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【95】扉の向こう側へ

 宗介の事件の後、すぐに犯人は捕まった。

 けど、それはヒナタじゃない別の学園の生徒だった。

 宗介が公にしないとしたことで、事件はなかったことにされた。


「皆さん悲しいお知らせですが、仁科にしな宗介そうすけくんと、桜庭さくらばヒナタさんが、学園を去りました」

 三学期が始まって、先生が告げたのは宗介とヒナタの転校。

 いきなりのことに皆戸惑っているみたいだった。

「おい、アユム! 宗介から何かきいてないのかよ!」

 中でも吉岡くんは取り乱していて、私も直前まで聞かされてなかったんだと言えば、かなり怒っていた。


 国際電話でも何でもかけて、文句の一つでも言ってやらなきゃ気がすまない。

 連絡先を教えろとクロエを問い詰めたけれど、それは駄目っすと言われてしまった。

「なんで!」

「アユムの声を聞くと帰りたくなるかもしれないから、だそうっすよ。落ち着いたら自分から掛けるって言ってたから、そっとしといてやって欲しいっす」

 胸倉を掴んで揺すったけれど、クロエは宗介の連絡先を吐かなかった。


 兄であるヒナタのこともやっぱり心配で。

 仲のいい紫苑しおんに聞こうと思ったのだけれど、紫苑も共に転校していて行方知れずだった。


 本当にどいつもこいつも、挨拶なしで突然いなくなる。

 そのことに、怒りがこみあげてきたけど、どこにぶつけていいかわからなくてモヤモヤとした。



●●●●●●●●●●●●●●●●●


「アユム、そんなにむしったら絨毯がはげてしまう。宗介にも事情があったんだから、そう怒るな」

 学園の隠し部屋でイライラとしていたら、マシロがそんな事を口にして、お茶を入れてくれた。


「珍しいね、マシロが宗介を庇うなんて」

「庇ったわけじゃない。ただ、ぼくは今回のことを聞いていたし、アユムをよろしくといわれたからな」

 仲悪いのにどういう風の吹き回しだと思ったら、驚くようなことを言われた。


「なんでマシロが宗介からそんなこと聞いてるの?」

「アユムを置いていくのが心配だったんだろ。修学旅行の時に、ぼくに事情を話してきて、アユムをよろしく頼むと言われたんだ」

 思い出すのは、二人が秘密の話をしていたこと。

 男同士の話と言われて気になって、探ろうとした結果。

 なぜか、エロDVD鑑賞会に巻き込まれてしまった残念な記憶があった。


「別にアユムは宗介のものでも何でもないのに、よろしくだなんて何様なんだろうなあいつは」

 その時の事を思い出したのか、マシロは苛立たしそうに口にする。

 修学旅行があった二年の時には、もうロンドンに行く事は決まっていたらしい。

 なのに、宗介は何も言ってくれなかった。

 そう思うと、改めてむかむかとしてきた。


 気持ちが切り替えられなくて、気分転換に読もうと思っていたマンガもなんだか楽しくない。

 思い切り溜息をつけば、後ろからマシロに抱きつかれた。

「ぼくといるのに、このところアユムはあいつの事ばかりだ。側にいるぼくのことより、あいつを気にかけるのは面白くないんだけどな?」

 耳を甘噛みされて、ひゃっと変な声が出る。


「マ、マシロ!?」

「なんだ?」

 名前を呼ばれて嬉しそうに返事しながら、マシロの指先が私の喉元をなぞって、胸元のネックレスへと伸びる。


「これを見て、アユムがぼくを思い出してくれればいいとおもっていたんだが、こうして見るとぼくのものっていう印にも見えていいな」

 ふっとマシロが耳元で笑った気配がした。

 普段のマシロより低い声。

 息が耳にかかってぞくぞくとした。

 

「もしかしてだけど……マシロ、嫉妬してる?」

「もしかしなくても、だ。アユムはアイツのことを気にかけすぎだ。元々好きな相手だったってことも理解してるし、アユムのせいで怪我したんだから心配だというのはわかってるんだけどな」

 まさかと思って口にしたのに、図星のようだった。

 拗ねたようにそんなことを言うマシロはなんだか可愛らしかった。


 くるりと私の体勢をかえさせて、膝の上にのっける。

 向かい合うようなこの格好は結構恥ずかしい。

「アユムは、今はぼくの彼女なんだ。他の男を見ないでほしい」

 こんな風にマシロが自分の望みを口にするなんて珍しくて、求めてくるような瞳にどくんと胸が高鳴った。


「心配しなくてもそういう意味で好きなのは、今はマシロだけだから」

「本当にそうか?」

 言葉にしたのに、不安げにマシロが見つめてくる。

「どうやったら信じてくれる?」

「アユムからキスをしてくれたら……信じられるような気がする」

 首を傾げて尋ねれば、顔を真っ赤にしてマシロはそんなことを口にしてくる。


 自分から仕掛けてくるときは、照れもなく私の反応を楽しむような余裕があるくせに、ねだるのは恥ずかしいらしかった。

「もうしかたないな」

 そんなことを言いながら口付ければ、マシロは幸せそうに笑って、抱きしめてくれた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●


 三学期に入ってから周りは慌しくなった。

 私は劇の準備に追われて、日々紅緒から猛特訓を受けて、毎日ヘロヘロだ。

 いきなりヒナタがいなくなったことも関係しているのか、紅緒の機嫌はかなり悪かった。


 ヒナタが紅緒に話していた内容は、こことは違う別の世界から私達兄妹がこちらに飛ばされてしまったことだけのようで。

 ここがギャルゲーの世界だとか、ヒナタが私を殺してしまう運命にあったことは伏せていたようだった。


 仲のいい友達に、自分が誰かを殺してしまうかもなんて、電波なことを言えるわけはない。

 他の世界から来たってだけでも頭を抱えたくなる事情なのに、だ。


 今回の星降祭の劇は、主人公の私と扉の外から来た紅緒演じる『ツキ』が仲良くなり、ヒロインであるマシロを二人して好きになるという内容だ。

 親友同士が、一人の女を巡って争う。

 つまりは三角関係モノだ。


 友達を思うあまり身を引く主人公と、それをよしとせず主人公に本音を吐かせようとけしかける『ツキ』。

 剣で戦うような場面もあって、なかなかに迫力があるものに仕上がった。

 おかげで評判は上々だった。


 そしてとうとう、星降の夜当日がきて。

 劇が終わって後、私はマシロと二人『扉』の前に立った。

「アユム、真実を知ってもぼくを嫌いにならないでほしい」

「まだそれ言ってたの?」

 呆れて呟けば、それくらい心配なんだとマシロが呟く。

 大丈夫だというように握った手に力を加えれば、マシロは肩の力を抜いた。


「いくよ、マシロ」

「あぁ」

 二人して扉に手を翳す。

 そうすればひとりでに扉は左右に開いた。

 中から白い光が漏れていて、その奥に何があるかは見えない。


 ごくりと唾を飲む。

 ゆっくりと足を踏み出して進めば、後ろでドアが閉じた音がした。

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「本編前に殺されている乙女ゲームの悪役に転生しました」
ショタコン末期悪役令嬢に転生して苦労する話。
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