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葛の葉奇譚  作者: 椿
第12章:震う大地
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2

 “近日中に、この日本は天逆毎によって沈没の危機に直面する事になるわ。”


 件から衝撃の予言を告げられた僕達葛の葉庵の面々は、日本を危機から救うべく動き始めていた。

 「2人は大丈夫かな・・・。」

 封印の状態を確認する為京都へと向かった貴人と太陰が戻って来るのを店で待っていた僕は、2人が心配で思わずぽつりと呟いた。

 「彼等はとても強いですから、敵の妖が邪魔をしてきても一掃出来るでしょう。それに様々な術についての知識も豊富ですから、封印についても上手く対処してくれる筈です。信じて待ちましょう。」

 不安そうな表情を浮かべる僕を励まそうと、六合が語り掛ける。僕は彼の言葉にこくりと頷いた。

 「だけど・・・待つ身っていうのは歯痒いな。」

 壁に凭れ掛かりながら、壮吾が落ち着かない様子で述べる。壮吾は頭の上に乗って彼のおでこをぺちぺちと叩く家鳴をヒョイッと捕まえて、「あ゛~・・・向こうはどうなってるんだろう。気になるっ!!」と独り言を言いながら家鳴の頬を軽くぷにぷにするのだった。

 「京都といえバ・・・賀茂家や蘆屋家の人達も、もしかしたら何か調べてるかもしれませんネ。特に孝行君なんかは妖に関する嗅覚が鋭いですシ。貴人達とバッタリ鉢合わせとかしていたりシテ。」

 白虎がふと思い立った様に語り掛けた言葉に、僕達は京都の陰陽師達の姿を思い浮かべる。確かに、孝行達なら不穏な動きを逸早く掴んで何か対策をしているかもしれない。彼等はとても強い陰陽師達だから、協力を得られればとても心強い味方だ。

 「京都の陰陽師か・・・。おチビ剣治とか無駄に突っかかって来るから、鉢合わせしたら面倒臭そうだな。」

 まだ家鳴をぷにぷにし続けながら、壮吾が渋い表情を浮かべる。重々しい空気の中待ち続けている僕達だったが―


 「!?」


 突然庭先に強い妖気が出現し、一同の警戒が一気に高まる。急いで庭に駆け付けた僕達を待っていたのは明るく大きな声だった。

 「あっ、皆!!久し振りっス!!」

 茨木童子がブンブンッと元気良く両手を振って挨拶をしてくれた。その傍には火車や夜汰、それに滝も居た。

 「やっほう!元気?」

 滝は僕の方をちらりと見ると、悪戯っぽい笑みを浮かべて小さく手を振った。

 「うん。滝は?冥府での生活や仕事は順調?」

 僕が問い掛けると、滝は嬉しそうに笑い「うん。皆親切だし、仕事もやり甲斐があって楽しいよ。」と答えた。彼女が新しい居場所で楽しく過ごせている事を知り、僕はほっと安堵した。

 「其方が土御門晴支か。私の名は酒呑童子。葛の葉庵には、私の部下達が世話になっているな。」

 腰まである真っ直ぐな長い髪を束ねた男性が僕の方へ近付き、片手を差し出した。

 ・・・この人が茨木童子達の上司の酒呑童子。凄く厳つくて怖い人を想像していたけれど・・・実際に会ってみると静かで落ち着きのある雰囲気の人みたいだな。

 「えっと・・・土御門晴支です。こちらこそ、いつも色々と助けてもらってばかりで。」

 僕は酒呑童子と握手を交わし、挨拶をする。

 「実は閻魔庁である事件が起こってな。其の事で其方達に話があって来たのだ。」

 ・・・ある事件?もしかして・・・件の予言と、関係があるのかな。

 「客間に案内します。其処で話を伺います。」

 徒ならぬ事態が今起こっている事を察した僕は、酒呑童子達を客間に案内し、彼等の話を聞く事にした。酒呑童子は深刻な面持ちで、閻魔庁で起こった事件について語り始めた。

 「つい先日、私が閻魔庁を留守にしている間に何者かに侵入されるという事件が起きた。そしてその時、ある重大な情報が侵入者に知られてしまったかもしれん。」

 閻魔庁に・・・侵入者!?茨木童子達の様な実力のある獄卒達の目を盗んで入り込むなんて・・・そんな事が出来るのは天逆毎の一派くらいだろう。

 「その・・・重大な情報とは何ですか?もし可能でしたら、教えて下さい。」

 強い胸騒ぎと緊張にごくりと息を呑みながら、僕は小さく呟き問い掛ける。酒呑童子は一呼吸間を置いた後、ゆっくりと口を開いた。

 「この大地に古より眠りし大妖怪大鯰。その封印に関する記憶を敵に読まれた可能性がある。」

 “大鯰”という名前に、十二天将達の表情がピリピリとしたものになる。事態が如何に深刻かという事が彼等の纏う空気の変化からひしひしと伝わって来る。

 「大鯰・・・。ちっ、件の予言通りじゃねぇか・・・。」

勾陳が眉間に皺を寄せ、苛立ちを吐き捨てる様に舌打ちをする。

 「侵入者の容姿とか能力とか・・・何か手掛かりは無いのかい?」

 太裳が酒呑童子達の方に視線を向け問い掛ける。彼の問いに、百目鬼が淡々とした口調で答えた。

 「侵入者は黒髪の少年とお下げ髪の少女よ。少年の方は瘴気の刃や幻術を操っていた。少女の方は、恐らく相手の心を読む能力の持ち主だと思うわ。」

 瘴気や幻術・・・多分、少年の方は牛鬼だ。

 僕は二条城で出会った妖の少年を思い出した。牛鬼は途轍もない破壊力と残虐性を持った妖だった。彼は僕を苦しめ、甚振るのをまるで玩具で遊ぶ子供の様に楽しんでいた。大鯰の封印に関する情報を知ったら、彼はきっと封印を解いて日本を破滅させようとするだろう・・・。

 心を読む少女は、貴人や白虎が会った覚という少女だろう。彼女の能力も厄介だ。

 「・・・封印に関する情報が向こうに漏れているなら、調査に行っている貴人と太陰が危険かもしれない・・・。」

 敵の妖と遭遇して戦闘になっているのなら、助太刀に行った方が良いかもしれない・・・。

 「用心深い2人の事だから、無茶な真似はしないと思うけど・・・でも相手があの天逆毎なだけに、どんな凶悪な手を使って来るか・・・。2人が心配だ。」

 天空が少し顔を俯かせ不安そうに呟く。

 「どんな卑劣な奴が相手でも関係無いっス!俺がぶっ倒してとっ捕まえてやるっス!!」

 茨木童子がふんっと気合の入った表情で腕を力一杯振り回しながら大きな声で語り掛ける。

 「おい。部屋の中でそんなにブンブン腕を振り回したら・・・」

 青龍が茨木童子を落ち着かせようと近付いて行ったその時―

 ドォンッ!!バァンッ!!

 茨木童子の両腕が付近の壁や棚に激突し、物凄い音を立てて破壊した。

 「~~っ!!どっ、どうしよう!?すっ、すんませんっス!?」

 「ちょっ!?何やってるんですか、茨木童子様!?」

 「一旦落ち着きましょうよ!!」

 壁や棚を壊してしまいあたふたと動揺する茨木童子を見かねて、火車と夜汰が困った様に眉尻を下げながら彼の傍に行く。すると、パニックになってじたばたしていた茨木童子は床に落ちた小物に躓き火車達を巻き込んでその場にすっ転んでしまう。

 「・・・勘弁して下さいよ、もう。」

 「・・・下敷きにするなんて酷いです、茨木童子様。」

 ぐったりと倒れ込みながら火車と夜汰は抗議の言葉を呟く。そんな2人に茨木童子は「ごっ・・・御免ッス、2人共!!」と謝罪するのだった。その一連の騒動を見ていた酒呑童子はふぅ・・・と一つ深い溜め息を吐くと、すたすたと茨木童子の前まで歩いて行き彼の頭を勢い良くガッと掴んだ。

 「!?しゅっ・・・酒呑童子様!?」

 冷や汗を流す茨木童子を、酒呑童子は威圧感のある冷たい目でギロリと見下ろした。

 「・・・来い。」

 酒呑童子は茨木童子の頭を掴んだまま、ずるずると庭の方に引っ張って行った。「あぁ゛~・・・」という茨木童子の悲鳴が徐々に遠ざかっていく。


 ドゴォッ!!バキィッ!!ズドォン!!ベギィッ!!


 庭から恐ろしい音が響いて来た。急いで駆け付けた僕達の目の前には、ボコボコに殴られダウンしている茨木童子と、彼の前に立って静かに見下ろす酒呑童子の姿があった。

 「お前はいつも行く先々で物を壊しおって・・・。いい加減にせんか。迷惑になるだろう。」

 腕を組んだ仁王立ちで叱る酒呑童子に、茨木童子は倒れたまま「す・・・済みませんっス・・・。」と弱弱しい声を絞り出した。

 「あ・・・あの・・・あれくらいだったら直ぐに片付けられるから、全然気にしなくて大丈夫ですよ。だから、もうそのくらいで許してあげて下さい。」

 僕が遠慮がちにそう語り掛けると、酒呑童子はゆっくりと此方の方に振り返った。

 「部屋を壊してしまい、済まなかったな。此奴の事なら気にせずとも大丈夫だ。少し厳しくするくらいが丁度良い。」

 ・・・あれでも″少し”なんだ。

 ボコボコにされた茨木童子を憐憫の目で見つめながら、葛の葉庵の面々は心の中で呟いたのだった。

 「話が逸れてしまったな。其方達が妖達の不穏な動きについて何か掴んでいるのなら、教えて欲しい。」

 「僕達も天逆毎が大鯰の封印を解こうとしているという情報しか得られていなくて・・・。調査に行っている貴人達が帰って来れば、何か新しい情報が・・・」

酒呑童子の問い掛けに答えようと僕が此方の状況を説明していたその時―


 「!?」


 突然異常な程の強い妖気を伴い陣が庭に出現する。警戒を強め身構える僕達の目の前に姿を現したのは、緋色の長い髪の少女だった。

 「ふふっ・・・葛の葉庵に冥府の獄卒か。面白い組み合わせじゃな。」

 10年前と変わらない不敵な笑みと冷酷な瞳を浮かべながら、天逆毎は楽しそうに口を開いた。

 ・・・僕や壮吾の家族を殺した仇。そして・・・今日本を沈め滅ぼそうと企てている張本人。

 彼女の姿を見た瞬間、10年前の辛く悲しい過去が脳裏に鮮明に浮かび上がり、胸が締め付けられる様な苦しい感覚に襲われる。

 「・・・天逆毎ぉぉっ!!」

 僕は湧き上がる憎しみや怒りを抑え切れず、自身の体を妖狐化し天逆毎に向かって一気に駆け抜ける。僕は焔を纏った鉤爪で天逆毎を斬り付けようと勢い良く振りかぶった。しかし天逆毎は僕の爪が届く前に片手を振り下ろし僕を地面に思い切り叩き付けた。

 「ぐはぁっ!?」

 僕の全身を激痛が走り抜ける。

 「晴支っ!?」

 六合が巨大な蔓や木の根を出現させて天逆毎を僕から遠ざけようとするが、天逆毎は植物をスパッと斬り刻んでしまう。強烈な一撃に倒れる僕の腕を、天逆毎が強い力で掴む。その直後、酒呑童子が刀を構え天逆毎に斬り掛かろうと接近する。彼の鋭い高速の斬撃を、天逆毎は自身の鋭い爪で受け止め躱していく。更に重い一撃を加えようと酒呑童子が己の体に覇気を集中し斬撃を放とうとしたその時―

 天逆毎は地面を一度ダンッと力強く踏みしめた。すると酒呑童子の足下から凄まじい威力の妖気の波動が放たれた。

 「ぐぁっ!?」

 ダメージを受け片膝を付く酒呑童子。天逆毎は彼の腕もグイッと掴んだ。

 「酒呑童子様っ!?」

 「2人を放せっ!!」

 皆が天逆毎に向かって一斉に飛び掛かるが、彼女の放つ妖気の波動に勢い良く吹き飛ばされてしまう。

 「此奴等は借りていくぞ。」

 天逆毎がそう語った直後、僕達の真下に大きな陣が現れる。

 「させるかぁっ!!」

 「2人は渡しませんヨ!!」

 壮吾と白虎が天逆毎に向かって白く光る斬撃と雷を放つが、天逆毎は覇気を放って2人の攻撃を弾いてしまう。

 「くぅっ!!」

 六合が僕達に向けて蔓を伸ばす。六合の蔓が僕に届くまであと一歩という所で、陣は僕達3人を呑み込んでしまった。

 「そんな・・・間に合わなかった・・・。晴支・・・。」

 六合は地面に膝を付き俯いたまま呟いた。大切な主を護り切れなかった己への怒りと悔しさに、彼は拳を強く握り締めた。

 「恐らく天逆毎は大鯰の封印場所に向かった筈だ。あっちには貴人達も居る。そう簡単にやられはしねぇさ。」

 玄武が六合の肩をバシィッと叩き語り掛ける。その言葉に六合は少し落ち着きを取り戻し、こくりと頷きながらゆっくり立ち上がる。

 「おしっ!!早く俺達も封印場所に行って晴支達を助けようぜ!!」

 騰蛇の掛け声を受け皆が天逆毎を追い駆けようとしたその直後―

 再び陣が現れ、中から強力な妖達が多数現れたのである。

 「うちの首領が居る場所にあんた等を近付けさせる訳にはいかねぇ。悪いが足止めさせて貰うぞ。」

 現れた妖達の1人、眼帯をした男一目連が鋭い眼差しを向けそう述べると、此方に向かって勢い良く駆け出した。

 「上等だ。受けて立ってやる!!掛かって来いっ!!」

 勾陳は大きな声で威勢良く言うと、己の体に覇気を纏い一目連の風を帯びた拳をぐっと受け止める。その2人の衝突が引き鉄となり、葛の葉庵での大乱闘の火蓋が切られたのであった。



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