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葛の葉奇譚  作者: 椿
第1章:縁
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 「日直の仕事が思っていたより長引いちゃいました・・・。早く帰って晩御飯の用意をしないと・・・。」

 辺りはすっかり日が暮れており、上空を見上げると、三日月と星々が輝いている。日中や夕方に比べると、人通りは少なくなっており、普段見慣れているはずの通学路がなぜか仄暗く、寂しいものに感じられてしまう。少し心細さを感じながら、紫苑は家路を急ぐ。


 「・・・。」


 今朝車に轢かれかけた交差点。

 自分の身に起こった一瞬の恐ろしい出来事の記憶が、まざまざと蘇る。あまりの怖さに体が震え出す。


 ―僕で良ければ力になるよ―


 ふと土御門君の言葉を思い出す。暖かな優しさの籠ったこの一言が、とても嬉しかった。この一言に勇気づけられた私は落ち着きを取り戻し、震えもいつの間にか治まったようだ。

 「ふうっ・・・。」

 目を閉じ一度深呼吸をした後、再び歩き始めようと足を一歩踏み出した。

 その時、私はある人物の姿を見つけ、動きを止めてしまう。

 「・・・お母・・・さん・・・。」

 うそ・・・まさか・・・そんなはずは・・・。お母さんがここにいるはずがありません・・・。だって・・・お母さんは・・・もう・・・この世にはいないんですもの・・・。


挿絵(By みてみん)


 動揺する私の視界に映る母親に似た女性・・・。彼女は一体何者なのだろうか。気になった私は、思わず女性の後を追いかける。女性は路地裏へと入っていくと、そのまま奥のほうへと進んでいった。

 誰もいない・・・。随分静かというか・・・少し不気味な感じのする道ですね…。どこかに通じている近道なのでしょうか?

 勇気を振り絞るように拳を握りしめながら女性の後をついていく紫苑。暫く路地に沿って真っ直ぐ歩いた後、女性は右へと曲がって行った。女性を見失わない様に、私も急いで右に曲がる。

 「?」

 先程まで前を歩いていたはずの女性が、どこにもいない。辺りを見廻してみても、女性の姿は見当たらない。

 「久し振りね、紫苑。」

 「!?」

 声がしたほうに振り向いてみると、そこには追いかけていた女性が立っていた。

 「大きくなったわね。ずっと会いたかった・・・。また会えて嬉しいわ、紫苑。」

 容姿も、声も、紫苑がよく覚えている母のものと一緒だった…。しかし、彼女は目の前の女性が自分の母親でないと、直感的に感じ取っていた。

 「あなたは…誰ですか?」

 「誰って・・・ひどいわ。母親の顔を忘れてしまったの?」

 動揺を隠せずにいる紫苑を嘲笑うかのように、彼女は不敵な笑みを浮かべ、問いかける。突き刺す様な鋭く冷たい視線に、紫苑は思わず怯え、たじろいでしまう。

 「・・・がう。」

 「?」

 「・・・違います。あなたは、私の母ではありません。姿や声が同じでも、全くの別人です。」

 力強い、真っ直ぐな眼差しで女性を見つめ返す紫苑。2人の間に一瞬の沈黙が走る。

 「ふ・・・ふふ・・・あはははは・・・!!」

 「!?」

 女性の纏う空気が突如豹変した。ビリビリと圧迫する様な殺気に気圧されそうになる。

 「まさかこんなにすぐ気付かれるとは…。まぁ、気付いたところで、どうせお前には何もできないだろう?」

 ここにいてはいけない…。早く逃げないと・・・。その場から立ち去ろうと試みるが、思うように体が動かない。

 「すぐに母親に会わせてやる。安心して喰われるが良い。」

 女性の爪が鋭く尖り、私の首を切り裂こうと襲い掛かる。

 お母さん・・・

 女性の刃が首元に届く寸前―

 「!?」

 人型に象られた紙人形が目の前に飛び出し、光の膜を作り出した。その光の膜は紫苑を守る様に包み込み、女性を弾き飛ばした。女性は再び襲い掛かろうと立ち上がるが、突然現れた乱入者に青い焔をぶつけられ、妨げられてしまう。


 「大丈夫、神崎さん?怪我はない?」

 「つ・・・土御門君!赤星君も!どうしてここに?」

 クラスメイト達の登場に驚きを隠せない神崎さん。

 「やっぱりちょっと心配だったから、この子を忍ばせておいたんだ。」


 挿絵(By みてみん)


 昼休み、神崎さんと別れる前に、彼女を守る様に式神に命じ、忍ばせていたのだ。

 「役目を果たしてくれたんだね。ありがとう。」

 優しく話しかけ一撫ですると、紙人形の式神は嬉しそうにくるくると回った。

 「まったく・・・とんだ邪魔が入ってしまったわ。」

 ダメージを受けて倒れていたはずの女性が、いつの間にか立ち上がりこちらをキッと睨み付けていた。加減をしていたとはいえ、ほとんど無傷というのは常人では有り得ない。普通の人間だったなら…。

 「もう少しでその娘を喰うことができたというのに・・・。何度も私の邪魔をして・・・只では済まさんぞ。」

 邪悪な笑みを浮かべ、鋭い殺気をこちらに向けてくる女性。どうやら神崎さんを諦める気はないようだ。

 「どうして私を狙うんですか?あなたは一体何者なんですか?」

 「恐らくあれは死人憑。亡くなった人の遺体に取り憑く妖。神崎さんの高い霊力を狙って襲って来たんだと思う。」

 自分の正体と目的を言い当てられ、死人憑は少し驚いた様だ。

 「正体を知ったところでどうする?この私を止められるか?」

 「止めるよ。それが僕の使命だから。」

 「やれるものならやってみろ!」

 死人憑の周囲に悍ましい邪気が溢れ出す。死人憑が僕達に向けて手を翳すと、具現化された邪気が僕達に向かって一斉に襲い掛かってきた。すかさず印を結び、光の盾で攻撃を防ぐ。あまり長く神崎さんをここに留まらせておくのは良くないな…。

 「六合、神崎さんを安全な場所に。」

 「わかりました。さぁ、行きましょう。」

 「えっ、でも、土御門君達が・・・。」

 「僕達なら大丈夫。今のうちに行って。」

 「でも・・・。」

 「晴支達なら問題ありません。ここは彼らに任せましょう。さ、早く。」

 六合が神崎さんを連れて避難するのを見届け、僕は改めて死人憑へと目を向ける。何としてでも彼女を喰うつもりらしい。

 「壮吾、白虎。この邪気の群れを任せて良いかな?死人憑の本体は、僕が祓うから。」

 「了解。」

 「良いですヨ。荒事は私達の得意分野ですしネ。」

 返事をすると同時に、2人の纏う空気が一変する。

 「3つ数えた後にこの防御の術を解く。2人にはそれと同時にこの邪気の攻撃を薙ぎ払って欲しいんだ。」

 「よっしゃ、任せとけ!来いっ、妖刀天月!!」

 壮吾の声に答える様に一振りの刀が光と共に現れる。妖刀天月―天龍の力を封じ込めた妖刀。壮吾は、代々伝わる妖刀使いの家系なのだ。

 「こちらもいつでもやれますヨ、晴支。」

 白虎の瞳孔が細く尖り、獣の耳が姿を現す。異形の姿へと変化した白虎の体を雷の閃光が駆け抜ける。

 「いくよ。3、2、1・・・今だ!」


  挿絵(By みてみん)


 僕が術を解除すると同時に邪気の群れが一斉に祓われる。壮吾が勢い良く妖刀を振るうと、白く輝く斬撃が放たれ、邪気を次々と切り裂いていく。白虎の方に向かった邪気の群れも彼が操る稲妻によって滅されていく。2人の攻撃によって死人憑に近付く為の道が切り開かれていく。僕は死人憑に向かって一直線に駆け抜け、瞬時に距離を詰める。

 「観念しろ、死人憑。」

 死人憑きの眼前まで迫り一撃を加えようと構えたその瞬間―

 「死ね、童。」

 僕に向かって邪気を込めた攻撃が一気に爆ぜる。


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