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葛の葉奇譚  作者: 椿
第5章:如意宝珠
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7

 「はぁっ!はぁっ!」

 “声”を聞いてから少し後、私は葛の葉庵から少しでも離れようと必死に走り続けていた。何処に行けば良いかも分からず、行く当てのないまま、ただただ進み続けた。

 こんなに早く見つかってしまうなんて・・・。

 じりじりと敵が迫り来る恐怖と緊張が、私に襲い掛かる。体の震えが、止まらない。

 「晴支達に・・・迷惑掛けちゃったなぁ・・・。」

 私が晴支達に関わった所為で・・・彼らを危険に巻き込んでしまったかもしれない。私がもっと早く店を出ていれば、彼らに迷惑を掛けることも無かったのに・・・。

 「葛の葉庵の皆・・・本当に御免・・・。」

 葛の葉庵の皆に、あの妖達の魔の手が迫らぬ様に・・・

 静かに祈りながら、ひたすら進み続けていると―

 「わぁっ!」

 「きゃあっ!」

 十字路から飛び出して来た何者かと衝突し、勢い良く転んでしまう。

 「あ痛たた・・・。」

 「すみません、大丈夫ですか?・・・って、あら?滝さん!?どうして外に?」

 聞き覚えのある声に顔を上げてみると、そこに居たのは紫苑だった。彼女は少し驚いた表情をしながら、立ち上がるのに手を貸してくれた。 

 「滝さん、早く安全な場所に隠れた方が良いです。先程から・・・街の様子がおかしいんです!」

 「街が変・・・って?」

 真剣な面持ちで語る紫苑の言葉に、私は首を傾げる。

 「急に、時間が止まったみたいに全てが固まってしまって・・・。近くに居た人に話し掛けたり、触ったりしてみても、全く反応が無いんです。」

 辺りを見廻してみると、確かに、異常なくらい街は静かで、風も香りも何も感じられない。唯沈黙した空間があるのみだ。

 夢中で走っていたから・・・全然気付かなかった・・・。

 「兎に角、葛の葉庵に戻りましょう。」

 紫苑はパッと私の手を掴むと、私を葛の葉庵の方向へと軽く引こうとする。

 「あっ・・・駄目!葛の葉庵に戻るわけにはいかないの!!」

 「え?」

 店に戻るのを拒む私を、紫苑は何故だろうと眉を顰め、見つめる。

 今店に戻れば・・・紫苑や葛の葉庵の人達が危険な目に遭うかもしれない・・・。

 「私は大丈夫。それより、紫苑こそ此処を離れた方が良いよ!」

 私から遠ざけ、紫苑を避難させようとしたその時―

 「わぁっ!?」

 「きゃあっ!?」

 建物の隅や物陰等の至る所から小さな子蜘蛛達が沢山湧き出て来た。付近まで迫って来た蜘蛛達を2人で退治していくが、子蜘蛛の群れは止むことなく襲い掛かって来る。

 「ふふ・・・見つけたわよ、竜のお嬢さん。」

 突然背後から掛けられた声に私と紫苑はサッと振り返る。そこに立っていたのは―

 宮殿を襲った2人組のうちの、糸使いの女の方だった。少女の方は、来ていない様だ。

 「お前っ!?よくも皆を・・・絶対に許さない!!」

 「滝さん!?」

 仲間の仇を前に怒りを抑え切れなかった私は、紫苑が止めようとするのを振り切り女に向かって飛び掛かって行く。しかし、女が体から出現させた糸に阻まれ、近付くことが出来ない。

「くそっ!」

 水の刃で糸を斬り裂き、女に近付こうとする私に、土蜘蛛や子蜘蛛が一斉に向かって来る。撃退しようと私が身構えたその瞬間―

 無数の蜘蛛達を優しい光が覆い、滅していく。一瞬何が起こったのか分からずその場に固まってしまう私の隣に、1人の少年が現れる。1番危険な目に遭わせたくなかった人物の登場に、私は巻き込んでしまった申し訳なさと、助けに来てくれたことに対する嬉しさが入り混じった複雑な感情を抱いてしまう。



 「間に合って良かった。」

 紙人形の式神達に滝の居場所を捜してもらい駆けつけた僕は、間一髪の所で滝と神崎さんを敵の攻撃から護ることが出来た。あと少しでも遅れていたら、敵の刃が2人を襲っていたかもしれない。

 「おっ、居た居た!滝、見つかったんスね!!」

 「はぁ、また蜘蛛が沢山・・・。うんざりだよ、もう・・・。」

 「太裳は虫嫌いだもんな。はっはっはっ!」

 少し遅れて茨木童子、太裳、玄武もやって来る。大量の蜘蛛達の群れを潜り抜け、後を追って来てくれた様だ。

 「坊やが例の土御門の陰陽師ね。冥府の茨木童子まで絡んで来るのは、正直想定外だったわ。」

 女はくすりと笑い、真っ直ぐ此方を見据えてくる。

 「私は絡新婦。そこのお嬢さんが持っている“如意宝珠”が必要なの。快く譲ってくれないかしら?」

 優し気な言葉や表情とは裏腹に、彼女から放たれる気配は鋭く威圧的である。

 「“如意宝珠”は絶対渡さない。」

 僕が力強くそう答えると、絡新婦はふぅと1つ溜め息を吐く。そしてその直後、彼女は強い殺気を放ち、身構える。

 「そう、じゃあ少々荒っぽいやり方で“如意宝珠”を手に入れることにするわ。」

 彼女がくいっと小さく手招きすると、今までとは比べ物にならない程の数の土蜘蛛と子蜘蛛が僕達を取り囲んだ。

 「行きなさい。」

 絡新婦の一言を引き鉄にに、蜘蛛達が一斉に飛び掛かって来た。それを合図に僕達も敵を迎え討とうと動き出す。

 「急急如律令!」

 僕は素早く印を結び破魔の呪文を唱える。破魔の光は前方に居た蜘蛛達を包み込み、滅していく。前方に居た蜘蛛達が退治されたことで、絡新婦へと続く道が開かれる。僕は絡新婦に向かって猛スピードで一直線に駆け抜ける。しかし、そんな僕の足下に新たに湧いて出た子蜘蛛達が絡み付く。僕は自分の体に青い焔を纏い蜘蛛達を焼き祓いながら、止まることなく走り続ける。蜘蛛達の群れを蹴散らしながら進み続けていると、水の刃と石の弾丸が蜘蛛達を次々と倒していく。

 「手下達の相手は俺達に任せな。」

 「晴支はこのまま絡新婦の所まで突っ切って行ってくれ。」

 玄武と太裳が蜘蛛に攻撃を仕掛けながら僕に先に進む様に促す。僕は力強く頷いて大きく一歩を踏みしめる。

 玄武は迫り来る土蜘蛛に、水が渦巻く拳をぶつける。水を纏った拳は土蜘蛛達を押し上げ吹き飛ばしていく。思いのままに水を操り蜘蛛を倒していく玄武の姿は、まるで荒ぶる嵐の様だ。

 太裳は不快そうに顔を顰めながら、石の弾丸を蜘蛛達に喰らわせたり、地面を槍の様に尖らせ突き刺したりしている。飛び掛かって来た土蜘蛛達は、土で巨大な手を作り叩き潰して撃退している。

 更に、2人の攻撃に続いて今度は鋭い斬撃が蜘蛛達を斬り裂いていく。

 「晴支の邪魔はさせないっスよ!」

 茨木童子は元気良くそう叫ぶと、槍を大きく振り回し蜘蛛達を一掃していく。あらゆる方向から蜘蛛達が襲い掛かって来るが、茨木童子は軽やかな動きで蜘蛛達をスパァンッと斬っていく。そして槍の柄を力強くドンッと地面に当てると、彼の覇気が蜘蛛達を圧倒しバタバタと倒していく。 

 3人のサポートにより絡新婦の傍まで近付くことが出来た僕は焔の拳を振り被る。しかし絡新婦は敵である僕が眼前まで迫って来たにも拘らず、焦ること無くくすりと不敵な笑みを浮かべる。

 「私にはそう簡単に触れられないわよ、坊や。」

 一言そう囁くと、絡新婦は指を軽く動かした。その直後、あとほんの僅かな距離で触れられるというところで、僕の体がまるで金縛りに遭った様に身動きが取れなくなってしまう。玄武達も同じ様に 動きを封じられた様だ。ちらりと視線を巡らせ目をよく凝らしてみると、キラリと光るものが確認できた。

 ・・・蜘蛛の糸で僕達を縛っているのか。

 体を縛る蜘蛛の糸を焼き切ろうとしていると、

 「晴支、逃げてっ!」

 「土御門君っ!?」

 「晴支!?」 

 皆が緊迫した声で呼び掛けるのが聞こえてくる。その声に振り返ろうとしたその瞬間―

 ズシュッ

 僕の右肩を水の刃が貫いた。刀は直ぐに水に戻り、傷口から溢れる血と一緒に地面へと流れていく。右肩に声にならない程の激痛が走る。

 「いやあああっ!!」

 滝の悲痛な泣き声が響き渡る。絡新婦の糸により体の自由を奪われた滝は、もう一度水の刃を生成する。僕に斬り掛からせようとする糸に、彼女は必死に抗う。

 「あら、残念。心臓を一突きして殺してあげようと思ったのに。」

 冷たい目をしてくすくすと笑う絡新婦。

 「晴・・・支・・・。逃げて・・・。」

 糸の力に無理矢理抵抗している為、滝の体の至る所に浅い斬り傷が作られていく。

 「ふふ・・・。お友達に刺されて死ぬか、蜘蛛の糸に斬り刻まれて死ぬか。好きな方を選びなさい。」 

 絡み付く蜘蛛の糸が僕の体を徐々にきつく縛り上げていき、腕や足や頬等、体中を少しずつ斬り付けていく。

 「ぐぁっ!?」

 苦痛に顔を顰めながら、僕はキッと絡新婦を睨む。

 「うっ・・・もう止めて・・・」

 滝は涙を流しながら弱弱しい声で訴える。

 「駄目よ。さぁ、とどめを刺しなさい。」

 糸に引っ張られた滝が、僕の方へと迫る。そして彼女の刃が僕に届く直前―

 僕を包み込む様に、青い焔の渦が舞い上がる。

 「一体何が・・・!?」

 突然の出来事に、絡新婦は一瞬事態が呑み込めず動揺してしまう。そんな彼女の隙を突いて、高速の鋭い斬撃が仕掛けられる。

 「くっ・・・」

 躱しきれず腕に受けた傷から血が滴り落ちる。絡新婦がダメージを受けたことで、滝達の拘束も解かれ、体の自由を取り戻す。

 「土御門君・・・?」

 目を大きく見開く神崎さんの視線の先には、瞳と爪が鋭く尖り、獣の耳と二又の尻尾が生えた異形の姿と化した僕の姿があった。

 安倍晴明の母である白い妖狐“葛の葉”。その血を受け継ぐ僕は、妖狐の能力を使うことが出来るのだ。青い焔や変化の術も妖狐の能力によるものだ。己の中の妖狐の力をより強く解放すると、その影響で白髪に白い尾のこの異形の姿になってしまう。

 「妖狐の力を解放したのね・・・。」

 指で蜘蛛の糸を繰りながら此方の様子を窺う絡新婦。彼女は冷たい視線を僕に向けながら、攻撃のタイミングを計っている。

 僕は風を切り一気に駆け抜ける。そして絡新婦目掛けて青い焔を纏った鋭い爪を力一杯振り下ろす。絡新婦は蜘蛛の糸を束ねた盾を作り僕の一撃を受け止める。僕は間髪を容れずに重い斬撃や蹴り技を繰り出し相手の隙を狙うが、中々隙を見せない。絡新婦は僕の攻撃を糸で防ぎながら子蜘蛛を何匹か呼び出すと、僕の右肩の傷口を狙って飛び掛からせる。

 「うぅっ!?」

 子蜘蛛達に傷口を噛まれ、強い痛みが襲い掛かる。僕は素早く子蜘蛛達焔で燃やしたが、その一瞬を絡新婦に突かれ、強烈な蹴りで後ろに飛ばされてしまう。

 「いい加減“如意宝珠”を渡してくれないかしら。」

 ゆっくりと囁き、一歩ずつじりじりと近付いて来る絡新婦。僕は体勢を立て直し、目を閉じてふぅ、と1つ息を吐く。そして幻術で己の分身を数多作り出すと、絡新婦に向かって同時に走り出す。身構える絡新婦を素早く取り囲んだ僕と分身達は彼女に向かい一斉に攻撃を仕掛ける。渾身の力を振り絞った斬撃は蜘蛛の糸による盾諸共彼女を斬り裂いた。

 「・・・やってくれたわね、坊や。」

 全身に深い斬り傷を多く受けふらふらとよろめきながらも何とか立ち続ける絡新婦。彼女は残った力を振り絞り、指を少し動かす。すると、玄武達が相手をしていた蜘蛛達が、幻術を解いたばかりの僕に突然飛びついて来た。蜘蛛達が僕に覆い被さるように群がる。しかしその直後、強大な威力の青い焔が蜘蛛の塊を巻き込んで辺り一面を呑み込んでいく。焼き尽くされた蜘蛛達の屍の真ん中に立つ僕は周囲を見廻してみるが、絡新婦の姿は見当たらない。

 「絡新婦は?」

 「御免、晴支。逃がしてしまった。」

 僕が慌てて問い掛けると、太裳が首を左右に振りながら答える。

 「あの姉ちゃん・・・蜘蛛達を捨て駒にして自分は目眩ましの煙を使って逃げちまったのさ。」

 「あんな奥の手を隠しているとはねぇ・・・。」と小さく呟きながら、眉尻を下げ腕を組む玄武。

 「目眩ましの煙?」

 「蜘蛛達に晴支を襲わせた後、小瓶から白い煙を出して逃げたんスよ。直ぐ捕まえようとしたんスけど、この煙に五感を狂わされて気配探知を妨害されるから、奴を見失っちゃって。」

 僕が玄武の言葉に聞き返すと、後ろからひょこっと現れた茨木童子が詳しく説明してくれた。僕は目を閉じ、周辺に絡新婦の気配が感知出来ないか意識を集中させてみるが、やはりそれらしい気配は感じられない。

 「やっぱり、付近には居ないみたい。」

 僕がそう答えると、3人は難しい顔で考え込む。

 「土御門君、怪我は大丈夫ですか?」

 4人で話し合っていると、突然声を掛けられる。声の方に顔を向けると、神崎さんと滝が近付いて来るのが目に入った。

 「僕は大丈夫。怪我もそれ程酷くないし、後で貴人に見て貰うよ。」

 笑いながらそう言うと、神崎さんは少しだけほっとした様な表情を見せる。

 「晴支、御免ね・・・。私の所為で、怪我させて・・・。」

 滝は顔を俯かせ、涙を流しながら小さな声で呟く。

 「滝の所為じゃないよ。だから気にしないで。」

 僕は滝の頭に軽くポンと手を置いて静かに語り掛ける。

 「そうですよ。滝さんは何も悪くありません!」

 神崎さんも滝の手を握り、優しく励ましの言葉を掛ける。

 「うん、有難う。」

 滝は少し落ち着きを取り戻し、明るく微笑む。すると、滝の抱える“如意宝珠”の包みがもぞもぞと動き出し、中から1匹の家鳴が現れる。

 「家鳴、こんな所に隠れていたのかい?」

 太裳が少し驚きながら家鳴を拾い上げる。

 「滝が心配で付いて来た。それより、皆が闘っていた時から気になってたんだけど、晴支の姿が変わったのは何故?」

 不思議そうに首を傾げる家鳴。神崎さんと滝も興味津々といった様子で僕をじっと見つめる。

 「あぁ。僕には妖狐の血が混ざっていて、妖狐の力を強化するとこうなるんだ。」

 僕は狐の耳と尻尾を軽く動かしながら、簡単に説明をする。

 「店の方はどうなってるっスかね?」

 茨木童子は店の方を見つめながら問い掛ける。

 「向こうの方も、事態が落ち着いている頃かもしれねぇな。」

 顎に手を当てながら笑みを浮かべる玄武。

 「そうだね。早く此処を離れた方が良いと思うし・・・店に戻ろうか。」 

 僕の提案に、皆は頷いて賛成の意を示す。僕は妖狐化を解くと、皆を連れて店の方へと歩き始めた。



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