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「昨日は本当にありがとうございました。」
翌日の土曜日、神崎さんが葛の葉庵に遊びに来てくれた。
「自分達の役目を果たしただけだから気にしないで。」
昨日の騒動でまだ落ち込んでいるのではないかと心配していたけれど、杞憂だった様だ。元気になってくれて良かった。
「そういえば晴支、神崎さんに渡す物があったのでハ?」
「あ、そうだった。」
ごそごそとポケットから取り出したのは、黒水晶のブレスレット。
「黒水晶には魔を祓う効果があるんだ。僕が特別に力を込めて作った物だから、これを身に着けていれば悪い妖から身を護ることができると思う。」
「ありがとうございます。大事にしますね。」
ブレスレットを受け取った彼女の表情はとても嬉しそうだった。喜んでもらえて何よりだ。
「そうだ、晴支。考えていたのだが、神崎さんに簡単な防御の印や破魔の術について手解きをしてあげたらどうだ?素質は十分あるし、いざという時自分の身を護る術を知っておいた方が良いだろう。」
確かに、いつまた神崎さんが怪異に巻き込まれるかわからない。貴人の言う通り、今できる対策は全てしておいた方が良いだろう。
「そうだね。神崎さんの体質を考えると、知っておいて損はないと思うし。どうかな、神崎さん?」
「あっ、でも御迷惑では・・・。それに何も知らない素人の私なんかにできるでしょうか?」
「こちらのことは気にしなくて大丈夫ですよ。神崎さんよりうちの連中の方がよっぽど面倒なので。」
「六合、私達のことそんな風に思ってたんですカ?酷いですヨ。」
「事実じゃないか。」
「そんな意地悪言う人にはこうデス!」
白虎は口をぷくっと膨らませながら六合の両頬を思いきり引っ張った。ちょっと痛そう。・・・と思っていたら六合が反撃のチョップをかま・・・そうとしたけどさっと避けられ、白虎にカウンターのアッパーカットを食らわされてしまう。そんな攻防を、葛の葉庵のメンバーは笑いながら眺めている。
「術は基本から指導するし、練習を重ねればきっと神崎さんもできる様になるよ。どうかな?やってみる?」
少しの間考え込む神崎さん。僕を含む葛の葉庵メンバー全員が彼女に注目する。
「あの・・・ではやらせていただきます。御指導、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしく。」
お互い笑いあって握手していると、ふと昨日の晴明の言葉を思い出した。
―今日、君は自分の運命を動かす特別な出来事に遭遇するはずだ。その出来事が、君にとって大切な「縁」をもたらせてくれるだろう。―
晴明が言っていたのは、やはり今回の死人憑の一件のことだったのかな。この出来事が、神崎さんとの「縁」が・・・僕の未来にどう関わってくるのかは、まだ分からない。でも、さらに賑やかになった葛の葉庵を見ていると、何だか面白くなりそうな予感がしてくる。そんな僕の小さな期待を知ってか知らずか、葛の葉庵の皆は今日も元気一杯だ。