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捜索チームの面々が亡者達と遭遇する少し前―私と太陰は残されていた亡者の内の1人を術で拘束し、彼らにかけられた呪術と車内に残っていた紅い珠について調べていた。
「ふむ・・・。古い呪術を応用した特殊な術だな。恐らく精神操作の術だろう。かなり珍しいものだ。」
珠を手に取り、まじまじと観察してみる。内部から禍禍しい邪気を感じるが、今のところは大した害は無さそうだ。この珠が呪術の媒体であることは間違いないはずだが・・・。
「おいこら!拘束をとけ!!」
亡者がこの場から逃れようと、髪を振り乱し、じたばた暴れもがく。
「怒鳴り散らせば素直に開放してくれるなんて思ったら大間違いだよ。いい加減大人しくしたらどうだい?」
諭す様に語り掛け、亡者を落ち着かせようとする太陰。亡者は彼女をキッと睨み、噛みつく様に暴言を吐く。
「うるせぇ!ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ、クソババァ!!」
一方的に捲し立てる亡者。さらに何か言おうと口を開きかけたその時―
「んぐっ!」
太陰が口を覆う様に亡者の頬をガッと力強く掴む。
「・・・今なんて言ったんだい?よく聞こえなかったから、もう一度言っておくれよ。」
笑顔で語り掛ける太陰・・・しかし亡者の頬を掴む手は徐々に力を増していき、ギシギシ、メリメリと小さく音を立てているのが聞こえてくる。ゴゴゴゴ・・・という効果音が聞こえてきそうな程の怒気と威圧感を放つ太陰に、亡者はすっかり委縮してしまう。余程恐ろしいのだろう。びくびくと小刻みに震えている。
「も・・・申し訳ありません・・・。綺麗なお姉さん・・・。」
うっすらと涙を浮かべながら謝罪する亡者。一方、太陰は“綺麗なお姉さん”と言われ、満更でもなさそうにクスッと微笑み、力を込めていた手を放す。
「“綺麗なお姉さん”なんて・・・正直者だねぇ、あんた!」
ふふふ、と嬉しそうに笑いながら、亡者の肩をポンポンと軽く叩く太陰。自業自得ではあるが、肩を叩かれるだけでビクッと震える亡者の姿は、少し可哀想に思えなくもない。
「貴人、そっちは何か分かったかい?」
太陰は、ふと思い出した様にこちらを向いて声をかけてくる。
「古の呪術を基礎とした複合呪術の様だ。精神操作系の高度な術がいくつも絡み合っている・・・。
こんな複雑な呪術式初めて見た。」
術の力がより強力になる様に組み立てられた見事な術式・・・これ程の実力を持つ術師はなかなか居ないだろう。今回の事件・・・我々が思っている以上に厄介かもしれんな。
「そうかい。亡者の方は、呪術にかかっているのは間違いないんだけど・・・その影響はまだ現れていないようでねぇ・・・。亡者に変化があるか、それとも、このまま何事もなく終わるか、はっきりとは分からないよ。貴人、私にもその珠を少し見せておくれ。」
「もちろん。是非意見を聞かせてくれ。」
珠を手渡すと、太陰は真剣な眼差しで観察し始める。
「ん~・・・心の奥に潜む凶暴性を刺激し、狂わせようとしてくる・・・。この禍禍しい呪力・・・何だか気持ち悪い術だねぇ。」
苦り切った表情で不快感を顕にする太陰。もっとよく分析してみようと珠を自分の顔に近付けたその時―
「熱っ!?」
突然珠が紅く輝き、熱を発する。驚いた太陰は思わず珠を手放してしまう。珠は傍に止めてあった火車の車の方へと飛んで行き・・・亡者が逃げ出さぬ様にかけていた封印を破ってしまう。
「ぐっ・・・がああ・・・!!」
突然の出来事に驚愕し、一瞬身動きが取れず硬直してしまう2人だったが、拘束していた亡者の呻きに我に返る。声の方に視線を向けると、そこには目が血走り、獣の様に吼を上げながら暴れている亡者の姿があった。私はすかさず亡者に近付き、彼に向けて手を翳し、光を放つ。光は亡者を包み込み、彼にかけられた呪術を祓った。亡者が意識を失うのと同時に、車の中に居た別の亡者達が姿を現す。獰猛な獣と化した亡者達は、殺気の籠った目で私達を睨み付ける。
「大丈夫ですかぁ、2人共?何か凄い声が聞こえてきましたけど。」
亡者の叫び声に異変を感じた天后達が店の中から顔を出す。亡者達は3人の居る方へ視線を移し、彼女達に向かって飛び掛かって行く。
「少々手荒ですが、許して下さいね。」
天后は水の弾丸を数多く作り出し、亡者達へと向けて放つ。水の弾丸は、亡者達を一瞬で射貫いていく。水を圧縮して作られた弾丸に打ち抜かれた亡者達は大きな衝撃を受け倒れていく。
「くらえ、狐火!」
ハクは手の中に火の玉を出現させると、その火の玉を亡者達に向けて投げつける。火の玉を退けようと腕を振り回すが、火の玉は消えることなく亡者達の体に纏わり付く。火の玉の熱に耐えきれず、亡者達はのたうち回る。
「こっ、こっちに来ないで下さいっ!!」
神崎さんは、あたふたとしながら若干ぎこちない動作で防御の印を結ぶ。光の壁は彼女に襲い掛かろうとする亡者達の攻撃を阻み、跳ね返す。術の訓練が役立つ時がこんなに早く来るとは、正直思っていなかった。
・・・珠を破壊するのが1番手っ取り早い解決法か。
私は車付近の地面に転がっている珠に向かい駆け抜ける。立ちはだかる亡者達を浄化の光で退けていく。珠を拾い上げ破魔の力を己の手に込めると、珠はパリンッと砕け散る。しかし、亡者達は依然として凶悪化したままである。
「天后、2人を連れて店の中で待機していてくれ。亡者達は私と太陰で相手をする。」
「分かりました。」
天后が2人を連れて店の奥へ下がって行くのを確認した私と太陰は、改めて亡者達の方へと視線を向ける。
「さぁ。かかって来な、亡者達。」
太陰が亡者達に一声かけると、その声に反応した亡者達が私達の方へと体を向け、一斉に突撃して来た。太陰は空気中の水分を凍らせ、先端の尖った杭を作り出す。氷の杭は亡者達の体を貫き、彼らを撃退していく。死角からも亡者達が襲い掛かるが、足を凍らせて彼らの動きを止めていく。
太陰の方に少し注意を向けていると、左右から亡者達が飛び掛かって来た。私は素早く攻撃を躱すと、彼らに向けてすかさず浄化の光をぶつける。途切れることなく襲って来る亡者達の攻撃に動じることなく、1人、また1人と亡者達を片付けていく。
少しずつ片付け、対処していても埒が明かない。・・・というか、面倒くさいな。
私は一つ深呼吸をすると、己の体に破魔の力を集中させる。そして、破魔の力を一気に解き放った。破魔の力は波紋の様に広がり、触れた亡者達を次々と浄化していく。そして、店で暴れていた亡者達を瞬く間に無力化させた。
「ふぅ、何とか亡者達を黙らせることができたな。」
倒れている亡者達を眺めながら、いつもの冷めた調子で呟く。呪術の効果が残っている可能性がある為、まだ油断はできない。
「他の班の状況はどうなっているんだろうねぇ。もしかしたら、他の班の所でも亡者達が暴れているんじゃないのかい?」
太陰は仲間や周辺の住民の安否を心配している様子だ。確かに、一般人が多く集まる場所で今みたいに暴れられたら、捕まえにくいし、厄介ではある。だが・・・
「うちの連中なら、うまく対処してくれるだろう。直に亡者達を連れて戻って来るさ。」
亡者達を車に戻し、結界を張り直しながら語る私に、太陰も同意する。性格にかなり癖のある者達ばかりだが、ああ見えて優秀で、頼りになるのだ。私達は皆の帰りを静かに待つことにしよう。