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月明かりが輝く静かな路地。僕は神崎さんを家に送り届ける為彼女と並んでゆっくり歩いていた。頬に当たる風がまだ少し冷たい。
「トラブルに巻き込んでしまった上に送っていただいて・・・御迷惑おかけして本当にすみません。」
「見回りのついでだから気にしないで。それに神崎さん謝り過ぎだよ。」
少しからかう様な口調で僕がそう指摘すると、神崎さんははにかむ様に笑った。でも、そんな彼女の目はどこか辛く、悲しげなのが気にかかる。いきなり襲われて、怖い思いをして・・・不安や恐怖を拭いきれないのも無理もない。それに死人憑に取り憑かれていたあの女性・・・
「神崎さん・・・実は・・・死人憑を祓った時、取り憑かれていた女性から君への伝言を頼まれたんだ・・・。」
「!?本当ですか!教えてください!!一体何を伝えようとしていたのですか?」
彼女は真っ直ぐな強い眼差しで僕を見つめ、問いかける。僕はあの女性から託された言葉を、気持ちを、神崎さんに全て伝える為にゆっくりと声に出した。
「“最期にもう一度会えて嬉しかった。お父さんと弟さんのことをお願い”って言ってた。」
「そうですか・・・。」
彼女は伝言を聞くと少し顔を俯かせ、寂し気に微笑んだ。何か声をかけようと口を開きかけるが、何も言えずに黙ってしまう。神崎さんを励ましてあげたいと思うのに、かけるべき言葉が思い浮かばない。もどかしく思う気持ちだけが頭の中をぐるぐると廻る。
「あの・・・」
「ん?」
神崎さんは一瞬躊躇う様に口を噤むと、やがて意を決して語り始める。
「死人憑に取り憑かれていた女性・・・実は私の母なんです・・・。母は・・・最期どんな表情をしていましたか?」
神崎さんの優しい眼差しや穏やかな口調は、彼女の母親とよく似ていた。
やっぱり・・・親子だからかな・・・。
「とても穏やかな表情をしていたよ。君にもう一度会えたことを、心から喜んでた。」
「安らかに眠れたのなら・・・良かったです・・・。私も・・・お母さんに会えて嬉しかった・・・。」
神崎さんは再び口を噤むと、ふと空を見上げる。真っ暗な夜空には、優しく見守る様に月やたくさんの星々が輝いている。
「神崎さん・・・無理して笑う必要はないんじゃないかな。」
「え・・・あの・・・私・・・無理なんてしてませんよ?」
僕の発言に少し焦ったのか、神崎さんは少し口籠りながら視線を逸らす。
「泣きたい時は我慢しないで思い切り泣いて良いんだよ。泣きたいほど辛い気持ちを我慢して抑え込んだって、余計に苦しくなるだけだ。それに涙は色んな感情を流してくれるから、少しは気が晴れると思う。」
「土御門君・・・私は・・・大丈・・・」
不意に顔を背けた神崎さんの頬を伝う涙が、月明かりで一瞬光り輝く。
「すみ・・・ませ・・・私・・・ふぇ・・・うぅ・・・」
誰も居ない静寂な路地に、涙を流す神崎さんの声だけが響く。僕は何も言わず、ただそっと彼女の頭を撫でることしかできなかった。