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人々が寝静まった頃 ― 暗い台所に、1人の女性が立っていた。女性の腕には痛々しい痣が沢山有り、その手にはきらりと鈍く光る包丁が握られていた。
・・・このままじゃ、私達は殺されてしまう。あの子を護る為にも・・・私があの男を殺さなくちゃ。
緊張と殺意が全身を支配し、柄を握る手が小刻みに震える。
「その包丁で旦那を殺すの?」
突如背後から掛けられた声にびくりと肩を一度震わせ、女性はゆっくり振り返る。彼女の視線の先には、和服を着た黒髪の少年の姿があった。
だ・・・誰?どうやって家の中に入って来たの!?
見知らぬ少年の登場に動揺し、女性は言葉を失う。少年はテーブルに座り頬杖を突きながら、子供っぽい笑顔を見せ語り掛けてくる。
「酷いよねぇ、あんたの旦那も。毎日毎日あんたと子供に暴力を振るって。消えて欲しいって思うよねぇ。」
うんうんと頷きながらそう言うと、少年は傍の棚に飾ってあった家族写真を横目でちらりと見た。
「でもあんたに出来るの?旦那にその包丁を突き立てられる?」
上目遣いで悪戯っぽい表情を見せながら、女性の握る包丁を指差す。
抵抗されていつも以上にきつい暴力を振るわれるかもしれない。包丁を突き刺そうとするのを防がれ返り討ちに遭うかもしれない。でも・・・それでも・・・
「やらなきゃ・・・いけないのっ!!」
包丁を握る手に更に力を込め、力を振り絞る様に女性が一言述べる。少年はスッと立ち上がると女性の隣まで歩み寄り、彼女の肩にポンと手を置き耳元で一言小さく囁く。
「俺が手伝ってあげようか?」
予期せぬ申し出に、女性は困惑の表情を見せる。女性の戸惑いも御構い無しに、少年は話の続きを語り出す。
「あんたがどうしても旦那を殺したいなら、役に立つ良い物をプレゼントしてあげる。」
少年は不敵な笑みを浮かべながら、女性に片手を差し出す。少年の悪魔の囁きに女性の心は揺れ動く。
「本当に・・・協力してくれるの?あの男を・・・殺せる?」
「勿論。もう旦那の暴力に怯えなくても良い様にしてあげる。」
恐る恐る問い掛ける女性に、少年ははっきりとした言葉で答える。そして女性は一度ぐっと目を閉じた後、ゆっくりと少年の手を取った。その手は決して取るべきではない危険なものであると、この時の女性には知る由も無かった。