デスゲームで即死してからのこと
俺達のクラスでは仮想現実大規模多人数オンラインゲーム『新天地ザインバッハ』が流行っている。冒険者たちが新しい大地を開拓したり、巨大怪獣をやっつけたりするような、よくある内容のファンタジーなゲームである。選択によって原住民との関わりかたが変化したり、新天地にて隠されたオーパーツを発見して失われた技術を解析し、武器防具を強化したりできるところがウリらしい。
とはいえ、ゲームがなぜ流行っているかっていうと、クラスの中心になってるヤツらが「みんなでやろうぜ」とか言い出したからだ。ノリ悪いと思われたくない小心者の一般人である俺やその他大勢も、とりあえず始めてみたわけである。
必要な物はVRヘッドセットとザインバッハのアカウントカードだけ。アカウントカードは1センチ角程度の小ささで、VRヘッドセットに差し込める。複数のアカウントカードを買えばサブキャラでプレイできるようだが、そこまではしない。
キャラクターはほぼデフォルトのままで作成。クラスの人間に見られるのである。張り切って作成したらこっ恥ずかしい。わかりやすいように、名前をプレイヤー名にしようとしたら、「すでに使われています」と出てしまった。仕方がないので、いつも呼ばれてるアダ名で作成。俺のプレイキャラクター「ミチュヲ」の出来上がりだ。ミチュヲは、本名とはまったく違う。「人間だもの」と言おうとして噛んでしまい「人間だもにょ」と言ってしまったがためにつけられた不名誉なアダ名である。たまたま噛んでしまっただけで、俺はドジっ子属性とかではない。決して天然とかでもない。断言する。
そんな俺達だが、ぬるく楽しく遊んで慣れてきたなーってころに、生身のままゲームの中に放り込まれた。ラスボスを倒さないと出られないとかで、生身だからフツーに死ぬ。スキルや魔法はそのまま使えるらしい。ゲームやろうぜって誘ってきたようなヤツらはかなりやり込んでるみたいだからまだいい。俺は開拓メイン、つまり農民プレイしかしていなかったのだ。狼狽えているうちにモンスターにやられて死んだ。
そう。俺はもう死んだのだ。
慌てて逃げようとして自分の左足に躓いて転んで死んだけど、俺はドジっ子属性とか本当に無い。たまたま運が悪かっただけである。マジで。真っ先に死ぬ脇役という役割を、まさか自分がまっとうするとは思ってなかった。平和な世界で暮らしていた上に、仮想現実ゲームの中でも農民をしていた俺である。どうしてわけのわからん出来事に巻き込まれて死ぬなんて思うだろうか。
死んだ後に思うのは、もうちょっと部屋を片付けておけばよかった。とか、死ぬ前に小遣いを使いきっておきたかった。というような、とてもくだらない、些細な後悔だった。はるか遠くの出来事のように、ぼんやりと浮かんでは消えていった。
長い時が経ち、ゲームの中で死んで、この後どうなるんだろう? と思った。意識が残っているのは、死後の世界へ行くからなんだろうか? 幽霊になって、どこかへ行くのだろうか。俺はそっと目を開けた。
「ミチュヲ、よーやく起きたか!」
あれ、俺死んでないの? 目の前には同じクラスのナツヤがいた。体も動くし、地面の感触もある。でも、なんだか変な感じがする。体の感覚も変だし、目の前のナツヤもなんか変だ。すごく元気そうなのに、体調が悪そうな肌の色をしている。
「ミチュヲのが先に死んだくせに、よく寝てたなー。」
あれ、やっぱり俺死んでた。死後の世界なんだろうか。
「ここ天国? 地獄?」
「ぷっ。残念ながら、ザインバッハ(ゲーム)の中。」
「ナツヤも死んだんだ。」
「うん、氷魔法で死んだから見た目はそんなにアレだけどな。」
「なんか土気色になったな。」
「ミチュヲはちょっとグロいな。」
俺の死因を思い出して、自分の体を見てみると、横っ腹のあたりがとっても風通しが良くなっていた。通りで違和感があるわけだ。痛みはないが、ちょっと寒い感じがする。この世界に腹巻きとか無いよなあ。
「ほかのヤツらは?」
「ライトユーザーがけっこう死んでるね。今んとこ7人ぐらいかな。」
「はあ、けっこう死んでるな。」
「そうだな、まだ数日で五分の一ぐらい死んでるな。」
「で、ミチュヲはどうする?」
「どうするって?」
俺達はもう死んでるんだ。どうもしようがない。このどてっ腹に風穴状態で何ができるというのか。
「死んでるけど動けるじゃん? 生き返ったとは言えないけど……ゾンビ状態。」
「ゾンビ……。」
「リビングデッドでもいいけど。この世界にいるかぎり完全には死ねないんだろうな。」
「ラスボスを攻略しないと、ちゃんと死ねないってこと?」
「たぶん。だから、どうする?」
どうする?と言われても。攻略しなくてももう死んでるし、攻略しても死ぬ。デッドオアデッド。やるべきことの選択肢が思いつかない。
「えーと、俺らに何ができるの?」
「んー、攻略組を手伝うか、邪魔するか。ほったらかしで遊んでもいいな。」
「ナツヤはどうすんの?」
「それを悩んでるから聞いてるんだろ。」
「なんで悩んでるの?」
「ちゃんと死ぬなら攻略手伝ったほうがいいだろ。でもちゃんと死ぬのも怖いじゃん。だから邪魔してできるだけ長くこの状態を保ちたい気もするし。もう最期まで遊んでもいいけど、いつ最期が来るかわからないとオチオチ楽しんでいられない。決め手に欠けるんだよ。」
悩む必要もなく、ほったらしで遊んでればいいじゃん、と思ってたけど、ナツヤの説明を聞いてみると、確かにいつか確実にくる『終わり』を気にしながらじゃ、心からは楽しめない気がする。
「手伝うにしても邪魔するにしても、自分が弱すぎて無理な気がするんだけど。」
「俺ら死んでるから怖いものなしだぜ? もう一回殺されても動けた。ゾンビアタック可能。」
「ただのウザい雑魚じゃん……。」
「言うな……。」
ゾンビアタックを最大限に有効利用するには?
リビングデッド状態でレベル上がったりするんだろうか?
「でもさ、いくら死んでるからって、何度も死にたくなくね?」
「確かに。もう痛みはないけど、感情が無くなってるわけじゃないもんな。」
「メイン攻略組を観察するってのはどうだ?」
「なるほど、手伝いたくなるか邪魔したくなるか、間近で見て決めたほうがいいか。」
「観察しつつ手を出してもいいんだけど、俺らの終了時間がわかっていいんじゃないかと。」
「ナイスアイディア。そうしよう。今まで死んだ奴らにも声かけるか。」
こうして、ゾンビどもの主人公ストーカー生活が始まった。
それは、まだ生きているメンバーからすれば、死んだはずの同級生が暗い木陰や深夜の窓からじっと覗いているという恐怖のゲームの始まりでもあった。
果たして、何人が正気を保ったままでいられるのだろうか?
ゲームマスターがまったく想定していなかった方向へ、事態は静かに進んでいっている。
~糸冬~