2
とあるアパートの一室で人が死んでいる ― そう通報を受けた片瀬・横井の2人の刑事が現場へと赴いた時、問題のアパートは既に野次馬達に囲まれていた。
「もうこんなに人が集まってるなんて・・・人の噂って本当に広まるのが早いですよね。」
「全くだ。日本国民は余程暇を持て余してるんだな。」
野次馬の集団を掻き分け事件現場に到着した俺達を待ち受けていたのは、奇妙な死を遂げた遺体だった。
「被害者はこの部屋の住人である泉奈緒32歳。死亡推定時刻は午前0時から1時頃だと思われます。遺体は体内の血を殆ど抜かれており、また正体不明の毒によって体のあちこちに壊疽が見られます。」
鑑識の和泉は遺体の状況を述べながら、遺体に被せてあったシートをサッと捲った。青褪めた色の肌が所々黒く腐食しており、遺体はとても痛ましい状態だった。
「毒の特定は難しいんですか?」
横井の言葉に和泉は眉尻を下げふるふると首を横に振る。
「今調べているんですが、今までに見た事も無い毒で・・・特定はかなり厳しいです。」
毒から犯人に繋がる手掛かりを見つけるのは期待出来なさそうだ。
「血を抜かれている事、壊疽を引き起こす毒が検出されている事。この2つの特徴から ― 」
「最近都内で起こっている連続吸血殺人と同一犯による犯行で間違い無さそうだな。」
最近都内を騒がしている連続吸血殺人 ― 現場周辺の聞き込みや犯行現場の捜査に全力を尽くしているが・・・被害者の血を抜く犯行手口も、容疑者も全く分かっていないのが現状だ。
「・・・よし。兎に角先ずは周辺の聞き込みから始めるか。」
被害者の住んでいたアパートの住人達や近隣の住宅、店等を廻って行き話を聞いた俺達だったが、これと言って有益な情報は得られなかった。
「全て空振りですね。どうしますか、片瀬さん。」
横井が表情を曇らせながら語り掛ける。
「・・・一カ所寄りたい所がある。」
この一連の殺人事件・・・普通の事件とは違う。何か此の世ならざる者が関わっている・・・俺の勘がそう告げている。
“彼等”なら・・・何か知っているかもしれない。
俺が横井を連れて“ある場所”を目指し歩き始めようとしていたら ―
「片瀬さん、横井さん、こんにちは。事件の捜査ですか?」
背後からゆったりとした口調で声を掛けられ、俺達は声のした方へと振り向いた。視線の先には学校帰りなのだろうか、制服姿の土御門君が立っていた。
「土御門君、今家に帰る途中?赤星君は一緒じゃないんだね。」
「壮吾は放課後、担任の先生主催のスパルタ補習を受ける事になって・・・僕は先に学校を出たんです。最近この辺りに不穏な空気を感じるので少し歩いて廻っていたら、御二人を見かけたので声を掛けちゃいました。」
少しはにかむ様に笑いながら語る土御門君。“不穏な空気”・・・土御門君も今回の事件に怪異が関わっていると考え、調べていたのだろうか。
「土御門君に会えて丁度良かった。実はある事件について君達の意見が聞きたくて、葛の葉庵を訪ねようと思っていた所だったんだ。相談に乗ってくれないか?」
何としてもこの事件を解決したい。その為に彼等の力を是非とも借りたい。
俺の真剣な眼差しに、土御門君の表情も緊張でピンと引き締まる。
「分かりました。僕達で良ければ協力させて下さい。詳しい話は、店で伺います。」
俺達は土御門君に「有難う。」と感謝を述べ、共に葛の葉庵へと向かった。
葛の葉庵に辿り着いた俺は、着いて早々大勢の家鳴達に飛び付かれ覆われるという熱烈な歓迎を受けた。客間に通された俺達は土御門君に吸血殺人の詳細について説明した。
「被害者AとB、CとD、EとF・・・それぞれの間でトラブルがあった事は判明しているんだが・・・。そのトラブルのあった同士以外との接点は見つかっていない。犯人像も、その目的も全く分かっていないのが現状だ。」
ふぅ、と重々しい口調で語られた言葉に、葛の葉庵の皆は真剣に耳を傾けてくれた。
「血を吸われた遺体・・・体の壊疽を引き起こす謎の毒・・・似た手口で人を襲う妖に、心当たりが無くもないけどねぇ。」
頬に手を当て思案する様にぽつりと呟く太陰君。俺が思わず「本当かっ!?」と机に身を乗り出し大きな声で言うと、彼女は少し困惑した表情を浮かべ「話を聞いただけじゃあ、絶対そいつの仕業とは言い切れないがねぇ。」と一言述べる。
「御遺体や犯行現場を見せて貰う事は出来ないだろうか?」
「う~ん・・・警察関係者以外が現場に立ち入ったりするのは、流石に難しいと思いますけど。」
貴人君の問い掛けに、横井は腕を組みう~んと考えながら答える。確かに、彼等に遺体や現場を一緒に調べて貰えたら、我々が気付かなかった新たな手掛かりを掴めるかもしれないが・・・。
「・・・“警察関係者”なら、片瀬さん達と一緒に事件を調べても問題無いですよね。」
暫し考え込む様に一呼吸間を置いた後、土御門君は静かに口を開いた。彼が捜査の為に何を行おうとしているのか ― 彼の意図を理解し切れていなかった俺と横井は唯々頭に?を浮かべていたのだった。