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葛の葉奇譚  作者: 椿
第14章:宵闇の蟲
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7

 所変わって、ある郊外の小さなアパート。この一室に黒い針の所有者が居るという情報を家鳴から聞いた貴人と片瀬刑事は、黒い針を処分する為アパートにやって来た。

 「微弱だが・・・術の気配を感じる。此処で間違いない。」

 所有者と思しき人物の部屋の前で立ち止まり、私は小さく述べる。

 「そうか・・・。よし、慎重に行こう。」

 私の言葉に片瀬刑事が緊張の面持ちで答える。部屋の呼び鈴を一度鳴らすと、ゆっくりと扉が開いた。扉の陰からは不安気な表情でおずおずと此方を見つめる1人の女性の顔が半分くらい見えた。

 「あの・・・どちら様ですか?」

 怖々と問い掛ける女性に片瀬刑事が警察手帳を見せ「安住掛という男について今調べています。お話を伺っても宜しいでしょうか。」と静かな声音で話し掛ける。女性は“安住掛”という名前に少しピクッと反応を示し一瞬身構えるが、一呼吸間を置いた後「どうぞ。」と私達を部屋の中へ通してくれた。

 「安住とは、以前付き合っていました。彼は本当に最低な男です。何かと私にお金を無心してきて・・・散々私に貢がせた挙句、他に女が出来たと言って私を捨てたんです。」

 安住について語る女性の瞳には強い憎悪が込められていた。

 成程。動機は痴情の縺れか。恋人に裏切られた怒りと憎しみが、彼女に激しい殺意を抱かせている・・・。

 「最近都内で起こっている吸血殺人・・・被害者の一部が“黒い針”を持っていた事が分かっている。」

 私の口から“黒い針”という単語が出た直後、女性の表情が僅かに変化しピリッと緊張が高まるのを感じた。「心当たりはないか。」と問い掛けると、女性はそっと視線を逸らし「さぁ。」と一言答えた。

 「黒い針は恙虫という吸血虫を呼び寄せ、持ち主を死に至らしめている。もし君が持っているのなら、素直に出して欲しい。」

 危機が迫っている事を伝え説得を試みるが、女性は「そんな物は持っていません。」と否定し聞く耳を持とうとしない。

 「君の命が危ないかもしれないんだぞ!隠している場合じゃないだろう!!」

 片瀬刑事も少し苛立ちながら叱責するが、女性はふいっとそっぽを向き反抗を続ける

 ・・・相当恨みが深い様だな。彼女の説得に余り時間を取られる訳にはいかないのだが。

 一刻も早く針を処分する為、己の意識を周囲に巡らせ術の気配を探った。微弱な気配を感知し、私がその場所へ向かおうとしたその時 ―

 ぶわぁっと四方八方から恙虫が入り込み、私達目掛けて迫って来た。

 「おいっ!いい加減にしろっ!!このままじゃ本当に死ぬぞっ!!早く針を出すんだ!!」

 片瀬刑事が女性に怒鳴るが、彼女は目を瞑り頑なに拒否する。

 「絶対渡さない!あの男が地獄に堕ちるなら死んでも良いっ!!」

 男への恨みから自暴自棄に陥っている女性は、恙虫が自身に迫って来ても針を渡そうとしない。彼女の意識は今、男への復讐にしか向いていない。

 この女性も・・・中々強情だな。

 ふぅ、と1つ深く溜め息を吐くと、私は自身の中の破魔の力を放ち大量に襲い来る恙虫を一気に祓った。

 「君はそれで良いのか?君を騙し利用した男に、過去だけでなく未来まで奪われる事になるんだぞ。」

 私は女性を真っ直ぐ見据え問い掛けた。彼女は私の質問に、少し視線を泳がせながらグッと口をきつく閉じ沈黙する。

 「他人を平気で苦しめる様なくだらない男に、君が命を捨てる程の価値は無いだろう。そんな男に囚われて人生を無駄にするのは勿体無いんじゃないか。」

 恙虫を破魔の光で蹴散らしながら更に語り掛けると、女性は顔を俯かせ胸の前で己の拳をぎゅっと握る。 

 「・・・それは嫌っ!!」

 そして数秒の後、彼女はそう一言叫んで隣の部屋へダッと走り出した。直ぐに戻って来ると、彼女は私の方へ黒い針をブンッと投げた。私は針を受け取ると、破魔の力を針に向けて強く込めた。すると、針はぼろっと崩れ破壊された。

 よし。後は残りの恙虫を退治するだけだ。

 私は一斉に飛び掛かって来た恙虫達に破魔の光をぶつけ、恙虫達を全て消滅させた。

 「や・・・やっつけたのか?」

 「あぁ。針を破壊したから、もう恙虫の襲来は無いだろう。」

 銃を構え警戒を続ける片瀬刑事の言葉に、私は振り返って答えた。片瀬刑事はふぅ、と安堵の表情を見せ拳銃を仕舞った。

 「あの・・・有難う、刑事さん。私・・・あんな奴よりずっと素敵な人と出会って絶対幸せになってやるわ!!」

 恙虫を倒し終わり、部屋を出て行こうとした私に女性が力強い言葉で語り掛ける。

 「あぁ。君が良い縁に恵まれる事を祈っている。」

 私が小さく笑みを浮かべ答えると、女性は深々と頭を下げ私達を見送ったのだった。



 「人の殺意があんな恐ろしい虫を呼び込むなんてな。正直・・・ゾッとしたよ。」

 アパートを去り車を運転していた片瀬刑事が、ぽつりと小さな声で呟いた。彼は眉間に皺を寄せ苦々しい表情を浮かべながら、背筋をブルッと震わせた。

 「人の殺意や悪意は、邪悪なものを呼び込むからな。奴等のほんの少しの介入が、大惨事を招く。私達はそれを全力で阻止するだけだ。」

 私は後部座席の窓の景色に視線を向けながら、凶悪な妖達に対する冷たく鋭い敵意を言葉の奥底に滲ませ語った。

 「俺達も出来る限り協力させて貰うぞ。」

 片瀬刑事が前を向いたまま、優しい声音で一言述べる。その背中は、とても力強いものだった。

 「頼もしいな。」

 私はちらと彼の方に視線を向け、微かに笑みを浮かべた。2人を乗せた車は恙虫の一件で動いている他の者達と合流する為、都内の道を静かに走り続けた。



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