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一方、妖の襲撃を受けている葛の葉庵。十二天将と妖達との間で激しい闘いが繰り広げられていた。
「はっはぁ!!八つ裂きにしてやるぜぇっ!!」
犬神は勢い良くジャンプすると、天空に向かってその鋭い爪をブゥンッと力強く振り下ろした。
「くっ!?」
天空は素早く二振りの刀を作り出すと、ガキィィンッという重く響く音を立てながら犬神の斬撃を受け止める。犬神は次から次へと凄まじい速さで斬撃を繰り出すが、天空はそれらを1つ1つ器用に受け止め跳ね返していく。
「てっ・・・天空!?・・・うわぁっ!?」
「ぴゃっ!?ハクッ、大丈夫!?」
天空を心配して呼び掛けるおいらに、風の様に走る獰猛な獣が体当たりをして来た。おいらは攻撃を受け上空に吹っ飛ばされてしまうが、何とか体勢を整え着地する。ハァハァと荒い息を吐き御腹を押さえるおいらを心配して家鳴が駆け寄って来る。
やられた分は、何倍にもして返してやる!!
おいらは両手に焔の玉を作り出し黒眚<シイ>目掛けて放とうとグッと構える。そして焔の玉を思いっ切り投げようとしたその時―
ズズゥウンッ
突然大地が大きく揺れ始めた。普通の地震とは全く異なるビリビリと鋭い圧力を伴うこの揺れに、葛の葉庵の皆の表情が深刻なものになる。
「この地震・・・まさか大鯰の封印が解けてしまったんでしょうか。」
天后が不安そうに小さく呟く。彼女が一瞬地震に気を取られてしまった隙を突いて陰摩羅鬼が彼女目掛けて青い焔を吐く。天后が急いで水の幕を形成しようとした時、地面がボコっと盛り上がり焔から天后を護った。
「大丈夫か、皆!?一体何が起こってるんだ!?」
唐突に響き渡った声に一同は驚きサッと視線を向ける。その視線の先に立っていたのは、全速力で走って来たのか少し息を切らしている狸のおじさんと彼の部下の化け狸達だった。「信楽・・・この前はよくもやってくれたな!!」
狸のおじさんに憎悪の籠った目を向ける尾裂。彼は青龍の水の波動を巨大な盾で防御すると、青い焔をおじさん目掛けて放った。おじさんは自身の妖気を放出して焔をガードすると、尾裂に向けて大きな水の杭を放った。
「敵の妖狐と闘ってるって事は・・・俺達の味方の様っスね。」
見越入道の巨大な平手を槍で斬り裂きながら、茨木童子が少しほっとした様に呟いた。
「丁度良かった!!信楽、私達を京都にある大鯰の封印場所まで連れて行ってくれ!!」
「晴支が攫われてしまったんだっ!!!頼むよ、先生!!」
六合と壮吾に凄い気迫で掛けられた言葉に、おじさんは一瞬「何っ!?」と目を大きく見開き驚く。しかし直ぐに落ち着きを取り戻すと、京都へと繋がる陣を出現させた。六合と壮吾は妖狐達を蹴散らしながら陣の中へと飛び込んで行った。
「私も勿論行きますヨ!」
白虎は雷を纏った羽の針を飛ばす鵺の方にぴょんと飛んで素早く体中を斬り裂くと、敵の妖達を足蹴にしながら目にも留まらぬ速さで駆け抜けて行き、陣の中にするりと入って行った。
「百目鬼、俺達も行こう。火車、夜汰、滝は此処を頼むっス!」
槍を振り回しながらハキハキと語り掛ける茨木童子の声に、4人は力強く頷く。そして茨木童子と百目鬼も京都へと向かって向かって行った。
「ようし。俺も向こうに加勢に行くとするかねぇ。」
玄武は水の刃で妖達を斬り裂き道を作ると、陣まで一直線に駆け抜けて行った。
「おい、こら。てめぇは此処で留守番でもしてろ、ツンツン馬鹿!!」
「お前こそ引っ込んでろよ、ザコウチン!!」
勾陳と騰蛇が火花を散らせ睨み合いながら陣の方へ走って行く。敵の妖達が行く手を阻もうとするが、2人は「邪魔!!」と荒々しく薙ぎ払っていく。2人が陣の前に辿り着きいざ京都へ向かおうとしたその時―
一目連が勾陳の腕をガッと強く掴んだ。
「おいおい。俺との勝負がまだついてねぇぞ。もう少し付き合えよ。」
にやりと不敵な笑みを浮かべる一目連に、勾陳は苛立たし気にキッと睨み付ける。
「ちぃっ、離せよ。お前は横のアホ騰蛇と一緒に遊んでろっ!!」
勾陳は掴まれている方の腕を騰蛇の方に乱暴にブンッと振った。一目連は勾陳の腕に摑まったまま騰蛇の顔に思いっ切りぶつかってしまう。
「へぶぅっ!?・・・てっめぇ、このすっとこどっこい!!危ねぇだろうがぁ!!」
片手で鼻の頭を押さえながら、騰蛇が勾陳に勢い良く掴み掛かる。そのまま2人は陣の前で殴り合いを始めてしまい、勾陳の腕を掴み続けていた一目連も巻き込まれカオスな乱闘になってしまった。
「ちょっ・・・おい・・・。何やってるんだ、お前等。行かないのなら、もう俺が最後に通って陣を閉じてしまうぞ。」
呆れ顔で語るおじさんの言葉も、3人には全く届いていない様だった。勾陳達は暫し揉み合いながら殴り合ったり蹴り合ったりしていたが、やがてバランスを崩し、3人一緒に陣の中へと倒れて行った。3人が入ったのを見届けた後、おじさんはふぅっと一つ深い溜め息を吐き、「後は頼む。」と残っている者達に一言告げ陣の中へと姿を消した。
「ふふっ・・・。乱入者が来て流れが止まってしまったけれど・・・戦闘再開といきましょうか。」
絡新婦が指をくいっと小さく動かす。すると、見越入道に飛び掛かろうとしていた夜汰の足に蜘蛛の糸が絡み付いた。
「うわぁっ!?ちょっ・・・離せぇぇっ!!」
夜汰は大声で叫びながら蜘蛛の糸から逃れようともがくが、動けば動く程糸は更に夜汰を縛り上げていく。動きを封じられた夜汰を倒そうと、見越入道がその大きな手を振りかぶる。そして見越入道の拳が夜汰の顔面に届く直前―
夜汰の体の自由を奪っていた蜘蛛の糸が水の刃によって斬られぱらぱらと床に落ちた。蜘蛛の糸から解放された夜汰は間一髪で見越入道の攻撃を躱したのだった。
「今度こそ・・・あんたを倒す!!」
滝は絡新婦を鋭く睨み付けると、水の刃を沢山作り出す。そしてその水の刃を絡新婦目掛けて一斉に放った。絡新婦は糸を編んで頑丈な盾を作り、水の刃から身を護った。
「うふふ・・・龍のお嬢さんね。あの時もそうだったけれど・・・本当に威勢の良い娘ね。」
くすくすと妖艶に笑う絡新婦。そんな彼女の体から、ぶわぁっと大量の小蜘蛛達が溢れ出て来る。小蜘蛛達は庭中に散らばり妖達と闘うおいら達に襲い掛かって来た。
「う゛ぎゃ゛あ゛っ!?くっ・・・蜘蛛が一杯!?気持ち悪いっ!!虫は勘弁してくれぇっ!!」
虫嫌いの太裳が涙目になりながら迫り来る蜘蛛達を大地から作り出した巨大な手でべちんべちんと潰していく。赤舌が太裳に水の波動を放つが、太裳は壁を作ってその波動を防ぎ、着々と蜘蛛を退治していく。他の皆も各々の技を使い、邪魔な蜘蛛を払い除けながら妖との闘いを繰り広げている。
「皆の敵・・・絶対に許さないっ!!」
滝は両手に水の短刀を持ち絡新婦の方へ一直線に駆け抜けて行く。絡新婦は蜘蛛の糸で行く手を阻もうとするが、滝は短刀で糸を斬り裂きながら進み続けていく。滝が絡新婦の間近に迫り短刀で斬り付けようとブゥンッと一振りする。しかし絡新婦は後ろに飛んで刃を躱すと空中に張り巡らせた糸の上に立つ。そして絡新婦は別の糸から糸へとぴょんぴょんと飛び回り始めた。絡新婦の動きを捉えきれない滝は、絡新婦に接近される度にその鋭い爪による斬撃を受けてしまう。
「そろそろ止めといきましょうか。」
絡新婦が滝の首筋を狙って接近する。そして彼女の爪が滝の頸動脈に向けて構えられたその時―
絡新婦の体を正面から無数の水の針が貫いたのだった。
「なっ・・・水の・・・針!?」
絡新婦はふらふらぁっとよろめきながら困惑の表情を見せた。絡新婦が最後の攻撃を仕掛ける直前、滝は自身の体を水で纏い絡新婦が接近して来ると同時に水の針に変化させて刺したのだ。
「皆の無念を思い知れっ!!」
滝は水の大剣を絡新婦目掛けて放った。水の大剣は絡新婦の体を勢い良く貫き、水に戻り彼女の血と一緒に地面に流れ落ちた。
「かはぁっ!?」
胸を刺され深手を負った絡新婦はその場にばたりと倒れた。滝が止めを刺そうと絡新婦に近付いて行ったその瞬間、絡新婦の体が大量の小蜘蛛となりあっと言う間に散り散りに去って行ったのである。意識を集中させるが周囲に彼女の気配はもうない。
「あと少しで止めを刺せたのにっ・・・。」
滝は悔しさの余りぎゅっと拳を強く握り締めた。
「ぐるるるる・・・・・」
低い唸り声を上げながら毛を逆立てて威嚇する鬼熊。鬼熊はぐわぁっと一声大きく吼えると、朱雀の方に向かって突進していった。
「ふんっ。あんたなんか焼き熊にしてやるわっ!!」
朱雀が片手を前に翳すと、迫り来る鬼熊の下から焔の渦が出現し、鬼熊を呑み込んだ。鬼熊は「ぐおぁぁあっ!?」と苦しそうな声を上げながらも動きを止めず、焔を纏ったままその鋭い爪で朱雀に襲い掛かった。朱雀は後ろに下がり距離を取りながら鬼熊に焔の爆撃を喰らわせる。鬼熊がその爆撃の威力にふらりとよろめいた隙を突いて、朱雀は鬼熊の目の前まで一気に接近し焔を帯びた鋭い蹴りを腹部に入れる。鬼熊は踏ん張ってその蹴り技を受け止めると、朱雀の足を凄まじい力でガシッと掴みブンッと勢い良く彼女を投げ飛ばした。
「うぐぅっ!?」
投げ飛ばされた朱雀の体は店の壁にズドォンッと大きな音を立てて激突した。体中を強烈な痛みが走り苦悶の表情を浮かべる朱雀。霞む目をごしごしと擦りながら、朱雀はゆっくりと立ち上がる。朱雀は両手を焔で覆い鋭い爪の武器を作り出す。
「この爪で・・・焼き斬ってあげる。」
朱雀はぐっと構えると、鬼熊に向かって駆け抜けた。鬼熊も「ぐわぁっ!」と一声力強く吼えると、朱雀の方へ疾走した。鬼熊が鋭い鉤爪を振り下ろすのをギリギリで躱すと、朱雀は鬼熊の懐に入り込み両手の焔の爪で鬼熊を深く斬り裂いた。悲鳴を上げる鬼熊を更に連続で斬り付けると、朱雀は片手を鋭く構え、鬼熊の胸をズシュッと一突きした。止めの一撃を喰らった鬼熊の体は朱雀の焔に全身を焼かれ灰となった。
「ふんっ!私の力・・・思い知ったか!!」
血を拭いながら、朱雀は勇ましく胸を張るのだった。
一方、天后は青い焔と邪気を操る陰摩羅鬼と闘っていた。陰摩羅鬼は翼をバタバタとはためかせ、邪気を纏った鋭い羽を天后目掛けて大量に放った。天后は水の弾丸で羽を打ち落とすと、陰摩羅鬼の周囲から水を生み出し水の玉の中に閉じ込めた。しかし陰摩羅鬼は全身から禍禍しい邪気を放って水の玉を消滅させ、口からぶわぁっと青い焔を吐き出した。
「きゃあっ!?」
陰摩羅鬼の焔を避け切れなかった天后は左腕に火傷を負ってしまう。負傷した左腕を押さえる天后に追い討ちを掛ける様に陰摩羅鬼は邪気を纏った羽に青い焔を重ねて勢い良く放った。天后は自身を水の渦で包み込み一斉に放たれてくる焔の羽の攻撃から身を護る。
「うぅっ・・・この羽の攻撃が面倒ですね。」
焔の羽を受け止めながら、天后がぽつりと呟く。そんな天后を串刺しにせんとばかりに、陰摩羅鬼は間髪容れず焔の羽を放ち続ける。どう対処しようか悩んでいる天后の視界の中に、先程倒した小蜘蛛の死骸がちらりと入った。
蜘蛛・・・ですか・・・。
天后は暫し考えを巡らすと、水の渦で自身を防御したまま透明な水の糸を作り出した。彼女は水の糸で陰摩羅鬼の両足を縛ると、陰摩羅鬼の上空に巨大な水の剣を出現させた。
「えぇいっ!!」
彼女の掛け声が響くと同時に、水の剣が陰摩羅鬼を頭からぐさりと突き刺した。陰摩羅鬼は悲痛な叫び声を上げながら消滅していった。
「ふぅ・・・何とか退治出来ました。」
彼女は水の防御を解きながら深い溜め息を吐いたのだった。
「他の人より僕に襲い掛かって来る蜘蛛の数が明らかに多いのは何でだよっ、もう!!蜘蛛なんか・・・大嫌いだぁぁぁぁっ!!」
わぁわぁ泣き叫びながら太裳は地面から鋭い針を生やして迫り来る蜘蛛達を突き刺した。蜘蛛を派手に嫌がる太裳に向かって、小蜘蛛達は更にわらわらと襲い掛かって来た。太裳はそんな蜘蛛達を苛立たし気に睨みながら蜘蛛達を特大の土板と地面でバァンッと思い切り潰した。まだ来るかと身構えた太裳だったが、どうやら先程潰した蜘蛛達が最後だった様で、太裳は安堵の表情を浮かべた。しかしほっとしたのも束の間。その直後に黒いもこもこした煙の中から赤舌が鋭く大きな爪を太裳目掛けて振り下ろす。
「そういえば・・・まだ此奴が居たんだった。」
“すっかり忘れていた”と言わんばかりの驚きの表情を見せながら、太裳は襲い掛かる爪をひらりと躱す。太裳は土の針を赤舌に向けて地面から放つが、彼の纏う黒い煙によって防がれてしまう。赤舌は自身を纏う黒い煙をもくもくと広げ、その煙で太裳を包み込んでしまった。
「うっ・・・周りがよく見えない。それにこの煙・・・霊力を吸い取るみたいだ。」
視線を左右に動かし慎重に様子を窺う太裳。静かに立つ太裳の背後から、赤舌が音を殺して忍び寄る。そしてきらりと光る両腕の爪を太裳の心臓を狙い突き刺そうと構える。そしてその数秒後、黒い煙の中に紅い飛沫が舞い上がった。
「ぎゃうぅぅぅっ!?」
「ふぅっ。危ない、危ない。串刺しにされる所だった・・・。」
石の弾丸を両目に打ち込まれ、赤舌は顔を覆って悶絶する。そのチャンスを逃さず、太裳は手に握っていた土の塊を赤舌の上に放り投げた。土の塊は赤舌の上で一気に巨大化し、伸し掛かった。その重みに耐え切れなかった赤舌は、土の塊と一緒に地面へと落ち、潰されてしまった。それと同時に、太裳を呑み込んでいた黒い煙も綺麗に晴れたのだった。
「蜘蛛の群れに襲われるわ・・・獣に襲われるわ・・・今日は散々な一日だな・・・。」
ぐったりと項垂れながら、ぽつりと呟く太裳であった。
「はぁぁぁっ!!」
庭に夜汰の威勢の良い声が響き渡る。夜汰は見越入道の目の前まで一直線に駆け抜け、拳を大きく振り被る。しかし拳が見越入道に届く直前、夜汰の体が突然ふわっと宙に浮き壁までブンッと飛ばされてしまう。
「夜汰っ!?大丈夫かぁっ!?」
「・・・げほっ!な・・・何とか・・・。」
心配して呼び掛ける火車の声に、夜汰は小さく声を絞り出して答える。夜汰の無事を確認した火車は、見越入道に向けて紅い焔を放つ。火車の焔は見越入道に向かって突き進むが、見越入道が手を前に翳すと動きを止め消滅してしまった。もう一度焔を放とうとした火車を見越入道の神通力が襲い掛かる。火車は地面に引っ張られる様に強い力で大地に打ち付けられたのである。
「踏み潰してやろう。」
見越入道は巨大化するとその大きな足を火車目掛けて勢い良く下ろす。火車は横に転がり何とか避けると、体勢を立て直し立ち上がった。もう一度踏み潰そうと足を動かす見越入道に向かって夜汰が鋭い鉤爪を構え接近する。そんな夜汰を叩き潰そうと、見越入道は片手をブンッと一振りする。夜汰は見越入道の攻撃を躱したが、その強烈な威力による風圧に耐え切れず吹き飛ばされてしまう。
「何としても・・・一撃喰らわせてやるっ!!」
火車はグッと低く構え、体のバネを利用し一気に疾走する。素早く走り抜ける火車に対し、見越入道は神通力をかける。火車の体に後方に引っ張ろうとする力が加わる。
「くっ・・・負けるかぁっ!!」
神通力に対抗する為火車は全身を焔で包み、後方に向かってフルパワーの爆発を起こす。爆発のエネルギーにより、火車は物凄いスピードで見越入道に激突した。
「ぐはぁっ!?」
衝突の勢いで見越入道はバランスを崩し、バタァンッと大きな音を立てて倒れる。そんな彼に火車は両手両足の爪をぐさりと突き立てしっかりとしがみ付き、彼の全身を灼熱の焔で焼いた。見越入道は火車を振り解こうとするが彼は更に深く爪を突き立て頑なにしがみ付き焔攻撃を続けるのだった。
「とりゃああっ!!」
灼熱地獄に藻掻く見越入道の体を、夜汰の鋭い鉤爪による高速の斬撃が襲い掛かる。体中を何度も斬り裂かれた見越入道は力尽き、元の大きさに戻り完全に気絶したのだった。
「かっ・・・勝ったぁ~・・・。」
「もう・・・くたくただ・・・。」
2人はドサッとその場に座り込むと、お互い目を見合わせへにゃっと笑う。そして小さくコツンと拳をくっつけたのだった。
「おらおらぁ!!避けてばっかじゃ俺は倒せねぇぞっ!!もっと本気で掛かって来いよっ!!」
怒涛の勢いで両手の鉤爪を振り回しながら、犬神が荒々しく叫ぶ。天空は犬神の斬撃をひらりひらりと躱しながら犬神との距離を一定に保っている。犬神は片手にグッと力を込めると、天空に向けて闇の覇気を豪快に爆発させた。爆風で土埃が舞い上がり、辺りの視界が悪くなる。
「ちと派手にやり過ぎたか。」
犬神はその場に立ち止まり、きょろきょろと周囲を見廻す。片手をこきりと鳴らし感覚を研ぎ澄ませる犬神。じっと静かに立つ犬神の首筋を狙って、鋭利な刃が音も無く襲い掛かる。犬神はその高速の刃を体を反らしギリギリで躱しシュッと鉤爪を滑らせた。そして続けざまに放たれた斬撃を後方に飛び退いて避けると、攻撃を仕掛けて来た相手ににやりと不敵な笑みを浮かべた。
「全く気配を感じなかったぜ。やっぱりお前、中々やるなぁ。」
首筋に残った軽い切り傷から流れる血を親指でピッと拭いながら、犬神が楽しそうに小さく呟く。
「そういうあんたも、全然隙が無いな。」
天空は力強い真っ直ぐな眼差しを向けながら、二振りの刀を構え直す。先程攻撃を仕掛けた時に受けた脇腹の傷からじわりと紅い血が染み出ている。
「何故・・・お前は天逆毎と組んで人に危害を加える?苦しむ人々に対して・・・何も感じないのか?」
鋭い視線を向け低い声で問い掛ける天空。犬神はそんな天空を「くっ・・・ハハハハハッ!!」と大きな声で嘲笑う。
「人間が無様に死んでいく様を見るのは実に愉快だよ。人間なんて下等で醜い生き物・・・さっさと滅んじまえば良いのさ。」
犬神は憎悪の感情を全身から溢れさせそう答える。そして彼は四つん這いになると、全身に強大な闇の覇気を纏って天空の方へ弾丸の様な凄まじい速さで駆け抜けた。犬神は目にも留まらぬ速さで天空の周囲を駆け回り、彼に向かって幾度も斬撃を繰り出す。天空は2本の刀で応戦するが捌き切れず体中に斬り傷が増えていく。
「くたばれぇっ、十二天将ぉっ!!」
犬神が天空に鋭利な鉤爪を突き刺し止めを刺そうと迫る。しかし次の瞬間、天空は己の霊力を解き放ち猛烈な竜巻を起こす。竜巻は犬神を遥か上空まであっと言う間に引っ張り上げた。天空は竜巻を消すと両手の刀を弓矢に変化させ、キリキリと力一杯引き絞る。
「・・・喰らえ。」
ヒュンッと風を斬る音を響かせ矢が放たれる。天空の矢は風を纏って途轍もないスピードと威力を持って犬神の胸に大きな穴を開けたのだった。
「ぐぷぁっ!?」
犬神は派手に血を吐きながら地面に叩き付けられ、意識を失った。天空は犬神にゆっくりと近付いて行った。天空が目の前に辿り着くと同時に、犬神はサァ・・・と霧散して消滅した。その仄暗い霧が舞い上がって行く様子を、天空は唯静かに見つめていた。その瞳は何だか少し哀しそうに見えた・・・。
青い焔がメラメラと燃え地面を滑るように走る。焔は青龍を呑み込もうと勢い良く迫るが、青龍は水の波動を放ち焔を相殺する。
「あの狸に雪辱を果たす好機であったのに・・・邪魔をしおって!!」
腹立たし気に青い焔を放ち爆発させる尾裂。周辺では、尾裂の手下の妖狐達と信楽の部下の狸達が化かし合ったり、殴り合ったりして乱闘を行っている。彼等は「今度は負けぬぞ!!」「お前達の好きにはさせないぞ!!」と大きな声で叫びながらポカポカ派手に暴れている。尾裂の激しい攻撃を水の防御で防いだり躱したりしながら、青龍は困った様に眉尻を下げる。
「八つ当たりも甚だしいぞ。・・・勘弁してくれ。」
青龍は大きな水の龍を作り出すと、尾裂に向かってその水の龍を走らせる。水の龍は口を大きく開け尾裂に噛み付こうとする。しかし水の龍が尾裂に届いた瞬間、尾裂の体がぼやぁっと歪み消えてしまう。
「これは・・・幻術か。」
「その通り。お前はもう私の姿を捉える事は出来ないだろう。見えない恐怖に怯えながら死ぬが良い!!」
青龍は目を閉じ感覚を研ぎ澄ませてみるが、幻術によってカモフラージュされていて尾裂の妖気が上手く掴めない。身構える青龍の腕を何かがスパッと斬り裂いた。斬撃に臆する事無く落ち着いた様子で静かに立つ青龍。そんな彼を取り囲む様に邪気を纏った無数の短刀が出現し一斉に放たれる。青龍は後方に水の波動を放って短刀を払い退けると同時にぴょんと後ろに下がる。すると今度は鋭い眼光の悍ましい獣が大勢現れ青龍を噛み殺そうと襲い掛かって来た。青龍が片手を翳すと大きな水の玉が形成されその玉から大量の水の矢が射出される。水の矢は周りに居た獣達を次々と射貫き一掃する。獣を排除した青龍はふぅっと息を吐き、集中力を高める。
「無駄だ・・・。幻術で極限まで気配を隠した私の動きを把握する事など出来ない!!」
尾裂の焔の鉤爪が静かに立つ青龍に忍び寄り、容赦無く振り下ろされたのだが―その刃が青龍の喉笛に届く事は叶わなかった。
「ぐぅっ・・・何故・・・私の攻撃に気が付いた!?」
突然背後から水の刃で貫かれ困惑の表情を見せる尾裂。彼は血を吐き激痛に顔を歪ませながらがくりと片膝を付く。
「お前に気付かれぬ様に辺り一帯に水を可能な限り薄く撒いたのだ。空気中に漂う水からお前の動きを感知するのにかなりの集中力を要するから・・・この手は余り使いたくなかった。非常に疲れるんだ・・・。」
憤怒の形相でキッと睨み付ける尾裂を見つめながら、青龍が眉尻を下げ苦笑する。そして止めの水の波動を尾裂目掛けて思い切りぶつけた。尾裂は強烈な一撃を受けバタリと勢い良く倒れ込んだ。狐VS狸の乱闘の方も2人の激しい闘いに決着がついた頃にはもう終息していた。お互い傷だらけでゼェハァと荒い息を吐きながらどちらも地面に倒れ込んでいた。ヒートアップした闘いでエネルギーを使い果たした様だ。
「お・・・おのれ・・・。覚えてろ・・・。今度は必ずお前も信楽もギャフンと言わせてやるからな・・・。」
ビシィッと青龍を指差すと、尾裂は手下の妖狐達と一緒に退散した。
「・・・もう来ないでくれ。」
心底面倒臭そうな顔をしながら、青龍はぽつりと呟いたのだった。
「がう゛う゛う゛ぅ゛・・・ぐわぁうっ!!」
黒眚が牙を剥き出しにして低い唸り声を上げる。そして風を斬る様に猛スピードで走る黒眚を、おいらは青い焔で迎え撃つ。しかし黒眚の途轍もないパワーを受け止め切れず、おいらはズドォンッと大きな音と共に勢い良く飛ばされてしまう。
「あぐぅっ!?・・・くそっ!彼奴すばしっこいし、力強いし・・・一体どうしたら勝てるんだろう・・・。」
立ち上がりながら、おいらは悔しい気持ちを吐き出す様に呟いた。そして狐火を沢山作り出すと、黒眚目掛けて乱暴にブゥンッと一斉に放り投げた。狐火は黒眚に命中しその熱さに大きな叫び声を上げるが、黒眚はぐるぐるんと素早く回転し直ぐに焔を消してしまう。家鳴も石を投げたり、しがみ付いてがぶっと噛み付いたりして応戦するが、直ぐに振り払われてしまう。おいらは両手の爪を鋭く尖らせ全速力で走り黒眚に思いっ切り突き立てる。黒眚は激痛に「ぎゃあああっ!?」と大声を上げながら体中を振り回し暴れ始めた。
「ちょっ!?すっ・・・凄い力で引っ張られるぅっ!!目ぇ回るぅっ!!」
おいらはぶんぶん振り回されパニック状態に陥りながらも両手両足の爪を深く刺し飛ばされない様に何とかしがみ付く。中々離れないおいらに腹が立ったらしい黒眚は、おいらの腕にがぶりと力一杯噛み付いた。黒眚の尖った牙がおいらの腕に突き刺さり、袖がじわりと紅く染まる。
「いっ・・・痛ぁぁ!!むぅぅぅ・・・お前なんか・・・こうだっ!!」
おいらは余りの痛さに涙目になりながらも全身から精一杯出せる限りの焔を放出する。全身を焔で焼かれた黒眚は悲鳴を上げながら更に激しく暴れる。
・・・絶対離れるもんか!おいらだって・・・晴支達みたいに悪い妖に勇敢に立ち向かうんだっ!!
おいらは爪をもっと深く突き刺し焔を浴びせ続ける。おいらの焔攻撃に暫くの間耐えた黒眚だったが、おいらの腕に噛み付く力も徐々に弱くなっていき、やがて力尽きてその場にバタリと倒れてしまった。
「や・・・やったぁ!!おいら・・・悪い妖をやっつけたんだ!!」
両の拳を高々と上げガッツポーズをするおいらに、家鳴達がぴょんぴょんと飛び乗って来る。家鳴が傷だらけのおいらの姿を見て「大丈夫?」と心配そうに問い掛けてくるので、おいらは「うんっ、平気!!」と元気良く返事をした。
「ハク・・・酷い怪我してる。手当てするからおいで。」
声の方に振り向くと近くに居た天空が手招きするのが目に入る。平気そうな顔をしているが、天空も体中に斬り傷を負っていてきっと痛い筈だ。おいらは天空の方に駆け寄って行き、ばふっと抱き付いた。
「おいら、敵の妖に勝ったぞ!!噛まれたりして痛かったけど・・・おいらも家鳴達も諦めずに攻撃したんだっ!!」
ふふんと誇らし気に胸を張るおいらと家鳴達の話を聞いた天空は「そうか。皆、よく頑張った。」と優しく微笑みながらおいら達の頭を撫でてくれた。辺りを見廻してみると皆の闘いもそれぞれ決着がついた様で、倒した妖を拘束したり、傷の治療や後片付けを始めていた。天空に連れられて居間に向かう途中、「凄いじゃないか!!」「まぁ・・・少しはやるじゃない。」等と他の皆にも褒めて貰った。嬉しくてついつい尻尾がぶんぶん楽し気に動いてしまう。
「そういえば地震が治まっているみたいだが・・・京都の方はどんな状況だろう?晴支達は大丈夫だろうか・・・。封印の問題は解決したのだろうか・・・。」
治療や片付けが一段落した頃、青龍が不安そうにぽつりと呟いた。その言葉に皆は深刻な面持ちで黙り込む。自分達も京都に向かいたいが、東京の戦力を手薄にする訳にはいかない・・・。そんなじれったい気持ちが皆から強く伝わってくる。
「晴支達は凄く強いから絶対大丈夫だよっ!!悪い妖達を皆やっつけて・・・ちゃんと此処に帰って来るよっ!!おいらは皆を信じてる!!」
重い空気を吹き飛ばす様に、おいらは大きな声で叫んだ。拳をグッと握り締め力強い眼差しを向けるおいらに、皆の表情は少し柔らかくなった。
「ハクの言う通りですね!俺達はどんと構えて皆の帰りを待ちましょう!!」
夜汰は自分の肩腕をおいらの肩にもたせ掛けると、明るい声で皆に語り掛ける。それを受け皆も笑顔でこくりと頷く。
おいらも頑張ったよ。だから・・・皆、早く帰って来るんだぞ!!
おいらは空を見上げ、心の中で晴支達に話し掛けてみた。すると何故だか晴支が「急い で帰るよ。」と返事をしてくれた気がして、おいらは嬉しくなりくすりと笑ったのだった。