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葛の葉奇譚  作者: 椿
第14章:宵闇の蟲
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8

 貴人達が恙虫の標的達の許をそれぞれ訪ねている頃。晴支と白虎は黒い針があると思われる一軒の家の前に来ていた。

 「此処が問題の家ですカ。まだ恙虫は現れていない様ですネ。」

 家をきょろきょろと眺め様子を窺う白虎に、僕はこくりと頷く。

 「でもいつ恙虫が襲って来るか分からない。兎に角家の人に会ってみよう。」

 僕が呼び鈴を押すと、この家の奥さんが出て来た。長い髪や服の袖の下からちらりと痣があるのが目に入った。

 この女性・・・暴力を振るわれているのかもしれない。

 僕は女性の痛々しい痣が気に掛かったが、変化の術で作った偽の警察手帳を掲げ、彼女に名乗った。

 「夜分に済みません。警視庁の土御門という者です。都内で起こっている吸血殺人についてお話があって参りました。」

 僕の言葉に女性は一瞬ぐっと口を噤んだ後、「分かりました。中でお話を伺います。」と家の中へ通してくれた。客間に僕達を案内すると、女性はお茶を用意してくれた。

 「家の中がとても静かですガ・・・御家族ハ?」

 お茶を受け取りながら、白虎はにこっと笑みを浮かべ問い掛ける。

 「主人と娘は2階の部屋です。2人共眠りが深いタイプなので、呼び鈴の音にも全く気付かずぐっすり眠っています。」

 女性が静かに語る言葉に、白虎は「そうですカ。」と一言答えた。

 「単刀直入に聞きます。最近、見知らぬ人から黒い針を受け取ったりしませんでしたか?」

 僕が言った“黒い針”という単語に、女性はピクッと微かに口の端をきゅっと結ぶ。そしてスッと視線を横に逸らしながら、彼女は小さく口を開いた。

 「さぁ・・・私は知りません。」

 女性はそう答えた後しん、と黙り込んでしまう。僕達の事をかなり警戒しているみたいだから、極力会話を避けているのかもしれない。

 「黒い針は吸血虫を呼び寄せ、所有者と呪った相手を襲います。貴女だけでなく、御家族の命も危険に晒される事になります。お願いです。もし黒い針を持っているのなら、どうか・・・僕達に渡してくれませんか?」

 僕は女性を真っ直ぐ見つめ、精一杯語り掛ける。この家の人々が恙虫に襲われるのを何としても防ぎたい ― その一心で女性に訴えかけた。すると、女性は逸らしていた視線を此方に向け、ゆっくりと口を開いた。

 「・・・分かりました。針を持って来るので、少々お待ち下さい。」

 僕の説得が通じたらしく、女性は針を取りに行こうと静かに立ち上がった。これで恙虫の襲来を防ぐ事が出来る・・・そう思い一瞬だけ気が緩んだ時だった。

 ぶわぁっと恙虫が部屋中を這い廻り侵入して来たのだ。僕と白虎は雷と破魔の術で恙虫を祓うが、次から次へと恙虫はうじゃうじゃと湧いて出て来る。

 「奥さんっ、早く針をっ!!」

 僕が声を掛けると、女性はこくりと頷き扉の方へ向かう。そんな彼女に大量の恙虫が飛び掛かって行き、行く手を阻む。僕は青い焔を放ち彼女の周囲の恙虫を焼き祓った。

 「僕が針の所まで護衛します。白虎、此処の恙虫達を任せて良いかな?」

 僕が問い掛けると、白虎は「構いませんヨ。」と元気良く答え、強烈な電撃を恙虫に喰らわせた。そして僕が女性を連れて針を取りに行こうとしたその瞬間 ―

黒い刃が僕の体を斬り裂こうと凄まじい速度で襲い掛かって来た。

 「!?」

 僕は咄嗟に刃を躱そうと体を反らしたが、避け切れずに頬を軽くシュッと斬ってしまう。

 「晴支っ!?大丈夫ですカ?」

 恙虫を蹴散らしながら此方の方に心配そうに視線を向ける白虎。僕は「大丈夫。」と彼に答え、女性の方を真っ直ぐ見た。すると女性は不敵な笑みを浮かべ、全身から鋭い殺気と禍禍しい妖気を放った。

 この邪悪でビリビリと突き刺す様な妖気・・・

 「・・・牛鬼。」

 僕がその名を呼ぶと、女性の姿はぐらりと歪んで漆黒の髪の少年へと変貌した。

 !?この臭い・・・まさか・・・!?

 牛鬼が幻術を解き姿を現すと同時に、2階の方から香る濃い血の臭いが僕の鼻を刺激した。嫌な予感がした僕は全速力で臭いの元である部屋を目指す。階段を上がり臭いの発生源である部屋をバァンッと勢い良く開けると ―

 其処には悲惨で残酷な光景が広がっていた。全身を斬り裂かれ血の海に沈む親子3人の痛ましい姿を目の当たりにし、僕はゾワァッと身の毛が弥立つのを感じた。

 「晴支が来るのを待ち切れなくて“それ”で遊んだんだ。直ぐに壊れちゃったけどね。」

 牛鬼は悪戯っぽい笑みを浮かべながら一家の死体の方へと歩み寄る。そして手の平を大量の血の中に浸し、その血をべっとりと付着させる。

 「ほら。見て御覧よ、晴支。綺麗な紅でしょ?」

 牛鬼に頬を撫でる様に触れられ、僕の頬は鮮やかな紅色に染まる。ねっとりと生温かい血の感触が10年前の家族を奪われた記憶を呼び覚まし、言い様の無い怒りと不快感を湧き上がらせる。

 「・・・命を何だと思ってるんだ。人間はお前の玩具じゃないっ!!」

 キッと牛鬼を睨み付けながら、僕は怒りを抑え切れずに思わず大声を出す。

 「お前等人間だって“弱肉強食”って言ってるじゃん。強い奴が弱い奴から全て奪う・・・それが此の世の真理だろ。」

 不敵に笑い、黒い瘴気を纏う牛鬼。僕は彼に向かって大火力の青い焔を込めた拳を振るった。牛鬼は青い焔の一撃を瘴気の盾で受け止めると、すかさず瘴気の刃で僕に斬り掛かってきた。僕は放たれた無数の瘴気の刃を青い焔を纏った鉤爪で斬り裂いた。瘴気の刃と焔の鉤爪が怒涛の速さでぶつかり合いキィィンッと鈍い音を立てて弾かれ合う。そして一撃加えようと互いに構えたその瞬間、牛鬼に向かって青白い光の雷が襲い掛かったのだった。

 「私が居る事も忘れないで下さいヨ。」

 ニッと悪戯っぽく笑みを浮かべながら、白虎が雷を込めた斬撃を牛鬼に向けて仕掛ける。

 「折角晴支と遊んでたのに・・・邪魔すんなよ、ケモ耳野郎!!」

 「アハハッ!貴方の遊び・・・私も付き合ってあげますヨ!!」

 僕と白虎は間髪容れずに次々と攻撃を繰り出していく。牛鬼は瘴気の刃を増やし華麗に操りながら僕達の攻撃を捌いていく。僕達が激しい攻防を繰り広げていると、僕と白虎に向けて妖気の込められた弾丸と恙虫達が攻めかかる。

 「・・・覚悟。」

 乱入してきた覚が銃口を僕達へと向けて何発も銃弾を放つ。僕達は放たれた銃弾を焔と雷で弾き、恙虫達を一気に駆逐した。僕は足にぐっと力を込め牛鬼との距離を瞬時に縮める。牛鬼はその手に瘴気を込め、僕目掛けて思い切り爆発させた。僕は防御の術で何とか攻撃を防ぐと、牛鬼が次の攻撃を仕掛けるまでのほんの一瞬を狙い焔の斬撃を仕掛ける。焔の斬撃は彼の体を微かにシュッと掠めたが、同時に僕も彼の瘴気の刃による斬撃を喰らってしまった。白虎も僕が牛鬼の方へ駆けるのと同時に動き、覚の目の前に一瞬で移動する。白虎は雷を纏った強烈な蹴りで覚を吹っ飛ばす。覚は苦痛に顔を歪ませながら銃口を白虎の方に向け引き鉄を5回連続で引いた。白虎は銃弾をサッと躱し止めを刺そうとその手に雷を込めていたのだが ―

 「ぐっ・・・」

 突如銃弾が軌道を変え白虎目掛けて襲い掛かって来た。白虎は銃弾を躱し切れず、その身に銃弾を数発受けてしまう。

 「・・・面倒な弾ですネ、全ク。」

 白虎は手の平まで流れた血をぺろっと舐めながら、更に放たれた銃弾を電撃で撃ち落とし呟く。

 「旦那を殺した時、その女は『有難う御座います。』って涙を流しながら喜んだんだぁ。よっぽど旦那が憎かったんだろうねぇ。」

 女性の遺体の方にちらりと視線を向けながら牛鬼が口を開く。

 「余りに嬉しそうな表情をしてたから、つい悪戯心が擽られちゃってさぁ。母親の前で子供をズタズタに斬り裂いて殺してやったんだぁ。喜びの表情が一瞬で怒りと絶望に歪んでいって・・・もう最っ高だったよぉ。晴支にも見せてあげたかったなぁ。」

 まるで無邪気な子供の様に笑いながら、残虐な言葉を放つ牛鬼。目の前で大切な人の命を奪われる事がどれ程の苦痛と絶望を齎すか・・・僕は嫌という程思い知っている。人を弄び苦しめて愉悦の表情を浮かべる牛鬼に対して、激しい怒りと憎悪が湧き上がる。

 「あははっ、怒った?もしかして殺されたあんたの家族の事思い出しちゃった?」

 牛鬼のその一言が、何とかギリギリのところで保っていた冷静さを吹き飛ばした。

 「牛鬼っ!!お前は絶対祓うっ!!」

 僕は青い焔をその身に纏い牛鬼へ向かって勢い良く飛び掛かって行った。牛鬼に接近し強烈な青い焔の爆撃を喰らわせようとしたのだが ―

牛鬼に飛び掛かろうとした僕を禍禍しい黒い靄がぶわぁっと包み込んだ。破魔の術で靄を祓おうと身構えた僕は、次の瞬間ぐらりと視界が歪みその場に膝を着いてしまう。

 「がはっ!?」

 胸が苦しくなり僕の口から鮮やかな紅い血が吐き出される。激しい眩暈と全身の激痛に襲われ、立ち上がる事が出来ない。

 「苦しい?俺の毒はね、じわじわと体を蝕んでいくんだぁ。」

 毒に侵され苦悶の表情を浮かべる僕を見下ろしながら、牛鬼がくすくすと楽しそうに笑う。

 「ふふっ。少しずつ斬り刻んで、甚振って・・・時間をかけて嬲り殺してあげる。」

 その瞳に残虐な狂気の光を灯しながら、牛鬼は僕に向けて無数の瘴気の刃を放った。

 動けっ!!

 何とか刃を避けようと体に力を込めるが、動かす事が出来ない。絶体絶命かと思われたその時だった。


 ズシュズシュッ


 僕の前にサッと現れたその人に容赦無く瘴気の刃が突き立てられ、彼と後ろに居た僕は紅い血に染められたのだった。

 「白虎っ!?」

 無数の刃で貫かれた白虎はごふっと咳き込み血を流しながら、牛鬼の両腕をガッと強く掴んでその鋭い爪を突き立てる。

 「フフ・・・捕まえましたヨ、牛鬼。」

 「チッ・・・良い所で邪魔しやがって。放せっ、ケモ耳野郎っ!!」

 不敵な笑みを牛鬼に向ける白虎と、彼をギロリと睨み付ける牛鬼。2人の間にピリリと鋭い殺気が漂う。

 「私の有りっ丈の雷・・・味わわせてあげますヨッ!!」

 白虎は力強くそう叫ぶと、最大級の電撃を牛鬼に放った。

 「ぐぁぁっ!?・・・こんの野郎っ!!」

 牛鬼は強烈な威力の電撃に顔を歪めながら白虎の体に瘴気を纏った鋭い爪を突き刺し、己の中の瘴気を勢い良く放つ。雷と瘴気が2人の体に大きなダメージを与えていくが、2人共互いに掴み掛かって離れようとしない。

 このままじゃ白虎が・・・早く助けないと!!

 僕は自身の力を振り絞り片手を2人に向けて翳すとぐっと強く握り締めた。すると灼熱の青い焔が牛鬼の足下からゴォッと燃え上がり、彼の全身を容赦無く焼いたのである。

 「あ゛ぁぁっ!?」

 牛鬼はその焔の熱に悲鳴をを上げ、白虎の体を放しその場にふらりと倒れ込む。白虎もそれと同時に力尽きその場にガクンッと膝を付く。牛鬼に止めを刺そうと破魔の術を唱えようとした時、僕と白虎に妖力の込められた弾丸が発射される。発射された弾丸は白虎が片手をサッと横に振り雷を放ち全て撃ち落とした。

 「牛鬼・・・今回はここまで。」

 覚は倒れる牛鬼の許へ駆け寄りそっと呟くと、足下に現れた陣の中へ彼と共に飛び込み消えたのだった。

 「白虎・・・」

 僕は白虎の方へと手を伸ばす。彼は酷い出血をしており、深手を負っている。早く手当てしないと・・・。

 「晴支っ!?白虎っ!?」

 力強い大きな声が部屋の中に響き渡る。声の方へ振り向くと、貴人が部屋の入口に立っているのが目に入った。後ろには太陰達の姿もある。

 「貴人っ!!急いで白虎の手当てを!!お願いっ!!」

 僕の切迫した声と瞳に、貴人は急いで僕達の許へ駆け寄って来てくれた。白虎は傍に来た貴人にニィッと笑みを浮かべ小さく手を上げると、「フフ・・・。少し・・・燥ぎ過ぎてしまいましタ。」と幽かな声で語り掛けた。そんな彼の言葉を受け、貴人は眉尻を下げ苦笑しながら「その様だな。」と一言答えた。貴人は僕と白虎を光で包むと、傷や毒を忽ち癒してくれたのだった。

 「良かった・・・白虎が無事で。僕を庇った所為で酷い怪我を負わせて・・・御免、白虎。」

 傷が綺麗に完治した白虎の姿に安堵した僕は、白虎にギュッと抱き付き瞳に薄っすらと涙を浮かべながら呟いた。突然飛び付かれた白虎は一瞬驚きと困惑の表情を浮かべたが、僕を落ち着かせようと片手を僕の頭に乗せわしゃわしゃと撫でた。

 「私がこの位の怪我で死ぬ様な男に見えますカ?誰よりも頑丈でしぶといのが、私の自慢なんですかラ!!」

 フフンと得意気に笑う白虎に、僕も思わずくすっと笑ってしまう。

 「・・・何とか恙虫の一件は一段落といった所か。此処の一家の遺体については、俺達の方で上手く処理しておくよ。」

 ふぅ、と深く溜め息を吐きながら語り掛ける片瀬さんに、僕は「お願いします。」とぺこりと頭を下げる。そして放っていた式神達や家鳴達から恙虫達が街中に出て来る気配はもう無い事を確認すると、僕達は事件の後処理に残る片瀬さんと横井さんに挨拶をして葛の葉庵へと戻ったのだった。



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