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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
1.一樹之陰
10/76

10話 「仲良くなれたと思ったら」

うわあああすみません、てっきり投稿出来ているかと思ってました!

確認画面ェ……


11話投稿は予定通り11/7に投稿致します!!

「ただいまあ」


よろよろと扉を閉め、首筋を流れる汗を肩に張り付いたシャツに擦りつけるようにして拭う。右手からグシャリと薄茶色の紙袋が潰れる音がして、慌てて強張っていた手の力を抜いた。


動きを止めると、何度も擦れて熱を持った足の裏と蒸れた革靴が煩わしい。

干乾びた喉からはツンと鉄の味がして、思わず顔を顰めた。


「――――オウ、遅かったナ」


ふよふよとリビングの方から姿を現した麗音に、今度は袖で汗を拭ってからへらりと笑いかける。


「ただいま麗音。あの二人、ちゃんと風呂に入れてくれた?」


「オマエの言ってた通りに洗面所へ放り込んでやったゾ」


「……放り込めとは言ってない」


麗音が二頭身で器用にエヘンと胸を突き出す。

「偉いダロ? 褒めてもイイんだゾ?」と全身で語っているその姿に、俺は走ったせいだけでなく頭がガンガンと痛んだ。

偉い偉い、と適当に呟いてふらふらとリビングへ向かう。


あ、ちなみに男女が風呂に二人っきりでラッキースケベ的な展開は大丈夫なのか、とかそういう心配はいらない。

この屋敷はだだっ広いので、洗面所と脱衣所と浴場がちゃんと別々になっているのだ。実に健全である。


まあ確かに浴場にどちらかが無理矢理押しかければそんな気遣いも無駄になるのだが……そこらへんは多分問題ないだろう。今までも二人で旅をしてきたみたいだし。

……だからごちゃごちゃ難しい説明をせずに、ただ「二人を風呂に入れておいて」とだけ頼んだのに! まさか放り込む(物理)だなんて!!


ざあざあと時折水音が聞こえる浴室に思いを馳せていると、ぐいーっと後ろ髪を引っ張られた。


「フースケ、買ってきたヤツはどこダ」


「これだけど――――って食っちゃだめだぞ。これはおやつ兼昼食なんだからな!」


びしりと目前に人差し指を突きつけると、俺から紙袋を奪い取り中身を漁っていた麗音は露骨に嫌そうな顔をする。

ネルさんとラドくんもいるから一人ひとつな、と言うと顔が更に歪められた。

その顔、マスコットっぽい外見にとてつもなく似合わないからやめた方がいいと思う。



******



キッチンにて、俺はお客さんと自分たち用の茶を淹れるためにぐらぐらと湯を沸かしていた。

いくつかある茶葉の缶は何がどれだかよく分からないし、そもそも紅茶の銘柄なんてのはよく知らないので適当に赤紫の缶を選んでおく。


横目で薬缶を確認しつつポットを求めて引き出しを開くと、瀬戸物(せともの)でできた大きな急須もどきを発見した。

それを持ち上げると、ひらひらと黄ばんだ紙切れが宙を舞う。

床に落ちた紙を拾い何気なく裏を見れば、何かが書きつけてある。

それはどうやら昔のマレビトが残した書置きのようだった。


≪一杯ニツキ匙一ツ。茶葉ニハ沸カシタ湯ヲ入レル。湯呑ハ湯デ温メテヨシ。待ツ時間ハ()ノ砂時計ガ示シタ通リニ。時間ニ成ツ(なっ)タラ急須ヲ揺スリ、最後ノ一滴マデ(あま)スコトナク注グベシ。≫


ひらがなが全部カタカナで書かれていることからして、じいちゃんの若い頃、もしくはその前の代くらいのメモだろうか。読みづらい。

それに、細かい皺がたくさん付いた紙そのものや何重にも引かれた下線から、この世界で紅茶の淹れ方に相当苦労したらしいことが窺えた。


確かに煎茶とは淹れ方が少し違うもんなあ、なんてキッチンで独り言ちる。

同時に、カップと急須――中に数字と印が彫ってあって、まるで炊飯器の内釜みたいだ――に茶葉を入れ、湯を注ぎ、蓋を閉めて砂時計をひっくり返した。



ぼうっと何をするでもなく白磁のカップに入った淡藤あわふじ色の模様を眺めていたが、廊下からぱたりぱたりと足音が聞こえて俺は慌てて顔を上げる。

さっと砂時計に視線を走らせるもあと1分程度は残っていた。


とりあえず麗音が未だに離してくれないガレット・デ・ロワはカップと揃いの皿に盛り付けるとして。

ええと、ええと、あと何かやることあったっけ。

狼狽えて落ち着かなく周囲を見回しているうちに、正面の扉があっさりと開かれる。


「お風呂、ありがとう! 服の血も浴室で落とさせてもらったから長風呂になってごめんね」


「そんな気を遣わなくても」


「だって掃除大変でしょ? それからハンガー借りて勝手に服も干させてもらっちゃった」


「ああうん、ハンガーくらい好きに使っていいよ」


部屋に入ってきたネルさんは黒いハイネックのワンピースに皮のサンダル。

サンダルは薄くて柔らかそうで折り畳みスリッパを彷彿とさせた。

まだ生乾きの髪を後ろでひとつにまとめている。


ラドくんは普通の白いシャツに黒麻のズボン。

太腿にはやっぱり短剣が収まっているシースを据え付けていた。

ついでに頭はネルさんに無理矢理拭かれたのか、さっきよりもボサボサとしている。


明るい笑みを浮かべてはきはきとよく喋るネルさんと無表情で滅多に口を開かないラドくんは一体どこに接点があったんだろう、なんて無粋なことをちょっと考えた。


「ほんと何から何までありがとう! ほら、ラドもお礼!」


「どうも」


「……あ、いえ」


にこにこ笑ってお礼を言うネルさんと、ネルさんに急かされて口を開くラドくん。

別にそんな大したことはしていないし礼なんていらないけれど、ラドくんがあっさりお礼を口にしたのに驚いた。

てっきり彼には嫌われているものだと思っていたから。

……今だって短剣を手放さないし。


落ち着かなくて思わず目を泳がせると、いつの間にか砂時計の砂が全て落ち終えていたのに気付く。

急いでがちゃがちゃと忙しなく音を立ててカップに入った湯を捨てると、急須を何度か揺すりつつ目の前のネルさんとラドくんに話しかけた。


「ああっと、紅茶淹れたんだけど、飲む? ……慣れてないから味は保障できないけど」


「わ、嬉しい。ぜひ頂きたいな」


「それじゃあダイニング――――んんっと、そこの扉から出てすぐ左の部屋で待ってて」


分かった! といい返事をしたネルさんとその後ろに続いて部屋を出て行くラドくんを見送って、俺は麗音を呼び寄せるべく声を張り上げた。



******



未だにむくれている麗音を伴ってダイニングの扉を開けると、ネルさんとラドくんが何やらひそひそと相談していた。

俺はなるべく静かに部屋に滑り込むが、ネルさんに「大した話じゃないから」と苦笑されてしまう。

お言葉に甘えて堂々と二人の前に紅茶と皿に乗ったお菓子を置いた。


「これ、お茶とさっき街で買ってきたお菓子。よかったら食べて」


「わあ、ありがとう! 美味しそー!」


喜んでくれたようでなにより。

ネルさんはほわほわと微笑み、ラドくんも腹をぎゅるぎゅる鳴らしながら紅茶を啜る。

ネルさんが美味しいと紅茶を褒めてくれたので後ろ手にガッツポーズ。


俺はキッチンとダイニングをもう一往復して自分と麗音の分も持ってくると、二人の目の前の席に腰を下ろす。

麗音がまだぷりぷりとそっぽを向いていたので俺の分のガレット・デ・ロワを半分献上しておいた。


「…………ムム」


ようやく機嫌を直した麗音に一息ついて、俺は目の前で紅茶とお菓子を堪能している二人に向き直る。


「……それで、森での続きなんだけど、ネルさんたちは」


「エレン」


「え?」


「エレン」


急に口を開いて単語を発するラドくんに首を捻る。えれん、ってなんのこっちゃ。

頭の上に疑問符をたくさん飛ばしている俺に気を利かせてか、あわあわとネルさんがカップをソーサーに置いた。


「ごめん今まで名乗ってなかったね! 私はエレンで、こっちがコンラッド。

あたしたち幼馴染なの。お互い愛称で呼んでたから誤解させちゃったかな」


幼馴染だったんだ。

納得したのも束の間、へにゃりとすまなそうに眉を下げるネルさん、改めエレンさんに俺は泡を食って無駄に両手を胸の前で振る。


「あ、えっと、俺こそ名乗ってなくてごめん。俺は東邸堂とうていどう風介ふうすけ、こっちの変なのは麗音れいね


「変とはナンダ」


「あはは。えーっと、それじゃあ改めてよろしくね。できたら堅苦しいのはナシでお願いしたいな」


「分かった。よろしくエレンさ……エレン、コンラッド」


一通り挨拶を終えた俺とエレンは、木の立派なテーブルの上でにこやかに握手を交わした。

いやあ、すっきりした後の紅茶は美味しい。

さっきエレンも褒めてくれたけど、俺としても初めてにしてはなかなかだと思う。

ご先祖様々だなあ。



「ところで、トーテードーフースケなんて随分長い名前なんだねー」


さく、とパイ生地にフォークを入れつつ、エレンは「すごいなあ」なんて呑気に言葉を零す。

俺はカップを傾けながら目を瞬かせた。


「ん? いや、東邸堂は苗字だけど」


「苗字……ってト、じゃなかった、フースケってばもしかしてすっごくお金持ち?」


こてり、と可愛らしく首を傾げるエレンにどっと冷や汗が噴き出る。

……まさかこっちでは権力者しか苗字を持たないだなんて思わなかった。

普通に名前だけ言えばよかったかも。


俺の動揺を察知したのかラドくん、じゃない、コンラッドの短剣の刃が照明の光を反射してギラリと光った。

ぴりりと肌を刺すような殺気に、俺は意図せずヒッと喉を引き攣らせる。


ずっと無心にお菓子と紅茶を貪ってたのに話聞いてたんだね!

無言だから一切興味ないんだと思ってたよ!!

よく考えたら森でのことがあって俺のこと警戒してないはずありませんでしたね!!!!


ひいぃと縮み上がる俺に、隣でのんびり高みの見物と洒落込んでいた麗音が声をかけた。


「残念だったナ、フースケ。コレは説明するしかなさそうダゾ」


「……麗音がするっていう選択肢は」


「アルわけないダロ」


再びむぐむぐと目の前の甘味に集中し始めた麗音を恨みがましく睨んで、俺は一から説明することを覚悟した。

……あの、ホントにちゃんと全部話すので、とりあえず短剣はしまってください。

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