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「丈夫な盾のイメージを思い浮かべるのがポイントだよ。もう1度やってみて。」
「は、はい!え・・・えい!」
神崎さんが印を結び力を込めると、薄い光の壁が現れる。僕は今、防御の陣のやり方について指導しているところだ。妖を引き寄せやすい彼女が少しでも自分の身を護れる様に、と始めたのがこの陰陽術講座だ。
「うん、ちゃんと陣ができてる。飲み込みが早いね、神崎さん。筋が良いよ。」
「本当ですか!やった。ありがとうございます!!」
神崎さんは褒められたことが嬉しかったのか、少し照れるように可愛く小さなガッツポーズを決める。彼女は素質がある上に努力家な為、術の上達がかなり早い。術の感覚を忘れない様、彼女がもう1度印を結ぼうとした時、障子の陰からひょこっと六合が現れる。
「2人共、少し休憩しませんか?新作スイーツの試作品が完成したので、良かったら味見してみて下さい。」
「えっ、私も頂いちゃって良いんですか?」
「もちろん。ぜひ意見を聞かせて下さい。」
「ありがとうございます。じゃあ、遠慮なく頂きます。」
庭先で転た寝をしていたハクを起こして中に入ろうとしたその時 ―
ドォンッ
上空でいきなり爆発音が響く。上を見上げると、男性2人と大きな車が物凄いスピードで落下してきているのが目に入った。
「皆、お願い。」
急いで取り出した紙人形達に命じると、人形達は一斉に上空へ舞い上がる。そして2人と車をしっかり抱えると、そのままゆっくり降下し、優しく地面に降ろした。男性2人は大怪我を負っている。
「何事だ?」
爆発音を聞いた葛の葉庵の皆が庭先に集まってきた。
「貴人、この2人酷い怪我をしているみたい。治療を頼む。」
「了解した。」
貴人が2人のもとに歩み寄り手を翳す。すると、2人の体を光が包み込み、忽ち傷を癒してしまう。
「う・・・うぅ・・・。」
「大丈夫?」
「ああ・・・つうか、ここ何処だ?俺達仕事の途中でいきなり襲われて・・・」
「うぅ~・・・兄貴酷い目に遭ったよ~・・・。」
キョロキョロと辺りを見回しながら現状把握を試みる2人。一体、2人に何があったのだろう?襲われたって言っていたけれど・・・。
「あの、ここは葛の葉庵っていう製菓店です。さっきその車と一緒に空から落ちてきたんです。一体、何があったんですか?」
僕が指さす先・・・大きな二輪の車を見つめ、一瞬沈黙する2人。
「そうだ、車!・・・ていうか中の亡者達は・・・て・・・あ゛~っ!!」
男性の1人が頭を抱えて大声を上げる。口を大きく開けたまま、両手をわなわなと震わせている。
「どうしたんですか、兄貴!・・・ギャーッ!!」
もう1人の男性も、ムンクの『叫び』みたいに両手を頬に当て悲鳴を上げる。
「ワァーッ!実際にこんなポーズで驚く人、私初めて見ましたヨ!!」
白虎がムンクの『叫び』のポーズの真似をしながら楽しそうにはしゃいでいる。一方、男性達は真っ青な顔で立ち尽くしている。
「亡者達の大部分が・・・居なくなってる…。あ~・・・酒呑童子様に殺される・・・。くそぉ・・・あの餓鬼・・・。」
「ひぃ~っ・・・俺嫌だよ~・・・。あの人怖すぎるし・・・。」
“この世の終わり”の様な絶望的な顔で見つめ合う2人・・・。酒呑童子って人はそんなに恐ろしい人なのかな・・・。
「あの・・・とりあえず何があったのか事情を聞かせてもらっても良いですか?困っているのなら、何かお手伝いしますけど。」
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「助けてくれてありがとな。俺は火車。こっちは部下の夜汰。よろしくな。」
お互い自己紹介した後、火車達は自分達の身に起きた出来事を詳しく話してくれた。彼らによると、亡者達を捕まえて地獄に戻る途中で、謎の少年に突然襲われたらしい。亡者達に行おうとした実験というのも気になる。少年は一体何を企んでいるのだろうか・・・。
「早く居なくなった亡者達を見つけねーと・・・酒呑童子様に切り刻まれる・・・。」
「き・・・切り刻まれるんですか・・・?そ・・・そんな厳しい人なんですか?その酒呑童子さんは・・・。」
「いや、もう厳しいなんてレベルじゃないですよ!!」
怯えながら神崎さんが尋ねると、夜汰は身を乗り出して力説する。
「目つき鋭くて威圧感がハンパないんです!それに怒るとメッチャ怖い!!この前、直属の部下の方が重役会議サボって家で寝てたのがバレた時なんか、もう原型が分からなくなるくらいボッコボコに殴り倒してましたからね!?恐怖でしたよ!!」
その時の様子を思い出したのか、夜汰がブルッと身震いする。
「そ・・・それは怖いですね…。」
神崎さんも怯えながら同意する。
「私はその部下が悪いと思うけどねぇ。」
お茶を飲んでいた太陰が、2人の会話に冷静にツッコミを入れる。
「でもあの黒髪の餓鬼・・・一体何者だったんだろう・・・。何かすげー不気味な奴だった。」
腕組をしてう~んと唸りながら考え込む火車。
「とりあえず居なくなった亡者達を手分けして探そう。貴人と太陰は残っている亡者達を調べてくれないかな?例の少年の手掛かりが掴めるかもしれないし。」
「やってみよう。」
貴人と太陰が僕の言葉に頷き、早速作業に取り掛かる。それを合図に、僕達も亡者捜索へと動き出す。