」
さっきもエレンが言ってた「魔森」ってのは、国境の外に広がっている未開拓の森のことで多分あっているはずだ。
しかし、カニオンってどんな魔物なんだ? 結局会わず終いだったし分からん。
隣で我関せずを貫いていた麗音を小突いて訊いてみると、渋々といったように口を開く。
なんでも、ライオンの身体の側面からカニの脚を四対生やして尻尾の先をハサミにしたような魔物だそうな。
俺は頭の中で迫力満点のライオンが身体から生えたカニの脚をガッチャガッチャと開閉しているのを想像して、大きく身震いする。
「そんな魔物を倒したのか……。すごいなあ」
「ふふん、ラドは村で一番の弓の名手だったんだもんね!」
胸を張るエレンに、称賛されたはずのコンラッドがぎゅっと眉根を寄せる。何言われてもずっと無表情だったのに。
そんな彼の様子にどこか違和感を覚えつつも、曖昧に頷いてエレンに言葉を返した。
「でもエレンも戦ってたんでしょ?」
「うーん、基本的にあたしは殴るだけだよ。相手がふらつきさえすればすぐにラドがズバババッとトドメ刺してくれるし」
「それでもすごいって! 俺なんて魔物倒さなきゃと思っただけで怖くて足ガクガクだったし」
「情けないナ」
「麗音うるさい」
麗音の短冊尻尾をぎゅむりと握り、エレンの声を遠くに聞きつつさっきの会話を反芻する。
魔物は怖いけど、ハンターギルドはいいなあ。
“手伝い”先でも格安で宿を借りれるし固定収入も得られるって最高じゃないか。……魔物は倒さないといけないけれど。
でも魔物はどっちにしろ“手伝い”で倒す機会があるらしいし、慣れておくのもいいかもしれない。
ハンターギルド、後で案内してもらおうかなあ。
******
「――――ところで、ええっと、お二方は料理とかできたり、しませんかね……?」
「料理?」
ある程度水分が落ちた服を洗面所からリビングに持ってきて、湿り加減を確認していた二人が振り返った。
きょとんと俺を見上げる二人に、麗音が顔をくしゃくしゃに歪ませてペッと唾を吐く真似をする。
「コイツ料理下手くそなんだヨ。昨日の晩御飯とか酷い目にあったんだゾ」
「そ、そこまで酷くはなかっただろ。男にしては平均くらいだし……」
「嘘ツケ」
「嘘じゃない!」
目を吊り上げてぎゅぎゅぎゅっと麗音をおにぎりの刑に処す。
ぎゃーぎゃーと騒ぐ俺たちにおそるおそるエレンが口を挟んだ。
「料理、できないの?」
「…………まあ、食べられなくもないくらいの出来かな」
「パン切って肉焼いたダケを料理とは認めないゾ!!」
「うっ……でもほら、決して不味いわけじゃ、」
「ロクに調理してないのにマズいもウマいもナイダロ!!」
「……麗音黙って」
手の中からギャンギャン騒ぐ麗音に更に圧をかけると、するりとサイコキネシスで逃げられて頬に尻尾ビンタをかまされる。
「痛ったあ!」
「ソウいう訳だからオマエら代わりに料理作レ」
振り返ってびしりと短い手で二人を指す麗音を、背後で赤くなった頬を押さえつつ、あわあわと見ていることしかできない。
いつもだったら「偉そうに言うな!」とか麗音を諌めるんだけど、正直今回ばかりは死活問題なので僅かばかり手を抜かせてもらう。
だってできれば料理作ってほしい。美味しいご飯食べたい。あったかい手料理食べたい。
……下心が丸見えで悪かったな。ちょっと反省してます。ちょっと。
粛々と懺悔モードに入っているとエレンが「いいよー」と軽く頷いた。
ガバリと顔を上げると意外なことにコンラッドまで快く頷いてくれている。
「ほんとに!? ありがとう!!」
「いやあ、あたしはお礼言われるほど上手じゃないんだけど……。でも頑張るね!」
「いやいや、ありがたいよ!」
ぐっと両手を握りこぶしにするエレンに思わず頬が緩んでしまう。
これで今日は美味しいご飯が食べられるぞ、なんて意地汚くほくそ笑む自分は心の内にしまっておいて。
また黙々と服をハンガーにかけて吊るしているコンラッドを振り返った。
「コンラッドもありがとな」
「ネルに不味いと分かっているご飯を食わせる謂れはない」
「くっそ、そういうことか! って別に俺の料理は不味くないし! 凝ったもの作れないだけだし!」
少しだけ背伸びをしてコンラッドの胸ぐらを掴んだ俺を一瞥して、当の本人は「どうだか」と小さく吐き捨てた。




