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【92】過ぎ去る最後の年

 そして春になって。

 あっという間に気づけば三年生。

 高等部の最終学年になっていた。


 私とマシロは同じクラスになった。

 ヒナタと宗介、吉岡くんも同じクラスだ。

 こっそりとヒナタが教えてくれたけれど原作のギャルゲーでは、同級生の中で好感度が一番高いヒロインと三年目は同じクラスになれるらしい。


 ちなみにヒナタと宗介は、三年間固定で主人公と同じクラス。吉岡くんは原作のギャルゲーでは、『クラスメイトA』というキャラらしい。

 姿は出ることないけれど、主人公の友人として声だけ時々登場するとのことだ。

 いわゆるモブというやつらしい。


 ヒナタに、この世界でマシロと生きることにしたと伝えようか悩んだ。

 けど兄であるヒナタは、私が元の世界へ戻る事を望んでいる。

 ヘタレだけど妹思いな兄だ。

 自分がこの世界に私を巻き込んだと思っているだろうし、この世界に残ると言ったら反対されることは目に見えていたので、それは言わないことにした。


 マシロとお花見に行って。

 久しぶりに良太とも遊んで。

 吉岡くんや宗介とバスケしたりした。

 春は結構早く過ぎ去った。



 そして夏。

 星降祭の主役になる候補が二人発表された。

 私と紅緒べにおだ。

 九月の体育祭対決、十月の学園祭での演劇対決、十一月の人気投票で星降祭の主役が決まる。

 それぞれの得意分野で戦って、それから皆に決めてもらう流れだ。


「悪いけど、真剣に挑ませてもらうよ。アユムがマシロを扉の向こうへ連れて行きたいなら、ワタシを倒して認めさせてみてよ」

 紅緒はあらかじめ私にそう伝えてきた。

 試してやるといわんばかりに。

「望むところです!」

 そう宣言すれば、紅緒は楽しみにしていると言って去って行った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●


 迎えた九月の体育祭では、私と紅緒のクラスが何かと争うようにプログラムが組まれていた。

 こういう勝負事は大好きだ。

 それに中等部の時と同じく、うちのクラスには吉岡くんと宗介がいるのでクラスでも私個人としても負ける気はしない。


 今回のライバルは当然のように紅緒のクラスだった。

 運動を得意とする留花奈もいて、女子の強さはダントツだ。

 わりと互角のいい勝負を続けていたら、男女合同の騎馬戦で紅緒のいる八組とぶつかった。


 一年生や二年生が次々と脱落していく。

 気づけばちらほらとしか馬がいなくて、紅緒は当然のように残っていた。

 間合いをつめるようにして、紅緒の馬を襲った。

 紅緒の鉢巻に手を伸ばしたけど、それはかわされてしまって。

 代わりに、すれちがいざまに鉢巻を鮮やかな手際で取られてしまった。


「ごめんね、ワタシの方が手が長かったみたいだ」

 ちゅっと奪い取った鉢巻にキスを落として、紅緒がそれを掲げれば歓声があがった。

 なんか悔しい。

 紅緒の方がワタシよりも背が高く、体格に恵まれているのは事実なのだけれど。

 俊敏さではまけてないつもりだった。


「まぁ落ち込むなよ、アユム!」

 馬役をしていてくれた吉岡くんが励ましてくれる。

 この体育祭対決、男子の能力を持つ私の方が圧倒的かと思ったら、紅緒はなかなかにいいライバルだった。

 男子顔負けの活躍を見せ、女子の注目を掻っ攫っている。


 汗を流す姿は、好青年といった感じで。

 キラキラしていて眩しい。

 なんというか、こっちのやってやるぜ!というガツガツした泥臭さがなくて、どこまでも爽やかだ。

 一体何が違うというのか。


「よし次のリレーではやっつけてやろうぜ! オレたちのチームワークを見せ付けてやるんだ!」

「もちろんだよ吉岡くん! 目にモノ見せてやる!」

 声を荒げた吉岡くんと、ぐっと互いに拳をあわせる。

 

 ……この体育会系の暑苦しいノリがいけないのかもしれない。

 薄っすら気づいたけれど、勝負事は楽しむことに意味がある。

 気の合う友達と協力して強い相手を倒すというのは、やっぱりわくわくするのだ。


「二人とも気合入れすぎ。くれぐれも怪我しないように気をつけてよ?」

 私と吉岡くんを心配して、宗介がそんな事を口にして、デジャブを感じる。

 同じようなやりとりが、中等部のころの体育祭でもあって。

 吉岡くんと二人で暴走して、それを宗介が諌めるのは、あの頃と何も変わらなくて。

 それがなんだかおかしかった。


 

●●●●●●●●●●●●●●●●●


 最後は障害物リレー。

 私も紅緒もアンカーで、一年生や二年生たちが障害物を乗り越えていくのを眺めていた。

 アンカーは箱から指示されたものを探し出して、一緒にゴールしなきゃいけないのだけど、中等部の時はお題が『大切な人』で。

 色々一悶着あったなぁと思い出して、少し懐かしくなる。


 そんな事を考えてたらバトンがやってきた。

 受け取って、走る。

 箱から取り出したお題は、中等部の時と一緒で『大切な人』と書かれていた。


 ――最後の借り物競争で出される指示は、昔からずっと同じなのよ。まぁ言うなれば、公開処刑的な感じね。結構有名な話だし盛り上がりもするから、この種目のアンカーだけは毎回投票で決まるの。


 昔、留花奈がそんな事を言っていたのを思い出す。

 どうやらそれは中等部だけじゃなく、高等部でも同じだったようだ。

 今回私のクラスは投票もなく、当然のように私がアンカーだったため、気づけなかった。


 観客の中からマシロの姿を見つければ、そちらへ走り出そうとしている紅緒の姿を見つける。

 いそいで走って、マシロのところへ向かった。

「ワタシと一緒にきてくれ!」

「マシロ、きて!」

 紅緒と同時にマシロに手を差し出す。

 マシロは迷いなく私の手をとってくれて。


「いくぞアユム」

「うん!」

 手を繋いで私を引いてくれた。

 選んでくれたことが嬉しくてしかたなくて。

 振り返れば紅緒が、ちょっとすがすがしさもあるような、それでいて苦い顔で私たちを見送っていた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●


 体育祭対決は、私と私のクラスの勝利に終わった。

 そして迎えた十月は、学園祭での演劇対決。

 三年生は出し物がない。やりたい人は個人でといった形で、同級生たちは最後の学園祭を楽しんでいたのだけれど、私は紅緒にこってりと指導を受けていた。


「そんなんでいいと思ってるのかな? もっと声だして!」

 学園祭で行われるエトワール主催の劇の中で、その演技力を競う。

 最初から勝てる気のしないこの勝負、鬼教官と化した紅緒にしごかれて、毎日地獄の猛特訓状態だった。


 私はまだ体力があるからいいけど、特にヘロヘロだったのが理留だ。

「紅緒! わたしの姉様があんな長い台詞を噛めずにいえるわけがないでしょ!」

「だからワタシは台詞が少ない役を割り振ろうとしたのに、姉様は目立つ役じゃないと駄目と言い張ったのは留花奈だろう?」

 留花奈に庇われながら理留は懸命に頑張っていたけれど、その大根役者っぷりは酷かった。


 結局理留が表で演じて、留花奈が声を当てるという対策を取ることになり、どうにか劇は学園祭に間に合った。

「まぁまぁ頑張ったね」

 どうにか及第点を貰えたようだったけれど、当然のようにこの演劇対決は紅緒が圧勝だった。


 そしてやってきた十一月。

 とうとう星降の夜に劇の主役をするのが誰か決まる。

 投票の日は緊張してあまり寝付けなくて。

 発表当日は、お昼休みになったらマシロと一緒に張り出される掲示板の前まで走って行った。


 そこに名前が載っていたのは、私だった。

「おめでとうアユム。悔しいけど、マシロを扉へ連れて行くのを認めてあげる」

 先に来ていた紅緒が、そう言って紅緒は私を認めてくれて。


 これで扉の向こうへいって、マシロと一緒になれる。

 そう思うと嬉しくてしかたなくて。

「やったなアユム!」

 嬉しそうに抱きついてきたマシロが、思わず感極まったのかキスをしかけてくる。


「んんっ!?」

 口を塞がれて、角度を変えて口付けられて。

 我に返ったときには、周りがこのバカップルはという目でこちらを見ていて、さーっと血が引いた。


「マシロっ!」 

「ごめん……つい嬉しくて、我慢できなかった」

 叱ればマシロは、反省したようにシュンと俯く。

 ここ最近、体育祭やら劇やら投票やらで、マシロと一緒の時間が作れなかったから寂しかったのかもしれない。

「さすがにそれは人がいないところでやろうか」

 紅緒が物凄く複雑そうな顔をしていた。


「そうですよ。仲がよすぎるのも考え物です」

 後ろから声をかけられてふりむけば、そこにはヒナタが立っていた。

 少したしなめるような口調で、照れを含んで怒った風に。

 そんなヒナタを演じながら、すっと私に近づいて耳元に顔を寄せてくる。


「アユム、後でちょっと話がある」

 ヒヤリとするような冷たいトーンでそう囁く。

 兄が怒ったときに出す声。

 さっきマシロとキスしていたのを見られていたんだろう。

 さすがに兄も注意しなきゃと思ったに違いない。

 やってしまったと思いながら、わかったと頷いた。

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