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葛の葉奇譚  作者: 椿
第13章:忍び寄る白
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3

 職員室の一角。ブラックコーヒーを片手に俺、信楽吉次はある2枚の小テストの答案用紙と睨み合っていた。

 1枚は壮吾の答案用紙である。

 問:聖徳太子が遣隋使として派遣した人物は?

 答:小野小町

 平安時代の女流歌人が遣隋使になる訳無いだろうがっ!!そもそも生まれてすらいないわっ!!

 もう1枚は進藤の答案用紙である。

 問:憲法十七条では『篤く三宝を敬え』と書かれているが、「三宝」とは何か?

 答:衣・食・住

 いや、確かに生活に欠かせない大切な要素だが・・・。何故聖徳太子が生活の基礎について語らにゃならんのだっ!!

 頭の中で教え子達の珍解答にツッコミながら、俺は皺の寄った眉間に手を当てふぅっと息を吐く。お世辞にも良いとは言えない2人の小テストの結果に、頭が痛くなってくる。

 此奴等・・・進級する気あるのか?全く・・・今日から放課後みっちりスパルタ補習してやるから、覚悟しておけよ、2人共!!

 答案用紙を見つめる目にギラリと力を込め、2人に向かって威圧の籠ったオーラを放っていると―

 「おや、信楽先生。そんなに難しい顔をして、どうしたんだい?」

 八束先生が背後からひょこっと顔を出し声を掛けてきた。

 「いや、赤星と進藤の小テストの成績を見ていて・・・2人のこの先の学生生活を少し憂いていた。」

 はぁ・・・と重々しい溜め息を吐く俺に、八束先生はあははと苦笑し2人の答案用紙に視線を向ける。

 「随分とユニークな答案だね。」

 小テストの答案をまじまじと見つめながら眉尻を下げ小さく呟く八束先生。俺は唯「あぁ、もう笑うしかないよな。」と一言返す事しか出来なかった。

 「あっ、そういえば・・・少し前に赤星君達が保健室に遊びに来てくれたよ。転入生の智嶋君に校内を案内してあげているみたい。」

 「ほう。まぁ、彼奴等は人懐っこくて余り物怖じしないタイプだから、智嶋も接しやすいだろうな。クラスにも直ぐ馴染めそうで良かった。」

 思い出した様に語られた八束先生の言葉を受け、俺は少し安堵する。壮吾達は明るく気さくな人柄だから、智嶋とも直ぐ打ち解けられるだろう。彼等なら安心して任せられそうだ。


 「信楽先生ぇっ!!」


 バタンッと職員室の扉が大きな音で開くと同時に神崎の緊迫した声が響き渡る。俺と八束先生が驚いてキョトンとした表情で神崎の方に視線を向けていると、彼女はタタッと此方の方に駆けよって来た。

 「信楽先生っ!あのっ・・・土御門君が急用があるそうで・・・一緒に来てくれませんかっ!!」

 表情に焦りと深刻さを滲ませながら、神崎は俺の腕を掴んでぐいっと引っ張る。

 「土御門が?一体どうしたんだっ!?」

 「とっ・・・兎に角来てください、信楽先生っ!!」

 突然の出来事に困惑する俺を、彼女は早く晴支の所に向かう様に急かす。彼の身に何かとんでもない事が起こったのだろうか?

 「分かった、直ぐに行く。案内してくれ。」

 俺は彼女の後について急いで晴支の許へと向かったのだった。


 「・・・おい。これは一体どういう状況だ?」

 神崎さんに連れられてやって来た信楽先生は、子供の姿に変貌した僕を見ると驚きの余り口許をひくっと引き攣らせながら一言小さく呟いた。先生は一瞬考え込む様に沈黙した後、僕の制服の袖に軽く触れ、サイズを子供様に合わせてくれた。呪符の一件について事情を説明すると、先生は深刻な面持ちで「ふむむ・・・」と幽かな唸り声を上げるのだった。

 「全く・・・厄介な事に巻き込まれおって。術を解くのも・・・かなり面倒そうだぞ。」

 僕をまじまじと見つめふぅ、と重い溜め息を吐く信楽先生。今の状況をどうしたものか・・・皆の表情が一層曇っていく。

 「この呪符を仕込んだ妖が何処に居るか特定出来れば良いんだけど・・・」

 今の僕では上手く気配を探る事も出来ない。陰陽術や妖術が使えたら・・・拳をぎゅっと握り締め、何も出来ないじれったさをぐっと抑える。

 「信楽先生は怪しい気配を感じたりとか・・・何か気付いた事は無いのか?」

 身を乗り出し問い掛ける壮吾の言葉に、信楽先生は「いや・・・」と言いにくそうに首を横に振る。

 「部屋の中は特に不審な点は無い。校内も部下達に今調べて貰っているが・・・手掛かりは何も見つかっていない。」

 手詰まりの今の状況に僕達4人が頭を抱えていると―

 「!?」

 部屋の中の景色がぐにゃりと歪み、異空間が僕達を取り込んでしまう。異空間の中は、霧がかった空間が唯果てしなく広がっていた。周囲には4人以外誰も見当たらない。

 「こっ・・・此処は何処でしょう?これも・・・危険な妖の術なんでしょうか・・・?」

 不安そうに胸の前でぎゅっと拳を握る神崎さん。その声は幽かに震えていて、彼女が必死に恐怖と闘っているのが伝わって来る。僕達は警戒を強め背中を合わせる様に一カ所に集まり周囲へ視線を巡らせる。

 『初めまして、土御門晴支。』

 突然頭の中に落ち着いた雰囲気の少年の声がゆっくり静かに響いてきた。

 『自身に掛けられた呪いを解きたければ、何処かに隠してある解除用の呪符を見つけなさい。あぁ、それと空間内に描かれている2つの陣を破壊すれば、現実の世界に出られますよ。』

 僕達に向け淡々と語られるその声は、表面上の穏やかさの奥に邪悪な冷酷さを滲ませていた。これ程広大な空間を造り上げる程の強大な妖力を持つ妖・・・一体どんな妖なのだろうか。

 『それでは・・・頑張って下さいね。』

 僕達を嘲笑う様に述べられた最後の言葉は、ピリリと鋭い緊迫と冷たい沈黙の中に消えていった。

 「晴支、取り敢えずこれを持っておけ。」

 信楽先生からポイッと渡されたのは、彼の妖力が込められた一振りの短刀だった。

 「丸腰で居るよりはマシだろう。」

 「有難う御座います。お借りしておきます。」

 正直術が使えない状態で今の状況を切り抜けられるかかなり不安だったので、武器があるのはとても心強い。

 「此処に居続ける訳にもいかないし・・・そろそろ呪符と陣を探しに行こうぜ。」

 壮吾の言葉に一同が頷き歩き始めたその時だった。

 「!?」

 僕の足下にぽっかりと漆黒の穴が出現する。

 「晴支っ!?」

 穴の中に引きずり込まれようとする僕を助けようと、壮吾が僕の腕を掴む。信楽先生も2人の方へ手を伸ばすが、彼の手が届く前に僕達は穴の中に呑み込まれてしまったのだった。

 「土御門君!!赤星君!!」

 神崎さんが黒い穴の消えた地面にしゃがんで触れ呼び掛けるが、何の反応も無い。困惑する神崎さんを落ち着かせる様に、信楽先生が彼女の肩を軽くポンと叩く。 

 「立て、神崎。2人は今までも危険な修羅場を幾つも潜り抜けている。早々殺られはしない。それより、俺達も動き出そう。呪符や陣を早く見つけて、彼奴等を少しでもサポートしよう。」

 神崎さんに手を差し出し、力付ける様に声を掛ける信楽先生。

 「はい!」

 神崎さんも力強い言葉で答えしっかりと立ち上がる。そして2人は深い霧の中を歩き始めたのだった。



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