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晴支達が被害者の遺体を調べに行っている頃 ― 私、貴人と白虎は横井刑事の案内で一番最近に起こった事件の犯行現場を訪れていた。
「白虎、流石に着方が雑過ぎるぞ。せめて上着のボタンくらい留めろ。」
シャツの一番上のボタンを開き、灰色のジャケットもボタンを留めずネクタイもゆるっと締めた気崩した格好の白虎を見ながら、私は淡々と述べる。
「え~っ、別に良いじゃないですカ。スーツって堅っ苦しいし窮屈で・・・どうも苦手なんですよネ。和服の方がゆったりしていて好きデス。」
ジャケットの裾を軽く触り唇を尖らせる白虎。「お前の服の好みなど今は興味無い。」と言葉が出そうになるが、面倒臭くなった私は唯一言「・・・そうか。」とだけ答えた。
「スーツって着方一つでこんなにも性格が出るものなんですね・・・。」
濃紺のスーツをピシッと着用した私と白虎を交互に見比べながら、横井刑事がしみじみと呟いた。
「それより早く捜査を始めましょうヨ!ホラホラッ!!」
白虎は悪戯っぽい笑みを浮かべながら私達を犯行現場へと促す。犯行現場のアパートに辿り着くと、その入り口に制服警官が立っていた。私達は彼に警察手帳(勿論私と白虎の物は晴支が変化の術で作り出した偽物だ)を見せ一言挨拶した後、現場の部屋へと入った。
「・・・何だか血の臭いと虫の臭いが混ざった様な臭いがプンプンしますネ。」
「血と虫の臭い・・・ですか?」
顔を顰め鼻に手を当てながら一言述べた白虎の言葉に、横井刑事が首を傾げながら軽くクンクンと鼻を動かす。
“血”と“虫”の臭いか・・・。
「遺体は血を吸われていたと言っていたし・・・白虎が虫の臭いを感知したのなら、犯人は恐らく恙虫だろう。」
遺体を型取った白いテープをちらっと一瞥しながら告げた私の言葉に、白虎は「成程、恙虫ですカ。」と顎に手を当てぽつりと呟く。部屋の中をザッと見渡してみるが、特に荒らされた形跡は見当たらない。私は机の上に置かれていた被害者の日記を手に取りパラパラと捲った。日記の中には会社の上司から質の悪い嫌がらせを受けている事、またその事に対する恨みが綴られていた。日記をそっと戻すと、私は右端にあった小さな小物入れを手に取った。開けてみると、中には髪ゴムやピアス等細々した物が入っていた。その中の1つ、小さな布に包まれた物に私は目を留めた。布を捲ってみると、その中に黒い針が入っていた。
この針・・・特殊な術が込められている。
「何か手掛かりを掴んだんですカ?」
後ろからひょこっと白虎が声を掛けてくる。横井刑事も興味津々の様子で駆け寄って来た。
「あぁ。犯人がどうやって恙虫を被害者に仕向けたか・・・手口が分かった。」
私の一言に横井刑事は「本当ですかっ!?」と驚きの表情を見せる。
「ヘェ。その話、是非聞かせて下さイ、貴人。でも、その前二・・・」
白虎は私と目配せをすると、部屋の入口の方にくるりと振り返った。
「貴方も気になるでショウ?中に入って来て一緒に聞きましょうヨ!」
白虎が声を掛けた方から、制服警官がゆっくりと入って来た。
「あの・・・私は様子を見て来る様に言われて中に入って来ただけなんですけど・・・」
おずおずと遠慮がちに語り掛ける制服警官に白虎が「まぁまぁどうゾ。」と手招きをする。
「この針に術が掛けられている。この針で刺された者と刺した者両方に印が付けられ恙虫を呼び込む仕掛けだ。そうだろう、“牛鬼”?」
私がちらりと視線を向けると、制服警官は一瞬きょとんとした表情を見せる。しかしその直後、彼はにやりと怪し気な笑みを浮かべた。
「つまんないなぁ。もうバレちゃったの?」
制服警官はぽつりと呟くと、鋭い殺気を放ちながらその姿をゆらりと歪ませる。牛鬼はその姿を現すと「どうも。」と手を振り笑い掛けてきた。
「なっ・・・何者だ君は!?何が狙いだ!?」
横井刑事は一瞬驚きで目を見開くが、直ぐに我に返り牛鬼をキッと睨みながら彼の方へ銃口を向けた。
「おぉ、怖っ!?いきなり銃口向けてくるなんて、おっかないなぁ。」
わざとらしく両手を上げ飄々とした口調で喋る牛鬼。その言葉とは裏腹に彼からは禍禍しい殺気が溢れ出している。
「下がっていてくれ、横井刑事。彼奴は拳銃などで倒せる相手ではない。」
「そうですヨ。妖怪退治は私達の仕事ですかラ・・・任せて下さイ。」
私と白虎は横井刑事の前に立つと、破魔の力と雷をその身に纏い戦闘態勢を整える。
「ハハッ、良いねぇ。折角だし、少しだけ遊んじゃおうかなぁ。」
牛鬼は黒い瘴気を体から出すと、私達に向けて勢い良く爆発させる。私と白虎は爆風を振り払うと、破魔の光と電撃を込めた拳を同時に牛鬼に向けて振るった。しかし牛鬼の体は霞の様に消え、その直後黒い瘴気の刃が私達を襲った。
そっちが幻術で姿を晦ますなラ・・・
「これならどうデス!!」
白虎が強烈な威力の電撃を広範囲に放つ。電撃は牛鬼を捉え彼の体を激痛が奔る。
「チィッ・・・。傍に仲間が居るのに・・・巻き込んじゃうかもとか思わないの!?本っ当容赦無ぇなぁ、このケモ耳野郎!!」
牛鬼は電撃を受けながらも瘴気の刃を作り出し白虎に向けて振り下ろす。
「不本意だが、牛鬼に同意見だ。」
雷に耐えながら瘴気の刃を操る牛鬼に、私は破魔の光を思い切りぶつけた。
「アハハッ!2人からそんなに褒められるなんて、何だか照れちゃいますネェ。まぁ、横井刑事には電撃が当たらない様注意していましたシ、貴人なら上手く防げるだろうと思ってましたかラ。実際、大丈夫だったでショウ?」
悪びれる様子も無く笑顔で語る白虎。そんな彼に「あぁ、まあな。」と淡々とした口調で答えながら、私は牛鬼に向けてブゥンッと蹴り技を仕掛ける。牛鬼は私の蹴りを左腕で受けるが、威力を殺し切れず壁に衝突してしまう。
「痛ってぇ・・・。ハハッ。もう少し遊びたかったけど、時間切れだ。そろそろ御暇させて貰うよ。」
牛鬼は黒い瘴気を体から大量に放出しながら不敵に笑う。
「随分せっかちだな。もう少し私達と一緒に此処で遊んでいったらどうだ?」
私と白虎は牛鬼に向けて有りっ丈の力を込め破魔の光と雷を放つ。しかし黒い瘴気が牛鬼を覆い私達の攻撃を防いでしまう。黒い瘴気が晴れると、もう其処に牛鬼の姿は無かった。
「あと2人、針を持ってる人間が居る。早く止めないと、手遅れになっちゃうかもよ?まぁ、精々頑張りな。じゃあね。」
私達を挑発する様に嘲笑う牛鬼の言葉が部屋の中に響き渡る。私と白虎が周囲を見廻し気配を探ってみるが、牛鬼の気配は無くもう部屋から立ち去っている様だった。
「相変わらず逃げ足が速くて嫌になりますネ。」
「全くだ。」
牛鬼の消えた場所を鋭く睨みながら白虎が語った言葉に、私は溜め息を吐きながら同意する。
「さっきの少年が・・・今回の事件の元凶なんですか?針を持っている人間が2人居るって言ってましたけど・・・。」
青褪めた表情で困惑気味に呟く横井刑事。ゆっくりと拳銃を仕舞うその手は微かに震えていた。
「晴支達にも牛鬼と針の事を伝えなければ。急いで此処を出るぞ。」
私の言葉に白虎と横井刑事がこくりと頷く。私達3人は晴支達の許へと急いで向かう為、犯行現場のアパートを後にしたのだった。