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「あっ、あの・・・六合さん。私たちは一体どこに向かっているんですか?」
私は状況を把握しきれないまま、六合さんに手を引かれ走り続けていた。
「あなたを1番安全な場所に案内します。晴支達が死人憑の件をすぐに解決してくれますので、その間そちらであなたを匿います。」
「安全な場所?」
「ここです。」
六合さんに案内され、辿り着いたのは、“葛の葉庵”という製菓店だった。六合さんが言うには、ここが1番安全らしいのだが…。
このお店には他とは違う何かがあるのでしょうか?
少し疑問に思いながら、店の中へと入る。
「おや、六合お帰り。その娘が例のお嬢さんかい?」
「あぁ、事態が落ち着くまで、ここに居た方が良いと思って連れて来た。」
「こんばんはっ。神崎紫苑といいます。いきなり押しかけてしまってすみません。」
「そんなに堅くなんなくてもいいって。ゆっくりしていきな。」
「お茶、良かったらどうぞ。」
「怖かったろう。ここなら大丈夫だから、安心しな。」
「お姉ちゃん、晴支はスゲー強いから、悪い奴なんかあっという間にやっつけてくれるぞ!」
“葛の葉庵”の人々は突然やって来た私に優しく話しかけ、迎え入れてくれた。ここに来て安心したのか、緊張が少しずつ和らいでいく。
「やぁ、いらっしゃい。君のことは晴支から聞いているよ。」
店の奥から、1人の青年が現れ、目の前にやって来る。彼の肩に先程助けられた人型の紙人形が乗っているのが見える。
「ふむ・・・。」
男性は私を一目見ると、考え込む様に腕を組んだ。
「やはり相当強い霊力を秘めているようだ。死人憑が君に引き付けられてしまうのも無理はない。」
霊力が高いと言われても正直あまりピンと来ない。確かに、幼い頃から幽霊や不思議な現象には敏感な方だったが・・・。
「土御門君達は大丈夫でしょうか…。私のせいで皆さんを危険に巻き込んでしまって・・・本当に申し訳ありません。」
死人憑は土御門君達のことも容赦なく襲っていた。土御門君達が大怪我をしてしまったら・・・。ここの人達まで死人憑に襲われることになってしまったら・・・。
「何故君が謝る?君は何も悪くないんだ。そう気に病むこともない。それに、晴支達なら心配いらない。彼らは普通の人間とは違うからね。」
「普通の人間と・・・違う・・・?」
「貴人っ!?この娘に何を言うつもりだ!!」
貴人さんの話を遮る様に六合さんが大きな声を出す。土御門君には他の人には知られてはいけない何か秘密があるのだろうか?
貴人さんは六合さんに止められても全く気にしていない様子で、微笑んだまま、話を続けた。
「安倍晴明、君もこの名前は聞いたことがあるだろう?」
「えっ?はい。有名な陰陽師ですよね。」
安倍晴明―平安時代に活躍した陰陽師であり、現在でも彼に関する数多くの伝説が語られ続けている。
「晴支は安倍晴明の子孫であり、生まれ変わりなんだ。晴支は受け継いだ陰陽師の力で、様々な妖のトラブルを解決してきた。そしてそんな彼を守り、サポートするのが、彼に仕える我々式神の役目さ。」
「・・・。」
葛の葉庵の店内に沈黙が流れる。あまりにも唐突な暴露に、一同全員が茫然自失となる。
「・・・何さらっととんでもない爆弾発言しているんだ、貴人。」
絞り出す様な声で貴人さんを諌める六合さん。額に手を当て片眉を上げる六合さんの姿からは、彼の困惑がひしひしと感じ取れる。対する貴人さんは、そんな六合さんにも全くお構いなしという様子である。
「あ~、まぁ言っちゃったもんはしょうがねえし、何とかなるだろ。はっはっは!」
「何お気楽なことを言ってるんだ、玄武!」
「皺寄せてばっかりだと老けるぞ、六合~。」
「五月蠅いっ!!」
追いかけ合ったり、戯れ合ったりと賑やかな様子を見ていると、彼らが陰陽師の式神だとはとても考えられない。土御門君が陰陽師だというのも、衝撃的だ。色々なことがあり過ぎて頭が混乱してしまいそうだ。
「う~ん・・・。」
「ほら見ろ、いきなりあんなことを言うから困っちゃってるじゃないか!」
「晴支が力を使うところを見られているのだから、どのみち隠し通せないさ。それにこれほど妖を引き寄せる体質なら、我々の正体を知っておいてもらった方が良いだろう。」
確かに、私が襲われかけた時、土御門君は青い焔を操っていた。死人憑の攻撃を何か光る術で防いでいた。土御門君達は、あの死人憑の様な危険な妖と戦い続けてきたのだろうか・・・。
「あの・・・」
「何だ?」
「死人憑は亡くなった人に取り憑く妖だと聞きました。祓われた後、取り憑かれていた遺体はどうなるのですか?」
「死人憑に取り憑かれていた遺体は解放されると灰となって土に還る。大丈夫、晴支なら必ず取り憑かれた人を救ってくれる。」
貴人さんがふと視線を移す。土御門君達に助けられた路地のある方角だ。貴人さんの言葉からは、土御門君への信頼が伝わってくる。
「もう決着がついている頃ではないかな。」