1
いとも簡単に、日常というものは崩れ去ってしまう。何よりも大切なものを奪われる悲しみを、苦しみを、絶望を・・・あの悪夢の日、僕は身をもって思い知った。
「父さん・・・母さん・・・兄さん・・・みんな・・・どこにいるの・・・?ねぇ・・・お願い・・・返事をしてよ・・・!」
真っ白い空間の中、目の前に立つ1人の男が、僕をまっすぐ見つめていた。
“あぁ、晴支・・・今日もここに来てくれたのかい。”
うん。また色々な話を聞かせて欲しいな。
“そうか。今日は何を話そうかな。フフ・・・君が来てくれるようになって、私も毎日楽しいよ。君とのおしゃべりは楽しいし、君の仕草や行動は面白いから一緒に居て本当に飽きないよ。”
そうかな?でも、僕も晴明と一緒に居るのは楽しいよ。君のしてくれる話は、どれも不思議で、興味深いものばかりだし。
“そう言ってくれると嬉しいよ。”
晴明はなぜここに1人きりでいるの?寂しくはないの?
“そりゃあ、寂しい気持ちはあるけどさ…。でも、ここは静かで落ち着くし、嫌いじゃないよ。それに君がいつもこうやって遊びに来てくれるから、退屈はしてないしね。”
そっか・・・なら良かったけど。
ピピピピピピピピピピピピ・・・・・・
“おや、もう時間みたいだね。”
もう、戻らないと。
“じゃあ、最後に1つ、君に良いことを教えてあげよう。今日、君は自分の運命を動かす特別な出来事に遭遇するはずだ。”
特別な出来事?
“あぁ。その出来事が、君にとって大切な「縁」をもたらせてくれるだろう。”
大切な・・・縁・・・。
“君なら大丈夫。自分の思うように行動しなさい。”
ありがとう、晴明。そろそろ戻らないと・・・。また遊びに来るね。
“あぁ、待ってるよ。”
気が付くと、僕は自分の部屋に戻っていた。窓を覗いてみると、ちょうど朝日が顔を出し始めているところだった。目覚まし時計を止めようと起き上がりかけたその時、
「う゛っ!?」
突然、顔面と腹部に衝撃が走った。顔面に乗ってきた拳をそっと退けてみると、小さな少年が気持ちよさそうに眠っているのが目に入った。
衝撃の正体は、この子の手と足のようだ。この少年の名はハク。子狐の妖で、大怪我を負って倒れていた所を見つけて保護した。元気になってくれて、本当に良かった。
「おはよう晴支、そっちにハクは・・・ああ、やはりこちらに来ていましたか。」
「おはよう、六合。今日も仕事着姿、キマッてるね。」
「ありがとうございます。」
「僕もすぐ用意するよ。少し待ってて。」
僕はハクを起こさないようにそっと静かに布団から出ると、若葉色の仕事着に身を包んだ。和菓子や洋菓子を取り扱う老舗「葛の葉庵」。僕は高校生として学業に励む傍ら、主としてこの店を営んでいる。
「皆はもう下に降りてるかな?」
「いえ、まだだと思います。でも、もうそろそろ皆集まり始めると思いますよ。」
「そっか。いつも皆のこと気にかけてくれてありがとう、六合。」
「いえいえ。まぁ、個性的なメンバーが集まっていますので・・・放っておくと何しでかすかわかりませんからねぇ・・・。誰かが目を光らせておかないと。」
「あはは、確かに。」
六合はとても面倒見の良い青年で、僕を含め「葛の葉庵」の仲間全員に頼りにされている。家族を亡くした幼い僕を両親の代わりに育ててくれた恩人でもあり、僕にとっては、親であり、兄でもある存在だ。
暫く2人で朝の仕込みをしていると、階段の方から賑やかな足音が響き出した。
「おいっ、騰蛇!お前寝相悪すぎんだよ!!ゆっくり寝れねーじゃんか、コノヤロー!!」
「イテッ!おまっ、いきなり何しやがる、アホ勾陳!!」
「あぁ、もう2人とも落ち着けっ。喧嘩すんなよ、ったく・・・。それに階段で暴れんな!危ねーだろ!!」
「アハハッ。2人のことは放っておいても大丈夫ですヨ、壮吾。テキトーに暴れさせておけばすぐ満足しますシ。それに面白いからそっとしておきましょうヨ。」
「いや、それ駄目だろ白虎。」
「うるっさいわよ、もう!朝っぱらから騒々しいねえ。」
「皆朝から元気だな。」
「あっ、晴支様、六合さん。おはようございます。」
「おはよう、皆。今日もよろっ・・・う゛ぐっ!」
皆に声をかけていると、何者かが突然腹部に突進してきた。
「おはようっ、晴支!晴支の布団、片付けといてやったぞ!あと洗面台の花瓶の水も換えといてやったぞ!おいら、偉いだろ!!」
「うん、ありがとうハク。良い子だね。」
「へへっ。」
優しく頭を撫でると、ハクははにかむ様に笑った。皆も思い思いの言葉を交わし合いながら、それぞれの作業へと取り掛かっていく。この賑やかな朝から、今日も1日が始まる。