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【94】幼馴染の好感度と死亡フラグ

 病院で呆けていた私の元に、マシロと私の両親がかけつけてくれた。

 クロエが連絡を取ってくれたらしい。

 宗介の容態は危険な状態で。

 手の中で冷たくなっていくのを思い返しては、怖くて震えが止まらなかった。


 マシロはそんな私を優しく抱きしめてくれて。

 どうにか宗介は一命をとりとめて、病室に移されたけれど、まだ安心はできなかった。


 ――お兄ちゃんの言うことをちゃんと聞いておけばよかった。

 今更後悔しても遅いのに、そんな事を思う。


 それと同時に、頭を過ぎるのは。

 宗介と仲良くしろと言っていたのは、こういう意味だったんじゃないかということ。

 つまりは。

 宗介がヒナタから『今野アユム』を庇うのを、知ってて仲良くしろと言ってたんじゃないかという可能性だった。


 宗介を犠牲にして助かっても、こんなの嬉しくない。

 心が張り裂けてしまいそうで苦しかった。


 このギャルゲーで唯一、メインヒロインのヒナタに殺されずに済む方法。

 それは、宗介の好感度を上げること。

 この可能性を、私は全く考えたことがないわけではなかった。


 でも、きっとそんなはずはないだろうと、嫌な答えを頭から排除して考えないようにしていたのだ。

 たった一つ助かる方法が、幼馴染を犠牲にする方法だなんて、そんなのは嫌だった。


 警察だのなんだのが来て、事情聴取とかされたけど、顔は見てないと答えた。

 もう帰って休んだほうがいいとマシロや両親に言われたけれど、宗介に付き添うからとつっぱねた。


「宗介」

 呼びかけながら、ベッドに眠る宗介の手をぎゅっと握る。

 子供の時はこうやってよく宗介が手を握ってくれた。

 手が冷たくて、泣きたくなる。


「ん……」

 ふいに宗介が身じろぎをして、目を開けた。

「宗介っ!」

 思わず立ち上がって身を乗り出せば、座ってた椅子が勢いで倒れて大きな音を立てる。

 

「大丈夫? 平気? どこか痛くない?」

 矢継ぎ早に聞けば、宗介はどことなくぼーっとした瞳で私を見た。

 それからほっとしたように、ふわりと微笑む。

「アユム、よかった。無事……だったんだ」

 自分がこんな目にあったのに、私の心配をしてくる。


「宗介の馬鹿ぁ……なんで私なんか庇ったの」

 ボロボロと涙が零れて、止まらなくて。

 宗介のお腹の上で泣きだしてしまう。

 よしよしとあやすように頭を撫でてくる手の感触に、宗介が生きてるんだと実感して余計に涙が溢れた。


「アユムだって俺を庇ってくれたでしょ。それと同じだよ」

 子供の頃『今野アユム』は、宗介を庇って事故にあった。

 その事を宗介は言ってるんだろう。

 でもそれは私であって私じゃない。

 その事故の後、病室で目覚めてから『今野アユム』は今の私になっていた。


「いつか俺がアユムを助けたいって、ずっと思ってたんだ」

 宗介はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 両親が死んで、山吹のおじさんたちに引き取られて。

 それからしばらく経たないうちに、心を許していた友人の『今野アユム』は宗介を庇って事故に会った。

 そのことをずっと気に病んでいたんだろう。


「そんなの……宗介が死んだら、意味ないよ」

 宗介の犠牲なんて望んでない。

 こんな風に助けられてもちっとも嬉しくない。

 それを伝えれば、同じ事を俺もずっと思ってたんだよと、宗介は口にした。

「俺の気持ちようやくわかった?」

 宗介は小さく笑う。

 まるで私に対する仕返しだと言うように。


「俺が生きてたって、アユムがいなきゃ意味がないんだ。アユムが生きていてくれれば、他はどうだっていい」

 宗介が痛いくらいに私の手をぎゅっと握って、瞳を覗き込んでくる。

 すっと鋭い光がその瞳に宿って、ぞくりとする。

 久々にその目を見た。

 幼い頃はよく見せていた、私への執着。

 あのころと変わらないそれが、まだ宗介の中にあったことに気づかされる。


「……もう眠って、宗介。傷まだ痛むでしょ。ちゃんと側にいるから」

 そっと宗介の手を毛布の中に戻す。

 寝かしつけるように髪をなでれば、ゆっくりと宗介は目を閉じて。

 すぐに寝息を立てて、眠ってしまった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●


 体がふわりと浮き上がる。

 ベッドに誰かが私の身を横たえて、毛布をかけてくれた。

 側で誰かが私に寄り添っているのが分かる。

 きっと温かな視線で私を見ていると、目を開けなくてもわかった。


 耳に聞こえてくる音は、甘く優しい。

「好きだよ、アユム。ずっとずっと特別で大切だった」

 髪をなでてくるその手が、優しく慈しむような手つきで。

 懐かしいような気持ちになって、まどろみの中でその感触に身をゆだねる。

 

「こんな俺を必要としてくれて、好きだって言ってくれたこと本当はとても嬉しかった。俺は、叶うことならアユムとずっと一緒にいたかったよ」

 心地よくてまだ夢から覚めたくなくて。

 でも隣にいる誰かが泣いてる気配がして、起きなきゃと思った。


 けど体がいうことをきいてくれなくて。

 顔の上に影が落ちた気配がして、唇に少し湿った感触がした。


「ごめんね」

 ――なんで、謝るの?

 苦しげなその声は、大切な幼馴染のものだ。


「宗介、そろそろ時間っすよ」

「わかった今行く」

 そんなやりとりが聞こえて。

 パタンとドアが閉まる音と一緒に、私の意識も落ちて行った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●


 ちゅんちゅんという鳥の声に目を開ければ、白い天井が見えた。

 状況がよく読み込めなくて、上半身を起こす。

 どうやら病室のベットの上に、私はいるみたいだ。

 起きたばかりの頭はうまく働いてくれない。


 変な夢をみた気がするなぁ。

 誰かが寝てる私に語りかけてくる夢。

 思い返せば、あれは宗介の声だったような――。

 そこまで考えてはっとする。


「宗介!?」

 ベットから飛び降り、宗介の姿を探す。

 なんで病室のベットで宗介ではなく私が寝ているのか。

 部屋の中に宗介の姿が見当たらなくて、病室から外に出ようとすれば、人にぶつかった。


「おっ、アユム起きたっすか」

「クロエ、宗介見なかった?」

 見上げればクロエが私服姿で立っていた。


「宗介ならもう退院したっすよ?」

「はぁっ? あの怪我で?」

 さらりとクロエに告げられて驚く。


「今日ロンドンに旅立つんすよあいつ。飛行機に間に合わないからって、実は昨日の夜に」

 クロエは肩をすくめた。

「旅立つってどういうこと?」

「あいつアユムと別れるのが辛いからって、おれに手紙寄越してきたっす」

 そんなの全然聞いてない。

 はいと軽く封筒を手渡されても、いきなりすぎて頭が付いていけなかった。


 そこには仁科にしなの遠縁の親戚で、ロンドン在住の夫婦がいて。

 子供がいないため、宗介を養子にほしがっているという旨が書かれていた。


 行くかどうかギリギリまで悩んだけれど、行く事に決めた。

 別れを言えなかったことを許してほしい。

 そんな感じの事が綴られていた。


 ギリ……と、手紙を握りつぶす。

 前にもこんな急な別れがあった。

 マシロも同じように、私にこうやって手紙を残していなくなって。

 今度は宗介だ。

 残されたほうの気持ちも、考えてほしい。


 唇を噛んで、苦しさに耐える。

 その様子を見られている気がして顔を上げれば、クロエの赤い瞳と目があった。

 まるで観察しているみたいに、私を見ていた。


「何」

「いや、アユムは宗介が大切なんだなって思っただけっす」

 不躾な視線に苛立って眉を寄せると、ふっとクロエは笑う。

 そんなこと当たり前じゃないかと馬鹿らしくなって、クロエに背をむければ、背後から目の前に何かを差し出された。


 赤黒くて細長い手帳のようなもの。

「この生徒手帳、宗介の胸ポケットに入ってたみたいっす。そのお陰で少し刃の威力がそがれたみたいっすよ?」

 何故それを今、私に渡すんだろう。

 八つ当たりしたくて苛立ち気味に振り向けば、クロエが優しい目で私を見ていた。

 そんな表情をできるのかと驚いて、攻撃的な気持ちがひっこんだ。


「おれが言うのもどうなのかと思うんすけど、宗介もアユムが大切だから守ったんすよ。そんな顔しないであげてほしいっす」

 じゃあねというように、クロエはその場を去っていって。

 病室に一人取り残された。


 血のこびりついた生徒手帳は、真ん中に切れ目が入っていた。

 後ろ部分に何か挟まっているのに気づいて、それをつまみ出す。


 ――それは幼い頃の宗介と私の写真だった。

 遊園地で遊んだときの写真。

 ふたりとも笑顔で映っている。


「宗介……」

 わざわざこれを生徒手帳に入れて、持ち運んでいたなんて。

 大切にされてると思えば、胸の奥がちりちりとする。

「あれ?」

 隠すようにカバー裏に、何かが挟まっていることに気づく。

 それを引っ張り出して目を疑った。


 それは前に私が良太の彼女の代役をしたときに、女装した写真だった。

 ――なんでこんなものを宗介が!?

 驚いたけれど、前に留花奈が私の家に女装した写真一式を送ったと言っていたことを思い出す。

 どたばたしていてすっかり忘れていたけれど。

 やっぱり宗介が受け取っていたらしい。


 でも、なんでそれを私に言わずに、生徒手帳なんかに挟んでいるの。

 ――私の告白を、断ったくせに。

 高等部に入ったばかりの頃。

 宗介への気持ちを自覚して、告白したら宗介はそんな風には見れないと言った。

 

 なのに、どうして。

 私の写真を生徒手帳なんかに?

 兄妹とか、ただの幼馴染の写真を、こんなところに挟んで持ち歩くのはおかしい。


 昨日見た不思議な夢を思い出す。

 唇に触れる感触とか、毛布をかけられたときの温かみとか、妙にリアルだった。

 その夢の中では、宗介が私を好きだと言っていて。

 そんなことあるわけがないのにと、思い浮かんだ答えを打ち消した。

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